37.屍山血河
力任せに腕を振る。
棒立ちの敵兵、その胴を、腕を、超重量の金属塊が打ち砕いて行く。人の肉の華が咲き、悲鳴が彩りを添えた。技量など意味をなさない。圧倒的な身体能力による蹂躙だ。
悲鳴がヴェンの頭の中で反響する。肉を、骨を砕く感触が腕を伝う。生温かい人体の部品が降り注ぎ、すえた臭いが鼻の奥を突いた。
――いい気分じゃないな。
ヴェンはそう呟いて、口の中に飛び込んで来た肉片を吐き出しながら、思う。本当にいい気分じゃない、と。この戦いで命の危険は殆ど無い。敵兵の指揮官を皆殺しにしたため、集団を指揮出来る者が居らず、その上敵兵は皆ヴェンに怖じけている。
恐怖によって身体を縛られ、退くことすらできずに棒立ちで震えるしかない。この状況では、例え敵兵の数が倍居ても関係ないだろう。一方的な蹂躙で全てが終わる。
感覚としては、蟻を踏み潰すそれに近いものがあった。相手が人間なだけで、本質は変わらない。
――いい気分じゃない、ね。
腕を振るい、無造作に命を刈り取りながら、ヴェンは思う。不快感があるだけまだ正常なのか、自身の行う虐殺に対してその程度の感情しか抱けない時点で異常なのか。
――後者だろうなぁ。
元々は日本人としての倫理観を持っていたのだから、そこから考えれば完全に壊れてしまったと言えるだろう。尤も、この異世界で元の世界での倫理観など役に立ちはしないだろうが。
とはいえ、この世界でも人殺しは忌避される傾向にある。自身と同族を殺めることを忌避するのは種として当然で、それは異世界でも変わらなかった。
命の値段という意味では安いし、貴族辺りは領民を同じ人間だと捉えていないため、簡単に殺すけれど。
――そういう意味では俺も貴族も変わらないって話。
ヴェンのスタンスは『敵』なら殺す。『味方』なら殺さないというものだ。『貴族』と『平民』でラベルを貼り分けている貴族と何ら変わりはないとも言える。
「ま、言っても仕方ない――うぇっ」
ぼやいて、口の中に飛び込んで来た骨付きの肉片を吐き出しつつ、ヴェンは――笑った。貴族達が権力で道理を捻じ曲げるように、自分は腕力で道理を打ち砕く道を選んだのだから、迷わず行くべきだろうと。
「おいおい、俺をクールー病か何かで殺す気か? 馬鹿は風邪をって言うが、流石にあの辺りに罹らない確信は無いんで遠慮したいんだけど」
ヴェンは軽口を叩いた。本格的に思考が戦闘用に切り替わる。戦闘中に冷静さを失わない為の癖であったが、今となっては意識を切り替えるスイッチの役割も担うようになっていた。
鉄塊を振るう、振るう。その度に敵兵の身体が千切れ、吹き飛ばされ、飛礫となって更に多くの敵を殺す。阿鼻叫喚の地獄絵図。地面には腸が散乱し、血で彩られた地面は元の色が分からない程赤黒く染め上げられている。
死者の骸の上で即死を免れた者が苦悶の声を上げ、無傷の者は恐怖の声を響かせる。そんな中で、身の丈程もある金属塊を振り回すヴェン。
「素材を活かした味って奴? 吐き気がすらぁね。これを作ったのは誰だ……ってこの場合俺なのかな?」
コックっていうかミンチメーカーだけどさ、とケタケタ笑い、幾度目か、飛び込んで来た肉片を吐き出す。視界は返り血で真っ赤。身体中が生臭く、不快ではあったが、ヴェンの口元には笑みが浮いたままだ。
地獄絵図の中、ケタケタと笑いながら軽口を叩き、更なる地獄を生み出すその様は、悪鬼や狂人を思わせる凄絶さだった。
――傍から見たらサイコパスか何かだな。
それで敵が少しでも怯えてくれるなら儲け物だけど、とヴェンは苦笑するように思う。視覚効果はばっちりだろう。何せ、今のヴェンは全身に返り血を浴び、灰色の髪も赤黒く染まって、血の輝きを宿す瞳をギラつかせいる。その上、身の丈程もある金属塊を肩に担ぎ、地獄絵図の中で笑みを浮かべる狂人のような姿。
完全に人間の枠を外れた怪物のそれだ。
怪物の姿は生物としての本能を恐怖に震えさせる。捕食者に値踏みされる獲物のように。蛇の眼光に射竦められた蛙のように。
「ば、化け物……!」
誰からともなく声が上がる。ヴェンは声の方へと向き直ると、ニコリと笑って腕を振るう。ヒトの命が、赤く弾けた。
「そうとも。化け物だ。せいぜい怯えてくれよ。動かなけりゃ、楽に死ねるから、さ」
何でもない、極自然な笑みをヴェンは浮かべる。異常な空間で、平時と変わらない笑顔はどこまでも異質で、恐怖を煽るものだった。
■ □ ■ □
「うわぁ……」
アンナは思わず顔を引き攣らせた。戦場での勝手な行動と実家の思惑が重なって戦場から引き離された――その足で反乱の噂を聞き付けたので実質戦線を移っただけではあるが――とはいえ、元々は他国との戦闘に加わっていた身である。凄惨な場面など腐る程見て来たし、見慣れている。
しかし、笑いながら人を虐殺するという絵面は中々見られるものではない。実のところ、戦場に鏡を持ち込めばアンナはいつでも似たような光景を見ることが出来るのだが、自分のことはよく見えないものである。
戦うのが好きで、血と戦場を求めて好き勝手な行動をし続けた結果、付いた二つ名が『狂犬』。誰にでも噛み付く戦好きの称号だ。
尤も、笑顔で殺す様もそうなのだが、アンナが頬を引き攣らせたのはヴェンの戦闘能力についてだった。実際戦った時は穴の多い、荒い原石のような戦い方だと思ったし、今も技量についての評価はそこまで高くない。
アンナが評価を改めなければならなかったのは、膂力と頑強さに関してである。アンナは基本的に敵がどのような戦い方をしても気にせず速度を活かした戦いをする。
速度であれば、誰にも負けることが無いと確信しているからだ。天賦としての固有魔術。アンナだけが使える『加速』の魔術は暴力的な速度を生み出す。『加速』の術は幾つもあるが、詠唱の必要が無いのはアンナの固有魔術だけ。
単純な速度という領域でアンナは自分を超える存在に出会ったことがない。故に、常に速度で勝負を挑むのだった。
アンナの視線の先に居るヴェンリットは間違いなく天賦である。当然、常人が持ち得ない何らかの技能や能力を有している筈で、それは恐らく身体能力の強化なのだろうとアンナはあたりを付けていた。ただし――
――魔術で強化してるわけじゃない。素であの強さって、インチキ臭いなぁ。
ぼやくように思うアンナだったが、天賦でない者からすればお前が言うな、である。ともあれ、一切の強化無しであの頑強さと膂力は脅威的であった。
特に頑強さは異常の一言。時折狂乱した兵の剣がヴェンの肌を掠めているにもかかわらず、傷一つ負わないのだ。魔獣並に強靭な肌と、攻撃を弾く筋肉の圧力。それが良質な鎧をみに纏っているのだから、余程の攻撃でなければ貫くことが出来ないだろう。現に、アンナの振るう剣は籠手であっさりと弾かれていた。
それに加えて、超重量の金属塊を振り回す膂力。アンナでは持ち上げることすらかなわないであろう金属の塊を片手で振り回すのだ。その筋力は恐ろしいものがある。
ヴェンに殴られた腹部には対物理用の障壁を張る護符が複数枚仕込んであった上、鎧にも衝撃を和らげる術式が刻まれていたというのに、一撃でアンナは致命傷を負ったのだ。何か考えがあったのか殺されはしなかったものの、放置されていればまず死んでいただろうとアンナは思う。
そして、それらを活かす無尽蔵の体力。アンナが身体に掛かる負担の大きい『加速』を多用するため、基礎能力の高い天賦にしては持久力が低い傾向にあるとはいえ、同じ天賦との戦闘で息一つ乱さないのは異常だ。
――もう一度やり合うとしたら、遠距離で一方的に、だね。
とはいえ、それだと前回と同じような展開で千日手になりかねない。もっと魔術の腕を磨き、遠距離戦の能力を高めてから挑もう、とアンナ心に決める。
――まあ、再戦の機会があるかどうかも怪しいトコだけどさ。
今のところ殺す気は無いようだが、邪魔になると判断すればあっさりと殺されるだろうとアンナは考えている。現に、あの乱戦の中にありながら、ヴェンは一瞬たりともアンナから意識を逸らしていなかった。
逃げ出そうものなら笑顔で襲い掛かって来ることだろう。そして魔封環がある以上、アンナに勝ち目はない。
「怖い怖いっと」
何かに縛られるのは好きではないのだが、しばらくは我慢しようとアンナは思う。幸い、素直にしていれば余程のことがない限り殺さない――腹の傷を突ついては来るけれど――ようだし、手合わせくらいはしてくれるだろう。そう考えれば、そこまで悪くない。少なくとも、実家に呼び戻されるよりは何倍もいいだろうから。
視線の先で、惨劇の幕が下りる。六百人近く居た正規の兵士達は全員血の海に沈められ、徴兵されたであろう着の身着のままの千四百人前後は恐怖に震えているか、意識を手放しているか。どちらにせよ、戦えるような状態ではない。そもそも戦えるような人員でもなかったが。
――二千の兵傷一つなく、ね。
間違いなく噂になるだろう。目撃者は千を超えているのだ。王国としても、辺境領主の連合が破られればその要因を探るだろうし、噂から真実に辿り着く。つまり、ヴェンの存在が王国の知るところになるということで。
――どうなるかな?
辺境に現れた天賦。王国に牙を剥く無視出来ない存在。この先どうなるだろうと想像して、アンナは愉しくなりそうだね、と呟いた。
屍山血河を築いたヴェンリット。この先どうなるかは分からないが、彼の辺境での戦いはこれでひとまず幕を下ろす。しかし、それは同時に新たな天賦、ヴェンリットの名が王国に響くことになる瞬間でもあったのだった。




