34.選択
「選択肢は、二つ。プライドを貫いて死ぬか、屈辱に膝を折って生き永らえるか」
ヴェンは意識して高圧的で、温度の無い声で言った。背筋が凍り付くような声に、しかし領主は真っ向から向かい合う。
「……貴方は――」
「ま、こっから先は選手交代だ。俺にはちと荷が重いって話」
言いながら、ヴェンは領主に腰の革袋から小さな伝心結晶を取り出すと、領主に放った。中に踊っている術式は、アルマ領の伝心結晶へと繋がるものだ。当然ヴェンには使えず、そもそも掌に握り込めるような大きさでは、長距離間の通信は不可能だ。
ただ、伝心結晶の中に込められた術式は、言わば電話番号のようなもの。術式を変えることで様々な場所と通話出来るわけだ。
領主は僅かに迷ったものの、ヴェンから受け取った伝心結晶の術式を大きな伝心結晶に転写し、伝心結晶を起動した。しばらく明滅し、何も映さなかった水晶の中に一つの姿が浮かび上がってくる。
黒髪の、端正な顔をした、線の細い男。ヴェンにとっては見知った顔だ。
「……貴方は?」
「初めまして、エマール卿。私はキールと申します。反乱軍の首謀者、と言った方が分かりやすいでしょうか」
「貴ッ……いえ、すみません。少々驚いてしまいまして」
領主は一瞬激しかけるも、ギリギリでその熱を抑え込む。自身の領地を、領民を滅亡の危機に曝している原因であろう人物だ。怒りを抑え込めただけ大したものだろう。
息子の方も同様に激発しかかったが、父のその姿に寸前で堪えてみせた。尤も、エマール卿のとは異なり、此方は瞳の中に渦巻く憤怒の炎が隠し切れていないのだけれど。
「お気になさらず。何なら、怒鳴り散らしてくれても構いませんよ。それだけのことをしましたからね」
「そうすれば、貴方の部下が動くのですかな?」
「いえ。僕に対する暴言程度で彼は動いたりしませんよ。それに、どんな選択をしても命を奪うようなこともしないでしょう」
そうでしょう、と言葉を投げ掛けて来たキールに、ヴェンは無造作にああ、と返した上で、ただし、と付け加える。
「天賦は殺すことになると思う。偶々生け捕りに出来たけど、二度目は無いし、逃げ出されたら追い付けない。俺以外には抑えられない以上、長期的な拘束は不可能だろうしね」
身分が高そうだから利用価値はあるんだろうけど、俺が動けないってデメリットは大き過ぎるだろうから、と無慈悲に言い放つヴェン。
「そうですね……」
思考を巡らせているのだろう。沈黙したキールに、焦った様子でエマール卿が割り込んで来る。
「ま、待って頂きたい!」
「ふむ、何でしょう?」
キールは酷く興味がなさそうな声で返す。尤も、単騎で戦況に大きな影響を与える天賦に関連する会話に興味がない筈もなく。演技だろうな、とヴェンは思っていた。
「その方は、その、高貴な方なのです。貴人として扱っては頂けないでしょうか?」
貴人としての扱いって何だよ、とヴェンは思う。ヴェンよりは知識のあるキールだったが、貴族についての知識は浅い。ヴェンと似たような疑問を抱くも、そこは反乱軍一の頭脳派――周りが馬鹿ばかりなのはさておき――であるキールである。
命は奪わず身代金で解放、といったところだろうと前世の知識に照らし合わせてあたりを付け、いかにも訳知り顏で言葉を返す。
「仰りたいことは分かりますが、こればかりは難しい。しかし、そのようなことを気にしていて良い――いえ、気にする必要があるのですか?」
直接言いはしなかったが、言外に述べているのだ。滅びるか、裏切るかしか無いのに、そんな娘を気に掛ける必要はあるのか、と。
ヴェンも確かにそうだな、と頷く。例えこの娘が王族のような天上人だったとしても、裏切るのならそれを気に掛ける必要は無く、滅びるのなら尚更だ。
「その、それは――」
「――いえ、失礼。その天賦の扱いについては後々考えましょう。ヴェン、逃がさないよう、お願いしますよ」
「了解。最悪手足の数が減るかもしれんが、殺さないように気を付けるさ。殺されないようにもね」
先程の薬でどの程度回復したのかは分からないが、少女に十分な体力がある状態で逃げに徹されればヴェンにそれを捕らえる手段はない。逃がせば反乱軍に多大な被害を与えることは確実。残酷であれ、戦闘力を削ぐことは考えなければならない。
ヴェンにも何か言いたげな視線をエマール卿は投げて寄越したが、ヴェンは知らぬとばかりに瞑目する。
「さて、天賦の行く末を気に掛けるということは、戦いが終わった後のことを考えている、そう捉えてよろしいですね?」
「そ、そうなりますな」
やや躊躇いがちに、しかしはっきりとエマール卿は言葉を返す。重みのある言葉だった。自分の言葉が何を意味しているのか分かっている、そんな言葉。
戦いが終わった後のことを考える。それはつまり滅ぶ気は無いという意思表示だ。しかし、ファイツ領単独で生き延びることは不可能。
何せ、このファイツ領には常備兵が存在しないのだから。
他の領と違い、善政を敷いているファイツ領は領民を武力で抑える必要が無いのだ。その為、私兵を抱えていない。緊急時に領民から一定以上の年齢の男を兵とする、所謂徴兵制をとっているのだ。
領民に武器を持たせられる辺り、反乱など起こされない自信があるのだろう。その点では素晴らしいのだが、常備兵力が存在しないファイツ領が準備期間もなく戦闘を行うのは不可能だ。
兵を募るのにまず時間が掛かるし、集めたところで基本的烏合の衆。とてもではないが戦闘などこなせる筈もない。天賦の少女が居ればどうにかなった可能性はあるが、それもヴェンに打ち倒されてしまった。
つまり、生き延びるという意思表示は即ち、反乱軍に膝を折り、王国の裏切り者となる屈辱に耐えるという意思表示に他ならないのだ。
「賢明な判断かと思います。詳細な部分は後日詰めさせて頂きますが、一つだけ。ようこそ反乱軍へ。歓迎させて頂きますよ、エマール卿」
「……ええ。よろしくお願いします。キール殿」
大らかな顔立ちのエマール卿も流石に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。屈辱と、罪悪感。その他様々な感情がごたまぜになって煮詰められ、タールのように黒くドロついた表情だった。
息子の方はなお酷い。正しく鬼の形相。背から熱気が噴き上がっているかのような怒気。それでも手を上げないのは、ヴェンの戦闘力を警戒する以上に、父の心情を汲んでのことだろう。
――当然だ。
ヴェンは思う。何せ、現状ファイツ領を人質に取られて脅されているようなものなのだ。それも、マッチポンプで危機に陥らせた上で、助かりたければ条件がある、とのたまっているのだからタチが悪い。
ヴェンが同じ立場に置かれれば、我慢など利かず腕力に訴えること請け合いである。
「我々は敵には情けを掛けませんが、味方を見捨てることはしません」
――どの口で。
キールの言葉に、意識の無い少女を除く全員が同じことを思った。領主とその息子は怒りと侮蔑を込めて。ヴェンとキールは自嘲気味に。
「ヴェン。動けますね」
「やれやれ、人使いの荒いこって」
動けますか、ではなく動けますね、の辺りにキールのヴェンの力に対する信用が伺える。ワーウレシイナー、と投げやりに思いつつも、ヴェン自身、今回はやる気がある。
やる気、というよりは罪悪感から来る責任感ではあるが、それでも普段に比べて気合が入っていることに間違いはない。
「僕達は今、そちらに向かっています。早目に動き出していたのが功を奏しました。おそらく、アルマ領寄りの兵は抑えられるでしょう」
「俺無しで大丈夫か?」
「流石に兵力の差がありますからね。何とかしてみせますよ」
やや不安気に言うヴェンに、キールは大丈夫ですよと声を返す。この程度こなせなければ貴方に顔向け出来ませんとも。
「OK、信用しとくさ。こっちは心配しなさんなよ。そっちはそっちで集中しとけ」
「心配なんてしませんよ。貴方には必要ないでしょうから」
それはそれでどうなんだ、と突っ込むヴェンに、信頼の証ですよと笑うキール。
ファイツ領を巻き込み、反乱軍の規模は更に膨れ上がった。ファイツ領討伐の軍。実質反乱軍討伐軍との戦いが――辺境を統べる最後の戦いがここに幕を上げようとしていた。




