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異世界戦記を猟師が行く!  作者: 矢田
辺境騒乱
34/52

32.決着

 現実はいつだって残酷だ。努力をした者が報われるとは限らないし、才能に努力が踏み躙られることもある。かく言うヴェンも他人(ヒト)の努力を嘲笑うような才を有している。


 理不尽で不公平な現実の天秤。それを自身の側に傾けられる強運こそ、英雄と言われる者に必要な資質なのかもしれない。幸運の天秤を傾けたのは――


 ――ヴェンだった。


 ヴェンが手繰り寄せた幸運は二つ。一つは、加速を繰り返した疲労が出たのであろう。少女の膝が一瞬ガクリと落ちたこと。ヴェンの眼前、態勢を少し崩した少女は、しかしそれに構うこと無く剣を突き出した。


 ここが勝負の分水嶺。


 この機を逃せば自身に勝ちの目が無いことを悟っているのだろう。態勢を崩しはしたものの、少女の繰り出した刺突は疾く鋭い。つんのめって身体の制御を失ったヴェンが、躱すことも防ぐことも出来ないことに変わりはない。


 しかし、少女が態勢を崩したことで切っ先が下に逸れたことと、ほんの僅かだが刺突を放つまでに間が出来たことはヴェンにとって値千金の幸運であった。


 もう一つの幸運は、少女の刺突が平突きであったこと。おそらく万が一避けられた時のことを考えて、左右への変化がしやすい平突きを選択したのだろうが、これがヴェンを大きく利することになる。


 ――ガギィ!


 剣が、止まる。


 無論、自然に止まる筈はない。止めたのだ。当然、少女が躊躇ったわけでもない。ヴェンがそれを成したのだ。


 ヴェンの力は、強い。拳を突き出せば岩が砕け、鋭い蹴りは鉄すら裂く。人間離れした怪力をヴェンの身体は有している。咬筋力もその例外ではなかった。


 硬い樹の幹ですら易々と噛み千切ってみせる驚異的な咬筋力。金属ですら噛み砕けるかもしれない怪物的な顎の力でもって、突き出された剣を歯で文字通り"食い"止めたのだ。


「あっ――」


 少女が驚きの声を漏らす。「ありえない」そう続けようとしたのかもしれなかったが、声を待つほどヴェンは親切な男ではない。驚愕に表情を歪める少女の隙を突くように、態勢を立て直すと首を勢い良く振り上げた。


 少女の身体が宙に投げ出される。驚きで剣を離すタイミングが一瞬遅れてしまったためだ。尤も、小柄な少女とはいえ、人一人の体重を首の力で一メートル以上宙に跳ね上げるなど想定もしないだろうから、仕方が無いとも言えるが。


 剣を吐き捨てながら、ヴェンは左の拳を少女の腹部に向けて全力で突き出した。必殺の意思の乗った重い一撃。常人であれば、当たった場所から身体が真っ二つになるであろう凄まじい破壊力。


 出来ることなら、ヴェンとしては剣鉈で確実に仕留めたかったところだが、姿勢の問題で一拍遅れてしまう。超高速の戦士にその間を与えることを恐れたヴェンは、代わりに鉄槌のような拳を繰り出したのだ。


 鈍い音が響き、少女の腹にヴェンの拳が突き刺さる。鎧を砕き、その下の骨が粉砕する感覚が腕を伝って来るも、ヴェンは顔を顰めた。


 ――浅い。


 口から血反吐を吐きながら吹き飛んで行く少女に、ヴェンは油断のない視線を向けつつ思う。鎧に当たる寸前と、鎧に当たった後の二度、ヴェンは拳に何かが纏わり付くのを感じた。


 詳細は分からないが、あの感覚は状況から見て攻撃を弱めるような何かだったのだろうとヴェンは思う。そうでなければ、あの程度で済む筈がないのだから。


 仕留め損なったってのは勘弁してくれよと思いつつ、ヴェンは口に溜まった血を吐き出した。剣は"食い"止めたとはいえ、完全に止められたわけでもなく。


 舌には穴が空いて下手をすれば千切れかねないし、頬の内も大きく切り裂かれている。頭に近いせいか口の中だけでなく目の奥まで痛み出して、痛みにはそこそこ強いヴェンも顔を顰めずにはいられない程だった。


 ――口内環境がボロボロって、こりゃ洒落にもなりゃしない。


 軽口を叩こうにも、声を出そうものなら頭が金槌で殴られるような痛みが走る。仕方なく心の中で呟くに留め、吹き飛んだ少女に向かって歩を進める。


 向こうは腸内環境がボロボロだろうけど、とつまらないことを思うヴェン。死んでてくれれば御の字。生きてたら――どうしようかね、と頭を悩ませる。


 ボロ屑のように転がっている少女。とても生きているとは思えない有様だったが、どうやら息はあるようで。死んでいればそれまでだったのだが、生きているとなると話が違ってくる。


 ――殺してしまおうか。


 そう思うヴェンだったが、この少女も天賦(ギフテット)。キールなら何かしら自分には思いもよらないような使い道を思いつくかもしれないな、と少女を抱き上げる。


 この少女は戦えるような状態ではない。キールの考えを聞いてから判断しても遅くは無いのだから。


 とりあえず、お上に指示を仰いでおきますかね、とつい呟こうとして、走り抜けた痛みにヴェンは顔を顰めるのだった。



 ■ □ ■ □


 ――よっこらせっと。


 ヴェンは領主館まで引き返すと領主とその息子の前に天賦(ギフテット)の少女の身体を横たわらせた。まさか少女が負けるとは思っていなかったのだろう。二人の顔は驚愕に歪んでいる。


 多分俺が負けたらキールあたりはこんな顔をするのかね、と想像したヴェンだったが、流石にそれはないかと思い直す。ヴェンがこの世界で最強だとは考えていないだろうから。


 ヴェンとしては場の雰囲気を和らげる――実際のところ恐怖を煽るだけになるだろうが――小粋なジョークを挟みたいところだったが、千切れかけた舌に要らぬ負担を掛けたくない。


「シッ!」


 驚愕から立ち直ったのは、まず息子の方だった。天賦(ギフテット)である少女が敵わなかった相手であると認識しているにもかかわらず、躊躇いなく腰の細剣(レイピア)を引き抜いて、気合一閃。刃を突き出して来たことに、ヴェンは小さな驚きを得る。


 ヴェンを恐れていないわけではない。むしろ、その瞳には恐怖の色が浮いている。それでも、ヴェンに立ち向かえる勇気。大した人物なのだろうとヴェンは思う。剣閃も鋭く、良く鍛えているのが伝わって来るほどだ。


 しかし、哀しいかな相手は怪物(ヴェンリット)


 技術など知らぬとばかりに圧倒的な身体能力(スペック)の差でもって剣を躱し、手首を取ると内に捻る形で投げ飛ばし、細剣(レイピア)を奪い取ると首筋に突きつけた。


 命を握られた状態で、しかし領主の息子の精神(ココロ)は折れない。敵愾心に満ちた瞳でヴェンを睨み付けて来る。


 ――本当に、大した人だよ。


 しかし、ここでも現実は非情だ。圧倒的な天賦(才能)の前には、積み重ねたものも、強固な意思力も意味を持たない。そのことを悪いとは思わないが、期せずして得た力で他者の努力を踏み躙っている自覚は持っておくべきだろうな、とヴェンは思う。


 天賦(貰い物)の力に胡座を掻いて努力を忘れるようなことを戒められるだろうから。


「ま、待って下され」


 声を上げたのは、領主の男。こちらも、表情にはっきりと恐怖の色を浮かべている。否、息子のそれよりも色濃くそれが見える。人の良さそうな初老の男。恰幅は良く、戦う人間でないことは一目で分かる。


 それでも声を上げられたのは、息子を思う親の覚悟だろうか。


 ――本当に、凄いな。


 基本的に貴族が嫌いなヴェンから見ても尊敬に値する人格であり、領地に善政を敷いていると聞く。もしもこの領地に生まれていたのなら、反乱に与することなど無かっただろうにと思ってしまい、つまらない仮定だとヴェンは頭を振った。


 辺境周辺で唯一領民が幸福に暮らしていると言っていいファイツ領。その平和をぶち壊そうとしている自分が、否、もう壊してしまった自分が考えていいことではないだろうに、と。


「厚かましい願いだとは思います。だが、聞いて欲しい。息子を、殺さないで頂きたく思います。そして、アンナ様の治療をさせて頂きたい。どうか、どうか……」


 領主は膝を付き、額を地面に擦り付ける。謂わば、土下座の姿勢だ。自分の息子よりも歳の低い不届き者に、頭を下げる。どれほど屈辱的なことだろうか。


 アンナ様というのは天賦(ギフテット)の少女のことだろう。息は浅く、顔も蒼白。連れては来たものの、生きているのが不思議なくらいだとヴェンは思っている。今すぐにでも治療を施さなければ命はあるまい。


「ち、父上……」


 息子も痛ましいものを見るように表情を歪めた。ヴェンも表情を崩しかけ、意思の力でギリギリ表情筋を押さえ込んだ。


 ヴェンは貴族が嫌いだ。敬うつもりは一切ない。王族も同様だ。止められるだけの力を持ちながら、悪政を放置した連中など意地でも敬ってやらない、と考えている。各々事情はあるのかもしれないが、ヴェンにとってはあの貧困こそが真実だから。


 しかし、そんな中にも尊敬すべき人間は居るだろうとも思っている。そして、そんな人物が、今目の前で地面に頭を擦り付けているのだ。


 ――ここで敬うような態度を取るのは、逃げだよな。


 そこに何の意味もない。自分が楽になろうとしているだけだなと思い、ヴェンは口の中に溜まった血を吐き出した後、痛みを一切無視して口を開いた。


かふぁあんよ(構わんよ)こほす気はあいし(殺す気は無いし)ひりょうも(治療も)ふぁってに(勝手に)ふふとひい(するといい)はすかるかほうか(助かるかどうか)はひらんがへ(は知らんがね)


 恐ろしく間の抜けた声。舌をはじめ口の中が愉快なことになっているせいで声も愉快なことになってしまったが、どうにか意図は伝わったらしく、領主は「ありがとうございます」と言って立ち上がり、焦った様子で走り出そうとする。


 その背に、ヴェンは間の抜けた、しかし殺意を乗せた声を投げ掛ける。


ははひ(ただし)――ほへいなほほ(余計なこと)をふればほほす(をすれば殺す)


 お前も、お前の息子も、アンナとやらも、全員だ。


 順繰りに視線を巡らせるヴェンが言外に込めた意思を汲み取ったのだろう。青い顔を更に青くして領主は走り去って行く。それを見送りつつ、ヴェンは口に溜まった血を吐き捨てた。


 ――損な役回り……ってのはやっぱり逃げかね。


 今感じた罪悪感など比べものにならない程のことをヴェンはファイツ領に対してやらかしている。そんな男が、全くもって笑わせる話だと、ヴェンは血反吐と共に自身への罵倒も吐き捨てるのだった。



今回、主人公がどう見ても悪役ですね。

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