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異世界戦記を猟師が行く!  作者: 矢田
辺境騒乱
32/52

30.狂犬

 好戦的な輝きを宿す黄金(きん)の瞳に、肩口で無造作に揺れる赤い髪。整った容姿をしてはいるのだが、それに気を散らす余裕が、ヴェンにはない。


 ――速い。


 戸惑いは一瞬だったというのに、刹那の間隙に踏み込まれた。ギリギリで剣鉈を少女の剣に合わせることが出来はしたものの、ヴェンの背に冷たい汗が浮く。


 拮抗は、一瞬。


 ヴェンは力任せに剣鉈を振り抜いて少女を弾き飛ばす。手応えは、軽い。少女が競らず、自分の力に乗るような形で距離を取ったのだと理解したヴェンは、いよいよ一筋縄ではいかないようだぞと唇を湿らせる。


「盗み聞きは良くないんじゃない、お兄さん」


「おっと失礼。こう見えてシャイなんだ。知らない人が居るもんで、出て行き辛くてね」


 話し掛けて来た少女に、ヴェンは内心の動揺を悟られないよう舌を回す。常に冷静であれ。父の言葉が頭に浮かんで、分かっているさとヴェンは口元に笑みを浮かべた。


「ついでに礼儀知らずの田舎者でさ。お貴族様ってのは毎晩舞踏会開いたりしてるんだろ? 服則規定(ドレスコード)が気になってね」


 鎧姿じゃ追い返されそうだから躊躇っちゃってね、と軽口を叩くヴェン。ちなみに、赤い外套こそ纏っていないが、それ以外は殆ど完全武装である。流石に鉄塊は村の外に隠して置いてきたけれど。


「アハハッ、面白いね、お兄さん」


 カラカラと笑う少女にヴェンは意識を集中させ続ける。一瞬でも気を逸らせば、その意識の間隙を突かれるのは証明済みだ。油断は、出来ない。


 でもさ、と前に置いて、少女は前傾姿勢をとりつつ、言った。


「舞踏会の会場だって、戦いが始まれば戦場でしょ。だからさッ!」


 少女が最後に何事か呟いた瞬間、その身体がブレる。否、ブレたようにヴェンは錯覚した。常人なら少女が消えたように感じるであろう、圧倒的な加速。


 正面から向かって来る少女に、流石にそれは舐めすぎだ、とばかりにヴェンは剣鉈を薙ぎ払う。間違いなく、刃の範囲の中に捉えた、筈だったのだが――


 ――『加速(アクセル)』。


 ヴェンの耳が少女が呟いた言葉を聞き取った時には、少女は剣鉈を振り切ったヴェンの懐、安全地帯に低い姿勢で踏み込んでいる。驚愕に見開かれる、ヴェンの瞳。二段階の加速は、ヴェンの想像を超えていた。


 ――間に合わない。


 回避も、剣鉈を引き戻しての防御も。


「くっ……」


 故に、首目掛けて突き出されて来る切っ先へヴェンは左手の籠手を合わせた。手の甲側、打撃にも使える分厚い金属部と刃がぶつかり合う。今度は、両者が後退した。


 ――これは、ドワーフ達に頭が上がらないな。


 刺突によって金属部は半ばまで抜かれていたが、ヴェンの身体には傷一つなかった。並の籠手であれば、軽くない傷を負っていたであろうことは想像に難くない。


服則規定(ドレスコード)はバッチリだよ。お兄さん」


「全くだ。最高の戦装束(ドレス)だよ」


 応えながら、ヴェンは少女の速度について考える。単純な身体能力によって成されるものでないことは、間違いない。少女が呟いた『加速(アクセル)』という言葉が魔術の呪文であると考えれば筋は通るのだが、呪文が短過ぎやしないかとヴェンは思う。


 ドワーフ達の呪文はどれもそれなりに長い詠唱が必要だった。にもかかわらず、少女のそれは一言だ。そこまで考えて、ヴェンは止めた、と思考を放り投げる。原理はどうあれ、言葉一つで少女は加速出来るということさえ分かっていれば、戦闘に支障はないのだから。


 間違いなく速さに特化した天賦(ギフテット)であると考えていいだろう。


 ――しっかし、速いな。


 間違いなくヴェン自身よりも一回り以上速度が上だ。目では捉えられているのだが、身体がついてきてくれない。間違いなく、強敵。しかし――


 ――弱点は、ある。


 僅かに二合打ち合っただけだが、ヴェンは少女の弱点を見抜いていた。尤も、少女に弱点を隠す気が一切ないので気付けて当然ではあるのだが。


 攻撃が、軽い。


 鋭くはあっても、重さのない剣戟だ。現に、直撃を受けたにもかかわらず、ヴェンの左手には大した衝撃が無かった。


 最も貫通力のある突きで防具を抜けないということは、相手の攻撃はある程度気にしなくても良いということになる。防具に守られていない場所を狙われればその限りではないが、速度に劣るとはいえ、狙いを少しズラす程度は容易い。


 選択肢は、二つ。


 待ちの姿勢で攻撃を誘い、身体で受けてからのカウンターで仕留めるか、被弾覚悟で前に出て積極的に攻撃するか。前者の方が固いが、こちらは少女に他の魔術による攻撃手段が無いという仮定の上でしか成り立たない。ヴェンに真っ向から通じる攻撃手段があるのなら、時間を与えてしまう待ちの姿勢は悪手だ。


 ――ま、こっちの方が好みだってのもあるけど。


 思いつつ、ヴェンは獰猛に笑った。身体から鼓動のように垂れ流される殺気に、肉食獣を思わせる雰囲気。少女はそれを見て、楽しそうに笑った。


「すごいすごい! 強い魔獣と戦ってるみたいだよ」


「狩れるもんなら狩ってみなってハナシだ!」


 言葉と共に、ヴェンが爆ぜるような勢いで飛び出した。その速度は、少女のそれに劣るものだが、圧力がまるで違う。殺気によって一回りも二回りも大きく見えるヴェンの姿は、まさに重戦車のそれだ。


 ヴェンは少女へ剣鉈を袈裟懸けに振り下ろす。僅かに身を引いて躱し、『加速(アクセル)』の声と共に斬り込んで来る少女だったが、加速の先に置くような形で放たれた裏拳に、停止を余儀無くされる。


 しかし少女は焦りを見せることもなく横っ跳びに加速した。飛び退き様に振り上げられた剣を脚甲で弾く。少女が逃れた先にヴェンが視線を向けた時には、残像を残すばかりで。


 背後に気配を感じて、ヴェンは振り向き様に剣鉈を振り抜く。暴風の如き一閃は、しかし少女を捉えることはない。わざと一拍置いた少女に攻撃を空かされたのだ。


 ガラ空きになったヴェンの首元目掛けて再び剣が突き出されるも、先程の焼き直しのように突き出された剣はあっさりと弾かれた。否、焼き直しではない。ヴェンは先程よりも遥かに余裕を持って攻撃に対処していた。


 慣れつつあるのだ。少女の速度に。


「いいよ、いい。すっごくいい!」


 徐々に不利になっているというのに、少女は揺るがない。むしろ、苦境を楽しんでいるようで、輝くような笑顔を浮かべ、興奮したように頬を染めている。


 所謂、戦闘狂(バトルマニア)という人種なのだろう。全く理解出来ないとは言わないが、敵に回すとおっかないね、とヴェンは心の内でぼやいた。同時に――


 ――だけど、もう問題ない。


 少女の弱点、その二つ目を見極めたヴェンは、静かな視線で少女を射抜いた。


 少女の顔には抑えきれない喜悦と興奮が浮かび上がっている。瞳は熱を帯び、口元は弧を描く。


 少女の速度が、更に増した。


 少女は平面だけでなく、壁や天井も使った立体的な動きでヴェンの隙を突かんと攻撃を繰り返すも、その全てが躱され、弾かれる。終いには、攻撃が隙となってヴェンが無造作に振り回した腕を避けきれず、剣で受けて吹き飛ばされてしまった。


「少し、サービスが過ぎたって話だ」


 ヴェンの身体は少女の速度に反応し切れていないが、視覚ではしっかりと捉えていた。そのため、加速の瞬間を観察することが出来たし、そこから特徴、弱点を掴むのに時間は掛からなかった。


「あっちゃあ、気付かれちゃったかぁ」


 ヴェンが唐突に自分の速度に反応出来るようになった原因に心当たりがあるようで、少女は失敗したなぁ、と頬を掻く。


「加速した後直進しか出来ないなら避けるのは簡単だし、君の速度にも慣れたんでね」


 女性にリードされるばかりじゃ男として面目が立たないんでね、と余裕を見せるために笑みを浮かべるヴェンに、少女はチッチ、と指を振る。


「甘いなぁ、お兄さん。確かに接近戦じゃお兄さん方が上手みたいだけどさ――」


 ――お兄さんはボクに追い付けないでしょ?


 そう言い残して、少女は窓から飛び出して行く。領主とその息子は良いのかよ、と突っ込みを入れたくなるヴェンだったが、少女が何やら唱えているのを見て、自分も窓枠に足を掛ける。


 飛び出す前に領主親子にチラリと視線を向けるヴェン。身体を一瞬震わせる親子だったが、息子が父親を庇うように一歩踏み出したのを見て、ヴェンは気まずくなる。


 一瞬、あの少女相手に領主親子を人質に取ることを考えた自分が居て、自分が穢れているのを見せ付けられたような気分になったから。


 ――ま、敵の前に残して行った時点で効果はないだろうさ。


 ヴェンは言い訳のように思う。人質を取ろうとした自分も嫌だったが、等量人質を取ることに忌避感を得た自分に覚悟が足りないような気がして、情けなくも思えたから。


 そんな葛藤を振り切るように飛び出したヴェンの足裏が地面を掴むのと、少女の魔術が完成したのはほぼ同時だった。


「『焔の柱(イグニート・ピラー)』!」


「げっ」


 人一人程の太さもある火の柱がヴェンに向かって放たれた。横っ跳びに転がって躱すヴェンだったが、凄まじい熱気と、焼け焦げた地面に息を呑む。流石に直撃すればヴェンの頑強な肉体をして、ただでは済まないことを確信したから。


 そして、ヴェンに通じる魔術を使えることが分かった時点で、ヴェンは自分が非常にまずい状況に置かれていることを理解せざるを得なかった。詠唱の隙を突けば魔術には基本的に対処出来ると考えていたヴェンだったが、少女(あいて)の方が速いとなると話は違ってくる。


 距離を殺しての妨害は出来ず、遠距離での撃ち合いにならざるを得ないのだが、あの少女に矢や投石を当てられるかは甚だ疑問であった。


「やれやれ、情熱的なアプローチだ」


 動揺を悟られないよう笑みを浮かべてキザったらしい言葉を投げかけるヴェン。こちらも相応の返礼をしないといけないな、と言いつつ、背の武装帯に引っ掛けていた弓を手に構える。


 飛んだり跳ねたりで弓のボディに歪みが出来ていないかが気がかりではあるが、そこはドワーフ達の腕を信用する他ない。


「さっすが、これじゃ終わらないか」


 術を躱されたというのに、嬉しそうな少女。闘争心で瞳を輝かせ、活き活きとしている。


「勿論。やられっ放しじゃ格好付かないんでね」


「アハハッ……楽しくなってきたよ」


 笑う二人の天賦(ギフテット)。内一人が虚勢の張りぼてなあたりが締まらないが、ともあれ超越者達の戦いは場所を移してより激しさを増していくのだった。

 

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