表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界戦記を猟師が行く!  作者: 矢田
辺境騒乱
30/52

28.商人

 アルマ領を落としてから一月程経った頃、ヴェンは一人の男と相対していた。


「いやぁ、どうも。御無沙汰ですね」


「……まだ来る時期じゃあ無い筈だけどな」


 満面の笑みを浮かべた男に対し、ヴェンは不機嫌を一切隠そうとせず、顔を顰めた。歳は二十代後半から三十代前半といったところだろう。狐を思わせる細い目に、パサついた砂色の頭髪。ヴェンが知る限り常に笑みを絶やすことのないこの男が、ヴェンは苦手だった。


 胡散臭い、それこそキールが比較にならない程信用出来ない雰囲気を纏っている上、どうにも今ひとつ強さを測りきれないことがヴェンを警戒させる。その所作からは戦う者の匂いは感じ取れないのだが、ヴェンの直感は警戒するよう告げていて。掴み所のない、陽炎のような男であった。


「で、ボッタクリが何の用だ?」


「人聞きの悪い。我らビッグス商会は『誠実な商売』を掲げております通り、適正価格で商売させて頂いておりますよ」


 表情を一切崩すことなく言う商人に、ヴェンは溜息一つ、どんだけ魔獣の素材を買い叩いたと思ってるんだよ、と皮肉っぽい調子で返す。タテノ村に季節ごとに訪れては、食糧をヴェンが狩った魔獣の素材を対価に売ってくれる商人。ヴェンとしても感謝はしているが、好きにはなれなかった。


「あれは諸経費込みで適正価格なんですがねぇ……」


「はぁ……ま、そういうことにしておくさ。それで、まさか世間話しに来たわけじゃないだろ」


 わざわざ時期をずらしてまで来たんだからさ、と言うヴェンに、商人は勿論ですとも、と返し、続ける。


「商いをしに来たのですよ。今あなた方が一番欲しているであろう商品を、ね」


「商品?」


 荷馬車は見当たらないし、荷物だって背嚢一つじゃないかとヴェンは眉を顰める。しかし、自分が考えることでもないさね、とあっさり割り切り、キールに判断を委ねることにする。


 手近な兵にキールへの伝令を頼むと、商人に向き直って口を開いた。


「しっかし、取引してくれるのは有難いが、いいのか?」


 俺達、お国に反旗を翻した反逆者の集団なのにさ、と疑わし気な視線を商人に送る。アルマ領制圧以降、情報封鎖など出来る筈もなく、反乱が起きたという程度の情報は緩やかに周囲の領にも広まっていた。


 それ故、ヴェンは自分達が反逆者であることを一切隠すことをしなかった。眼前の男が、その程度のことを知らずに接触して来るような間抜けだとは思っていないのだ。


「良くはないですが、問題はありませんよ」


 反逆の罪に問われるかもしれませんが、知られなければ罪になりませんからねぇ、と悪びれることなく笑って続ける商人。


「他の者が立ち入れない市場を掴めれば、利益は計り知れないものになりますからねぇ」


 リターンの大きさとリスクを天秤に掛けて独占出来る市場というリターンを取ったわけだ。生き馬の目を抜く商人って奴は恐ろしいね、とヴェンは溜息を吐いた。


 この商人、実はヴェンの実力(チカラ)を客観的な視点で正確に把握していた唯一の人物である。ダースト領の外と、ヴェンの両方を知っている唯一の人物だったのだ。そういう意味では縁深い人物であると言える。


 ――餓鬼の頃からの知り合いっちゃ、知り合いだしな。


 タテノ村の猟師がヴェンではなく父ヴァンハルトだった頃から、村を訪れるのはこの商人(オトコ)だった。初対面からして胡散臭い奴だと思っていて、今もその印象は変わっていない。十年以上印象の変わらないというのは珍しい話だ、とヴェンは手持ち無沙汰に首を鳴らした。


「お待たせして申し訳ありませんね。商人殿」


 思っていたよりも早くキールが姿を現す。余裕を見せるためか、ゆっくりと歩いて来るキールだったが、ヴェンは知っている。ここに来る直前、家の陰になっているところまでキールが全力疾走して来たことを。


 家の陰で息を整え、汗を拭っていたことを。


 ――気配でバレバレ、というか。


 こいつも気付いてるような気がするんだけどね、とヴェンは商人を見る。表情は少しも変わっていないが、何となく楽しんでいるような雰囲気が感じられたのだ。


 キールも自分が気付くであろうとは考えているだろうが、商人にまでとは考えていないだろうとヴェンは思う。そうなるとキールが道化(ピエロ)のようで可哀想になってくるが、商人がそれを口にすることはないだろうし、ヴェンも口を噤むことにした。武士の情け――いや、武士じゃないけどさ、などとどうでもいいことを思いつつ、ヴェンはことの流れを見守る。


「いえいえ。久しぶりにヴェンリット(お得意様)と話せましたし、有意義な時間でしたよ」


「それは良かった。立ち話もなんですから、此方へ」


 言って、キールは商人をアルマ領の領主館へと先導する。ルガール領の村に比べれば多少マシとはいえ、客人を招けるような場所は領主館くらいのものだ。


 並んで歩くキールと商人の後ろをヴェンは続く。ヴェンの実力を知っている以上無茶はしないと思うのだが、万が一商人がキールに襲い掛かっても護れるよう警戒を怠らずに。


 ――面倒な話になりそうだね、どうにも。


 迂遠な物言いで裏を読み合いながらの話し合いが予想されて、ヴェンは気疲れしそうだと溜息を吐くのだった。



 ■ □ ■ □



 ――厄介ですね。


 領主館の応接室で商人と向かい合ったキールは愚痴をこぼすように思う。表情にこそ出さなかったが、この商人、キールにとって非常にやり辛い相手だった。


 自分と似たようなタイプで、その上経験や知識で間違いなく上回られている。自分の上位互換のような相手なのだから、やり辛いことこの上ない。


「さて、売って頂ける商品は情報ということでよろしいでしょうか?」


「流石、一軍の長。話が早いですねぇ」


「……さりげなく俺を馬鹿にしてるような気がするな、おい」


 露骨に持ち上げてくる商人に、誰でも分かりますよと返すキール。別にいいんだけどさ、と微妙にいじけている(ヴェン)はさておき、この商人が信用出来るのなら、反乱軍にとってこれ以上なく有難い話だった。


 現状、情報収集は人並み外れた移動速度と、敵地に単独で赴いても問題ない戦闘力を持つヴェン任せになってしまっている。情報収集専門の人間は育てている最中で、とてもではないが使い物にならない。情報が自前で賄えるまでの繋ぎになってくれるというのなら、キールとしては助かる。


 しかし、この商人が王国側の人間で、情報を流すことによって反乱軍を操作しようとしている目も当然捨てきれない。とはいえ、この場における選択肢は一つだけなのだが。


「我々に対する国の動きに関する情報であれば、どんなに小さなものであっても言い値で買いましょう」


「これはこれは。有難いですねぇ」


 この男の情報が信用出来るか否か。それを確かめる為にも、ここで情報を買わないという選択肢は存在しない。また、今後のことを考えればいきなり偽の情報を掴ませるということもないだろう。ある程度信用を得ておいて、最も致命的な状況で偽の情報を流す方が有効だ。


 尤も、小勢の反乱軍など一瞬で捻り潰せると考えているのなら、いきなり偽の情報を掴ませようとしてくることも考えられるが――


 ――それはないでしょうね。


 この男は、ヴェンと取引をしていた商人であり、ヴェンの実力を把握している人間だ。或いは、天賦(ギフテッット)である可能性についても考えているかもしれない。


 ヴェンの実力を知っているのなら、辺境周辺の気の抜けた軍勢程度でどうにか出来るとは考えていないだろう。搦め手――例えばタテノ村の住人を人質に取るような――を使えば抑えられる可能性もあるが、火薬のように激発する可能性もある。リスクは高い。


「ではでは、お耳寄りな情報を一つ。王国に反乱の報が伝わりまして、国王から辺境領の領主に討伐するよう指令が下されました」


 商人の言葉に、しかしキールもヴェンも驚くことはない。予想されていたことであったし、強いて言えば予想よりも国の動きが遅いことに驚いているくらいだ。


「加えて、今回王国が直接動くことは無いようです。二国と戦争状態にありますからねぇ。辺境での小規模な反乱に兵を送るくらいなら他の戦線に送るでしょう。辺境の領主達は連合を組むようですが、その動きは鈍いようですよ」


 五日程前に掴んだ、活きのいい情報ですよ、と商人は付け加える。


「それは助かりますね」


「全くだ。国が動かないってのは好材料だな」


 商人の口から伝えられた情報に、今度はキールもヴェンも安堵の息を吐く。辺境の領主達が動いていることは反乱軍側でも掴んでいたのだが、王国の動きはまるで伝わって来なかった。二つの戦線を抱えている以上、こちらが小勢の内は動かないだろうというキールの予想はあったが、事実として伝わって来ると安心感が違う。


 尤も、事実かどうかは裏をとってみないと分からないわけではあるが。


「ありがとうございます。非常に有用な情報でした。代金は如何程お支払いすればよろしいでしょうか?」


 値千金。言い値でお支払いしますよ、と言うキールに、いえいえと商人の男は笑みを深くする。


「今回は初回ですからサービスさせて頂きますよ。お得意様になって頂けそうですからねぇ」


 商人は懐から小さな水晶玉を取り出すとキールに手渡した。中には複雑な文様の光が踊っている。


「これは……」


 ――伝心結晶。


 ルガール領の領主館と、アルマ領の領主館に巨大なものが一つずつ。倉に小型のものが数個収められていた、貴重な品だ。その名の通り遠くの人物に水晶を通して意思の疎通が出来る優れものだ。大きさによって届く距離が変わるため、キールに手渡されたものではそう遠くまで繋がりはしないだろうが。


 ルガール領を落とした時点で手にいれていたものであったが、ドワーフ達に倉を見て貰わなければ使い方すら分からなかった代物でもある。


 ちなみに、基本的に誰でも使えるのだが、魔力が必要になるためヴェンは使えなかったりする。それが原因で一悶着あったりしたのだが、それはまた別の話。


「中の術式を領主館の水晶に写して頂ければ、王都の商館に繋がりますので、御用があればお申し付け下さい」


 要は、水晶の中の術式が電話番号のようなものになっているわけだ。各領主館には、王都まで届く大きさの伝心結晶の設置が義務付けられている。


「ああ、最後に一つ、言い忘れておりました」


「……何でしょう?」


 キールが警戒した様子で問う。対価を受け取ろうとしない理由を考え、裏を探っていたということもあるが、商人の語調に不穏なものがあったから。


天賦(ギフテッット)が、この地に向かっているようですよ」


 ――ヴェン君と同じ、ね。


 最後に告げられた商人の言葉に、キールとヴェンは各々盛大に顔を引き攣らせるのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ