27.ドワーフの里で
「まさに地下にこんな空間があるとは……」
「俺たちの村より、よっぽどしっかりした作りだよな」
よっこらせ、と背負ったキールを地面に下ろしつつ、ヴェンは言う。戦いの後、ヴェンがあっさりと領主館を制圧。ダースト領の時同様、領主や使用人を拘束したのだった。
アルマ領の領主館がある村でキールが演説を一席打ったり、村の代表との折衝等もあったらしいが、ヴェンの知るところではない。ヴェンは、死体となった敵兵から武具を剥ぎ取ってから、骸を火にくべる作業を請け負っていたからだ。
死体を放置しておけば臭いが酷いし、疫病の原因にもなり得る。とはいえ、戦の熱から醒めてしまった反乱軍の兵士達にやらせるのは酷だろう。初陣の後なのだから、炊き出しでもして寛がせてやってくれ。そうキールに言ってヴェン一人で作業していたのだ。
そんなこんなで数日経って、ひと段落付いた後、ヴェンはキールをドワーフ達の集落に連れて来ていたのだった。道中、時間の短縮の為にヴェンがキールを背負って来たのだが、その間「何が悲しくて男を背負わなきゃならんのだ」とぼやいていたりする。
ちなみに、ヴェンには見通せる地下の闇もキールにとってはただの暗闇。そんあ視界の利かぬ中、ヴェンによる高速移動。それも飛んだり跳ねたりが組み込まれた動きに、キールは半ばで失神しており、文句は聞いていなかったのだが、ともあれ。
地下に広がるドワーフ達の集落は、全て石造りの家で、実に頑丈そうだ。理屈は分からないが光を放つ水晶のようなものが彼方此方に設置されており、地下だというのに非常に明るい。
「おお、岩砕きの大将じゃねえか」
「数日ぶりだね……っと」
ドワーフの男の名を呼ぼうとして、そういえば聞いてなかったな、とヴェンは頬を掻く。そのヴェンの様子に気付いたらしく、ドワーフの男はいけねえ、忘れてたぜ、と笑う。
「俺ァ、ガンロック。好きに呼んでくれや」
「ああ。これからも随分世話になると思う。よろしく頼むよ、ガンロック」
「なあに、優れた戦士に使って貰えりゃ鍛冶師冥利に尽きるってもんよ」
と、ヴェンとガンロックが世間話をしていると、ガンロックの大きな声が響いたからだろう。ヴェン達に気付いたようで、ドワーフ達がわらわらと近付いて来る。近付いて来るのが男ばかりなあたり、女子供には警戒されたままなのね、とヴェンは少しだけ残念になる。尤も、改善するようなことはしていないのだから当然ではあるのだけれど。
「鎧の使い心地はどうだい?」、「その手甲は俺の作なんだ。いい出来だろ」と話し掛けて来るドワーフの男達に、ヴェンは笑いながら「最高さ」、「勿論だよ」と言葉を返していく。
そうしているうちに族長が姿を現したため、ヴェンは一旦失礼、と断って、キールを先導する形で族長に歩み寄った。
「族長さん、うちのボスを連れて来たよ」
「ふむ。お主が反乱軍の頭目かの」
値踏みするようにキールを見る族長。ヴェンは岩食みの件で信頼を勝ち取ったからいいようなものの、ここのドワーフ達は人間に対して悪感情を抱えている。今回の交渉が上手くいくかどうかは微妙な線だとヴェンは思っていた。
「ええ。キールと申します。族長殿」
キールは片膝を着き、深々と頭を下げて名乗りを上げる。臣下の礼のようにも取れる態度だったが、キールの容姿や雰囲気から、様になっていて、さながら一枚の絵画のようですらあった。
「それじゃ、後は若い二人で……って、俺が一番若いんだけどさ」
ヒラヒラと手を振りながらヴェンはキールに背を向ける。あらかじめヴェンはキールに「俺が居ちゃ砲艦外交になるって話だ」と言ってあるため、キールも苦笑いしつつ分かりましたよ、と返した。
――さて、どうなるかね。
キールの人間性と度量、能力。どれ程のものなのか測るいい機会になるだろう、とヴェンはドワーフ達と話しながら工房に向かう。今回の戦いで武具は殆ど損耗していないが、回収した矢を打ち直して貰いたいのと、微妙に張りが緩んだような気がする弓の状態を見てもらう為だった。
「おっ、ヴェンじゃんか」
「やぁ、ファティア。少し弓の状態を見て欲しいんだけど」
頼めるかい、と弓を手渡すヴェン。ちなみに、今回鉄塊はお留守番である。キールを背負って来る都合上、持って来るのが面倒極まりなかったためだ。
少し張りが緩んでいるような気がするんだ、と言うヴェンにそう簡単に緩むかよ、と口を尖らせながらファティアは弓を受け取って金属で出来た万力のようなものに挟んで固定した。
そして何やら工具を取り出して弓の弦に当てがってはブツブツ呟いている。ドワーフの男達もその工具に群がっては「張りが強過ぎる」「弾けるのかよ」と口々に言っている。それにファティアが反論して、議論は次第に熱を帯びていく。
――職人気質ってやつなんだろうな。
使う側としてはありがたい話だとヴェンは思う。武具に信用が置けるというのは本当に大きい。今まで弓は格下相手か、牽制以外で使う気にならなかったのだが、今の弓なら鬼熊相手にも使おうという気持ちになる。
「やっぱ緩んでなかったぞ」
一通り調べ終えたらしく、ファティアが弓を差し出しながら言ってくる。ヴェンは首を傾げつつそれを受け取ると、確かめるために引いてみる。
軋みを上げさせながら、あっさりと弓を引いてみせるヴェン。ドワーフの男達の間からどよめきが上がるが、ヴェンがそれを気に留めることはない。
――やっぱり、少し軽くなってる。
ような、気がする。微妙に自分の感覚を信じ切れていないヴェンだったが、少なくともヴェンは少し軽く引けるようになっていると感じた。
弓の方に原因が無いとなると、ヴェン自身の腕力が増したということになるが、流石に数日で腕力が増すということもないだろう。天賦が魔力を使って肉体を強く変性させるものだとしても、ここまで急激に伸びることは無いのではないか、とヴェンは考える。
――身体能力が急に伸びたことなんてあったかな?
年々腕力が強くなっている自覚はあったが、急激に伸びたことなんてあっただろうか。そう自問して、そういえば、とヴェンは思う。
――父さんが居なくなって、暫くした時。
気が付けば随分と身体能力が上がっていたような気がするな、と。尤も、当時は自分が頑張らなくてはと随分と無理をして狩に出ていたため、今ひとつ記憶が怪しいのだけれど。ヴェンが思っているよりも、よっぽど日数が経っていたということも考えられるのだ。
――ま、上がる分には損もないか。
身体能力が上がる要因を掴むことが出来れば、意識して行えるのだが、とここまで考えて、ヴェンは思考を放棄する。専門的な知識のないヴェンがこれ以上無駄に頭を回しても、下手の考え休むに似たり。無駄なことさね、と呟き、ドワーフ達の会話に混ざりにいくのだった。
■ □ ■ □
「それでは、この条件でよろしいですね」
「ふむ。問題なかろう……むしろ、話が良すぎるような気すらするわい」
キールは族長との交渉を終えてニッコリと笑う。族長はあまりにも自分達に有利な条件で結ばれた契約に、キールの胡散臭い笑みも手伝って、何か裏があるのではないかと訝しんでいる。
交渉、とは言うものの、その実キールの提案した条件にドワーフ側から文句をつけるような部分が何一つ無かったため、そのまま契約を呑んだ形になる。
「いえ。今回の件、僕らにも損はありません。双方に利のある契約だと思っています」
「ふむ。聞かせてくれるかのう?」
勿論です、と頷いて、キールは口を開く。
「まず、この鉱山を無条件にお返しする件に関してですが、これは労働力の点から僕等では有効に使うことが出来ません」
鉱山の働き手である男性達は兵として我々の軍に参加してもらうつもりですから、そうなると人手が足りませんし、知識や技術が怪しいせいで鉱山での安全面に問題があります。貴方方にお返しして、取引する方が効率がいいんですよ、と言うキールに、族長はふむ、と相槌を打つ。
取引の対価としては、地下では育たない農作物などをメインに据えることで大まかな合意を得ている。キールは鉱山の管理を『返還』という言葉でドワーフ達に丸投げするつもりであった。
金属資源を失うと言えば大きいように聞こえるが、人材的な面で活かしきれない上、反乱を起こした立場上、基本的には輸出等も出来ないのだ。農作物を対価に金属資源が手に入るのなら、対した損害にはならない。
これでドワーフ達の心情を買ったと思えば安い買い物だとキールは思う。優れた技術者であるドワーフ達とは出来る限り密な関係を持っておきたいのだから。
――一応、鍛冶が出来る者も居ますが……。
ルガール領にもアルマ領にも鍛治が出来る者は居るものの、ルガール領の方は素人に毛が生えた程度。アルマ領の方は金属の精錬や形成は優秀なのだが、現状キールが確認した範囲において、刀鍛冶と言えるような者は見つかっていない。
初めはビジネスライクな関係でも、最終的には反乱軍に加わって欲しいものだとキールは考えている。
「また、戦力の提供を求めないのは、ことらとしては当然の配慮です。条件として明記したのは念のためですね」
当然キールとしても魔術を使えるというドワーフ達を戦力として計算に入れたいところだが、人間を恨んでいる彼らにそれを求めたところで反感を買うだけで無駄だだろう。
また、アルマ領に反乱軍討伐の兵が寄せればドワーフ達は戦うことを選ぶだろうという考えてもいる。奪われていたものを取り戻し、それを再び失うことに我慢出来るとは考え辛い。鉱山の変換にはそんな思惑もあってのことだった。
尤も、それを表に出すことはしないが。ドワーフ達には、あくまでも利害の一致という形を見せておいた方が疑われる目も減るだろうとキールは思う。ドワーフ達も馬鹿ではないのだから気付く者も出るかもしれないが、鉱山丸々一つという利をひっくり返しはしないだろう。
「細かいところは今後詰めて行くことになるとは思いますが、良き関係を築きたいですね」
言いながら、キールは手を差し出した。この世界でも握手は利き手を預けることで友好を示す動作である。族長は一瞬差し出された手に疑わしそうに視線を落とすも、その手を取った。
「……そうなれば良いがの」
胡散臭い笑顔を浮かべたキールと、しかめっ面の族長。対象的な二人の長。反乱軍とドワーフ族との協力関係がここになったのである。それが真の友好になるか、仮初めのものに終わるか。今はまだ、誰にも分からない。




