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異世界戦記を猟師が行く!  作者: 矢田
辺境騒乱
28/52

26.勝利の味

 反乱軍に相対したアルマ領の軍勢は、その光景に思わず足を止めてしまった。降り注ぐ赤い雨。目の前の現実を理性が受け入れられず、呆然と立ち尽くす。


「あ、え、ぁぁ……」


 意味のない音が口から流れ出る。目を見開き、人によっては呼吸すら侭ならない。


 ――人が、爆ぜたのだ。


 腰の上辺りから千切れ飛んで、胴は完全に吹き飛ばされ、頭部や手足が衝撃で方々に散っている。上半身が失われたことに気が付いていないように、馬に跨ったままの下半身。その光景は狂気的ですらあった。


 何が起きたのか。理解出来た者は誰一人として居なかった。反乱軍の何者かが何かをした、ということは分かっても、それが何なのかまでは分からない。


 分からないのだから、防ぎようがない。


 未知というのは、それだけで恐ろしい。死に繋がっているのなら、なおのこと。


「ひぃ、ひ、人の死に方じゃ……」


 怖気づき、一歩後退った兵士の頭部が、爆ぜる。


 銃弾で撃たれたスイカよろしく四散し、脳髄やら頭蓋の破片やらを撒き散らした。それだけでは終わらず、その後ろの兵士の右肩が腕が千切れかけるほどに抉り取られ、更に後ろの兵士が巨大な棍棒で殴り付けられたかのように吹き飛ばされる。


 吹き飛ばされた兵士の身体を貫通し、突き刺さっているのは――


 ――一本の矢だった。


 鈍い銀の輝きを放つ金属製の矢。


 その事実に、兵士達は戦慄した。矢である、ということは、弓によって放たれたのだ。兵達の練度は決して高いものではないが、それでも常識的な弓の射程は大凡把握している。これは、明らかに弓の限界を超えた射撃だった。


 威力も桁違いだ。掠っただけでも致命傷になり得る。一射で二人の命を奪い、一人を戦闘不能に追い込んだ。命を留めた一人とて、すぐに治療を施さなければ、遠からず落命するだろう。


 恐怖のあまり、逃げ出そうとする兵も居た。しかし、振り向いた先にあるのは人の壁。常識外れな弓の恐怖を部隊全体で共有出来ていれば、一斉に逃げ出すことも叶っただろうが、恐怖を感じているのは前半分くらいまでで、後ろの人間は何が起きたのか理解していない。


 前線の指揮を担当する人間は第一射目で上半身ごと居なくなってしまった。馬に乗って下半身は残っているが、流石に腰から下だけで指示を出せる筈もなく。


 後方から指揮する者は、現状を理解出来ていない。「前進せよ」との命令に、兵士達は恐怖に震えながらも、走り出す他なかった。


 続いて、三射、四射と矢が部隊を蹂躙する。後方の兵達もようやく恐ろしい『何か』が前方に居ることを認識したが、恐怖と混乱に白んだ思考では、勢いのついた足は止まらない。そも、足を止めれば後ろから来る者に踏み潰されてしまう。


 この時、後方指揮の兵長が生きていれば立ち止まり、退く目もあっただろうが、四射目でその命を刈り取られている。指示を出す人間を失い、立ち止まることも出来ず、恐怖のままに突っ込むしかない。


 戦意は折れかけている。しかし、前に進むしかない。悲惨な状態のアルマ領軍を、無慈悲な矢が切り裂いて行く。半分近くを削られたところで、ピタリと矢が止んだ。矢弾が尽きたのか、と兵達は思い、兵の一人が「逃げよう」と声を上げようとした瞬間――


「随分急いでいるみたいだな。どれ、先に逝った連中に追い付けるように背中を押してやるよ。今なら無料(タダ)だ。六文お得だって話」


 ――絶望が、姿を現した。


 それは、人間(ヒト)の形をした怪物。血のような赤い装束に身を包み、常人であれば持ち上げることすら叶わないであろう金属の塊としか形容出来ない武器を軽々肩に担いでいる。


 野生の獣を思わせる獰猛な瞳は、炎のように紅く、しかし氷のように冷たい輝きを放っていた。獰猛な笑みを浮かべながら、瞳の奥はいっそ無機質な程で。圧倒的な戦力の差があることを認識していながら、この少年が欠片の油断も慢心も抱いていないことを兵達は本能的に悟ってしまう。


 少年から、風が吹いた。否、風が吹いたように錯覚した。


 瞬間、身体の重さが数倍になったかのような感覚に兵達は襲われる。身体が言うことを聞かず、その場に勢いのまま崩れ落ちる者も出る。崩れた前を行く兵に蹴躓き、殆どの兵が地に転がった。大きな怪我を負った者も少なくない。


 兵達は、絶望した。寒くもないのに、身体が震え、言うことを聞かない。この状況であれば、眼前の少年(バケモノ)は易々と全員の命を、草を刈るような気軽さで奪えることは明らかだったから。


 轟、と鉄塊が振り回される音が何度か響く。諦観で瞼を閉じる者も居た。しかし、このまま殺されるのだろう、と兵達が震えていても、何度か振り回す音が聞こえた後が続かない。


 恐る恐る瞳を開けてみれば、少年は血の滴る鉄塊を肩に担いで兵達に背を向けていた。もう用は無いとばかりに。


「悪い……なんて、あんまりにもあんまりだよな」


 少年はキールの弱気が移ったかね、と呟いた後、振り向くと、ゾッとするような声で、言い放つ。


「悪かったよ。運が、な。だから、死ね。無抵抗に、殺されろ」


 少年の向こうから、反乱した人間達が手に手に武器を持って押し寄せて来る。兵達は、再び絶望するのだった。



 ■ □ ■ □



 ――胸糞悪い。


「なんて、本当にキールの弱気が移ったかな?」


 最早抵抗らしい抵抗など出来ず、数の暴力に曝されて次々に殺されて行く兵達を瞳に映しながらヴェンは自嘲する。今更、何を言っているのやら、と。


 ヴェンは人を殺して悩むということを基本的にしない。生きることに必要であるなら、躊躇う理由はないと考えているから。その上、自分が大切にしているものの為なら義理人情正義もろとも踏み潰す我儘さも持ち合わせている。精神的に屈強(タフ)なのだ。


 ――しかし、なあ。


 ヴェンは自分の力が思っていたよりも大きなことに気が付いてしまった。ドワーフ達の魔術を見てこの世界の平均を高く見積もっていたが、並の兵士相手に負ける気が少しもしない。先程のあれは、戦いですらなかった。蹂躙であり、作業だった。


 タテノ村に差し向けられた兵を殺した時は、殺すに足る理由があったし、ヴェン自身焦りがあったから、考える余裕も無かったが、今は違う。それこそ、全員生きたまま捕らえることすら可能だった。


 自分の命を安全な場所に置いたまま、一方的に命を刈り取る。それが、テレビ画面を挟んだ向こう側、ゲームのように人を殺すような感覚だと考えてしまい、ヴェンはつい「悪い」などと口にしてしまったのだった。


 ――だからといって、自分もわざと命を危険に曝す、なんて、何にもなりやしない。


 この世界で自分(ヴェン)が一番強い――なんてことはない訳で。例えばスペックは鬼熊(オーガ・グリズリー)が上だし、まだ見ぬ魔獣や、天賦(ギフテット)はヴェン自身よりも遥かに強い可能性も大きい。しかし、このド田舎、他の国にも隣接しない辺境の地において、ヴェンの力は強過ぎる。


 この国は他国と戦争状態にあるらしい。一定以上の実力者は前線に送られている可能性が高いだろうとヴェンは思う。それはつまり、しばらくは一方的に命を奪い続けることになる、ということだ。


「楽が出来ていい……って笑えないか」


 敵はともあれ、味方だって命を賭けている。今この瞬間だってそうだ。数を、戦意を削り、殺気をぶつけて少しでも堪えられた奴は殺した。それでも、振り回された武器の当りどころが悪ければ、人は死ぬ。


 人外の耐久力を持つヴェンとは違うのだ。


 ヴェンは兵達の後方で声を張り上げているキールに視線を向ける。鎧こそ着ているが、流れ矢の一本だって命に関わる。多くの人には、最前線で戦うヴェンが誰より身体を張って、命を賭しているように見えるだろう。


 実際のところ、前線の兵達の方がよっぽど命を賭けている。キールも含め、だ。そんな戦士達に、一人安全な場所に命を置いた人間が何を言えたものかよ、とヴェンは思ってしまう。


 罪悪感が、申し訳なさが湧き上がって来る。


「……馬鹿馬鹿しい。キールのことを笑えないな」


 数十人を手に掛け、これから数百、数千、或いは数万の命を奪うことになるであろう人間が考えていいことでも、考えるべきことでもない。


 反乱軍は、勝ち続けなければならないのだ。敗北は、許されない。そのためには、ヴェンは手を血に染め続ける必要がある。反乱軍の台所事情で、ヴェンが躊躇っているわけにはいかないのだから。


 ――割り切れ。


 キールに言った言葉が跳ね返って来る。分かっているさ、とヴェンは溜息を吐いた。


 この葛藤をキールに溢せば、キールのヴェンに対する印象も変わったことだろう。しかし、割り切れと言った手前ヴェンは、弱音を吐く訳にもいかず、そもそも悩んでいる人間に更なる負担を抱えさせるのも気が引けた。


 ヴェンが逸らすことなく瞳に映し続けていた戦場に、決着が付く。碌な抵抗も出来ないままに、アルマ領軍兵最後の一人が四方八方から突き出された武器に貫かれて命の火を掻き消されたのだ。


 戦いの前に言ったとおり、誰一人命を落とすことなく得た勝利だ。反乱軍の兵達の表情は明るく、キールの表情も、心なしか柔らかい。


 血塗れで骸を下に笑顔を浮かべるという光景は中々猟奇的な絵面だな、とヴェンは思い、俺に言えたことじゃないけどさ、と思いながら兵達に歩み寄って行く。


「皆さん、我々の勝利です!」


「おおおおおおおっ!」


 キールの声に合わせて、皆手に手に握った武器を天に翳した。ヴェンは心の内を少しも表に出すことなく、歓声が収まった後、笑顔で声を張り上げる。


「どうだい、約束は守ったろう?」


「おおおおおおおっ!」


 収まった歓声が、また上がる。皆、興奮しているのだ。初めて人を殺した者も、戦勝の喜びに酔って頬を赤らめている。不敵な笑みを浮かべながら、ヴェンは心の内で大きな溜息を溢した。


 ――勝利の味は、いつもより苦かった。



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