25.反乱の開幕
「……腑抜け過ぎというか、気が抜け過ぎというか。あれか、誘い受けか何かか?」
「この無警戒さは、罠を警戒したくなりますね」
呆れたように言うヴェンの油断を諌めるキールだったが、その言葉からも力が抜けている。反乱軍二百人。アルマ領に入ってから何一つ妨害を受けることもなく、領主館がある村の手前まで押し寄せていた。
ドワーフ達から装備を受け取ったヴェンは、戻る前に軽く領主館の様子を窺って来たのだが、その時は領内に侵入して来た集団に気が付いた様子は少しも無かった。とはいえ、ここまで近付けてしまうとは、キールにしろヴェンにしろ全くの予想外だった。
「でもまぁ、丁度良いだろ。兵達も微妙にダレて来てるし、反乱軍の初陣だ。気合入れてやれよ、リーダーさん」
何せ、向こうさん準備にまだまだ時間が掛かりそうだし、とヴェンは村の方を親指で示す。慌ただしい空気が漂い、ちらほら人が集まっては来ているものの、統制は全く取れていない。
「貴方が出てから一度やったんですけどね。もう一度やっておきましょうか」
キールは整列している兵達に向き直ると、一つ咳払いをしてから声を張り上げる。
「皆さん! 道中の村でアルマ領の現状を知った筈です。痩せ細った子供、絶望に濁った瞳。彼等も我々と同じく、圧政に苦しむ同士です。それを許しておいて良いのでしょうか!?」
「許しちゃおけない!」
キールの問いに、兵達の中から声が上がる。声を上げた兵士を見て、ヴェンは、確かあいつはヨコノ村の人間だったようなと思い、さてはサクラを仕込んでおいたな、とキールに視線を投げる。
サクラの声を皮切りに次々と声が上がる。初めの数人はキールが仕込んでおいたサクラなのだろうが、最終的には地面を揺らす怒号に変わる。こういう仕込みを忘れない辺りキールは如才ないよな、とヴェンは呆れと感心半々に思う。
「そう、否です。我々は圧政の軛を取り払わんと立ち上がりました。他領であれ、圧政に苦しむ人々を見過ごすことは出来ません!」
拳を作ったり腕を広げたりしながら場の熱気を煽るキール。容姿が整っていること、不思議と引き込まれるような声の響き、手抜かりしない周到さ。キールは扇動者としては間違いなく一流だった。
「戦いましょう! 自由の為に、虐げられた者の為に。我々は弱き者の盾であり、圧政者への矛なのですから!」
――応、という声が爆発する。
空気の振動が感じられる程の轟音だ。この場で熱気に乗れていないのは、前世の記憶から胡散臭さを感じてしまうヴェンと、戦争の現実を知っているガイくらいのもので、後は皆熱狂の渦に呑まれている。
ろくに教育など受けていない人間が多いとはいえ、ここまで上手く乗せるのはキールの才覚だろう。頼りになるけど恐ろしい話だよと息を吐くヴェンに、キールが囁く。
「ヴェンも一言お願いします」
「お前の後でかよ……」
人前で話すとか、あんまり向いてないんだよな、とぼやくヴェン。軽口や挑発ならポンポン口から飛び出して来るのだが、演説なんてものは出来やしない。
以前オウノ村でやったように敬語を使おうかと考えて――止めた。普段使わないものを今使ったところで上手く行かないだろうし、大体、兵達のヴェンに対する印象は血塗れ皮剥男である。敬語は違和感しか抱かないだろう。
ヴェンが一歩前に出ると、熱狂していた兵達がピタリと静まり返る。ここだけ見れば素晴らしく統率の取れた兵団だよな、と随分恐れられている自身を嗤いつつ、ヴェンは口を開く。
「あー、俺はキール程上手く話せないし、大した事も言えない」
ただ、幾つか保証してやれることがある。そう言って、ヴェンは一拍間を置く。声を張り上げてなどいないのに、静まり返った場にヴェンの声はよく響いた。
「まず、俺より強い奴も、恐い奴も敵には居ない」
俺の殺気に耐えられたなら、怖気付くことは無いだろうさ、と笑うヴェン。度胸だけなら一端の兵隊なんじゃないかな、と冗談目化して言う。
「戦闘の前に言うのも難だけれど、この先、沢山の人が死ぬことになる。それは隣にいる仲間かもしれないし、自分自身かもしれない」
ヴェンの言葉に、兵達の中には身体を震わせた者も居る。熱狂の後、現実という冷水を頭から被せられた気分なのだろう。単純に戦闘という面で言えば熱狂のまま突っ込ませた方が良かったのかもしれないが、ヴェンはあえて現実を突き付けた。
「ただ、ここにいるのは餓えで死ぬことと、戦って死ぬことを天秤に掛けて、戦うことを選んだ人間だと思っている。だから、覚悟は問わない」
それを聞くのは、侮辱になるだろうから。ヴェンの言葉に、兵達の顔が引き締まる。覚悟を確認したのだろう。或いは、覚悟が決まっていなくとも、馬鹿にするなと強がった者も居るかもしれない。
ヴェンは、いい顔だと心の中で賞賛する。伊達に死が身近にある生活を送ってきた訳ではないということだろう。死の恐怖に対する耐性であれば、歴戦の兵にも匹敵するかもしれない。
「だけど、決めた覚悟。今回の戦いでは俺が預からせて貰うよ」
どういうことだろうか、と首を傾げる兵達に、ヴェンは声を張り上げて、言った。
「今から起きる戦いで、俺は誰一人死なせるつもりはない。死なせはしない。戦場で妙な話だが、安心して戦ってくれ!」
一瞬の静寂の後、キールのそれに伍するか、上回る程の声が上がる。ヴェンは言い終わった後、どうにも気恥ずかしくなって、兵達に背を向けると、恥ずかしさを誤魔化すように乱暴な手付きで頭を掻いた。
「上々だったと思いますよ」
「お前にゃ負けるさ」
賞賛するキールに、ヴェンは肩を竦めてみせる。村の方向に視線を投げてみれば、ようやく準備を終えたらしく、百人程の武装した集団が集まっている。中には馬に乗った兵も居て、ヴェンは早目に潰さなきゃな、と物騒な言葉を漏らす。
向こうの集団から馬に乗った兵が一人こちらに向かって来る。ヴェンはキールに下がってろ、と言い置いて、前に出た。
「そこの集団! 如何なる理由でこの地を訪れたのか!」
使者というのか、伝令か。馬に乗った兵士は声を張り上げる。ヴェンはいきなり襲い掛かって来ないことを意外に感じつつ、どうしたものかと頭を悩ませる。それを感じ取ったのだろう。下がりかけたキールが戻って来つつ、声を返す。
「我々は圧政に反旗を翻した者。民を省みず、財を搾取する者達に誅を下す者! アルマ領の悪政、許し難く、領主を討つ為に立ち上がったのだ」
迂遠に言っているが、要は「領主の頸をとりに来た」ということさな、とヴェンは思う。ちなみに、キールが声を上げなければ、ヴェンは「領主の頚を貰いに来たって話だ」と何の捻りもなく言っていたことだろう。
「貴様……フォーク子爵に逆らうというのか!?」
「ま、そうならぁね」
尻尾巻いて逃げ出しても構わないけどな、とヴェンは挑発的に笑う。敵対した相手には口も性格も徹底的に悪くなるのがヴェンである。逃げても構わないと言ってはいるものの、逃がすつもりは一切無い。
「ここの領主ってフォークって言うのな。いい名前じゃないか。これから地に落ちるのに相応しい」
直角に地獄行きだ。素晴らしい変化量になるだろうさ、とカタカタ笑うヴェン。この世界に野球が無い以上、軽口の意味は伝わっていないだろうが、主人が馬鹿にされていることは分かったのだろう。みるみる顔を赤くする使者。
「おいおい。そんなに顔を赤くして。俺に惚れたのか?」
勘弁してくれ、俺に男色の気はないんだ、となおも煽るヴェン。相手が怒れば怒るほど、こちらは有利になる。怒って強くなるなんてことは基本的にあり得ないのだから。
尤も、ここは地球とは異なる異世界。もしかすると怒れば怒るほどパワーが増す生き物が居たりするかもしれないが、それはともあれ。
「き、貴様ぁ!」
ヴェンの侮辱に耐えられなくなったのだろう。使者の男は馬上から槍を振り下ろして来る。怒りのせいか雑で、避けずとも鎧の部分に当たりそうな軌道を描いている。
無論、振り下ろしの途中で変化する可能性はある。事実、当たる寸前で横への変化を加えるつもりだったのだろう。男は手首を翻そうとして――
――しかし、それは叶わない。
「へえ、中々いい槍。さぞお高いんでしょう、なんてね」
ヴェンの万力のような手でけら首のやや下を抑えられ、使者の男が押しても引いても、槍は動かない。ヴェンは掴んだ槍をそのまま横に薙ぎ払う。途中で槍が折れはしたものの、男はバランスを崩して落馬した。
「あちゃあ、打ち所が悪かったな」
頭から落ちた男の首はおかしな方向に曲がっている。首の関節を外せるビックリ人間でなければ間違いなく死んでいるだろう。参ったな、と頭を掻き、ヴェンはキールに向き直る。
「使者さんを殺したのはまずかったかね?」
「反乱を始めた時点で死罪でしょうし、風評というなら、誰一人この場から逃がすつもりはないのでしょう。問題ありませんよ」
平然とした態度で表情を変えずにキールは言う。ヴェンはそうかい、と獰猛に歯を見せ、弓を構えて矢を番える。本来短弓はおろか長弓でもまるで届かない距離。ヴェンの目算にして、五百メートルは下らない。狙撃銃の距離だ。
――流石に細かい狙いまでは怪しいけど、行ける。
何度か試射した程度で、まだこの弓の癖を掴めていない現状、ヴェンではこれほどの距離で正確に狙い撃つのは不可能だ。これはこれまで手製の雑な弓ばかり使っていた影響で、長距離射撃の経験が皆無だと言っていいためである。
とはいえ、そこは弓の性能が助けてくれる。これまで使っていたものとは比べ物にならない精度。狙った場所に矢が飛んで行く感覚はヴェンを喜ばせた。その精度をもってすれば、この距離でも、大まかな狙いで当てることは出来る。
「ならこいつは、宣戦布告だ」
ギチギチと金属が弓が軋む。呼吸で上下する身体のリズムを見極め、ヴェンは手を矢から手を離した。
轟、と宙を真一文字に切り裂いて、矢は飛翔する。
矢の着弾を待たず、ヴェンが二の矢を番えながら駆け出した。指示は任せたよ、と言い置いて。
――戦いが、始まる。
長きに渡る反乱軍の戦いの幕が、今上がったのだ。




