24.新武装
「久しぶり……って程でもないか」
「おお、お主か。武具は仕上がっておるぞ。こっちじゃ」
反乱軍の兵士達を連れた森越えは、拍子抜けするほどに上手く行った。それだけヴェンが森の魔獣達に恐れられていたということなのだろう。或いは、『人間』ではなく『ヴェン』というカテゴリーの生物の群れであると捉えていたのかもしれない。
総勢二百数人の『ヴェン』の群れ。そりゃ近付きたくないよな、とヴェンは笑う。森を抜けた後、兵達を最寄りの村の近くまで先導したヴェンは、先行して偵察して来るという名目でドワーフの集落を訪れていた。
敵陣に入って最高戦力が離れて良いのかという話だが、アルマ領の、というより、この辺境周辺の領の警戒網はザルもいいところだ。山に遮られて隣国からの侵略もなく、領主同士も安寧の中腐り切って、小競り合い一つ起こさない。
隣の領が攻め込んで来るなんて欠片も考えていないのだ。領主や、その代行である代官が常備兵力として私兵を抱えているのは、反乱の抑制、要は、内への備えだ。外敵に対する盾や矛ではなく、領民を躾ける鞭。それが私兵のあり方である。
二百人もの人間が領内に侵入しているにもかかわらず、気付いている者は接触した村人程度だろう。
そういったわけで、ヴェンは安心して兵達の元を離れることが出来たのだ。加えて、ヴェンの移動速度であれば領主が兵を差し向けたとしても余裕を持って合流出来る。
戦争前の、最後の準備。装備を整えに来たわけだ。
「こいつは……」
ヴェンは思わず息を呑み、言葉を失った。族長に案内されるがままに連れて来られた工房のど真ん中に、鎧立てに飾られた一領の鎧に視線を奪われたのだ。
「お主の鎧じゃよ」
「…………」
ヴェンは言葉を返せない。完全に生まれ変わったその鎧は、見ただけで素晴らしい出来だと理解出来たから。硬く形成された、硬革鎧に属するそれは、しかし所々金属で補強されている。
特に籠手や脚甲は革の部分よりも金属で出来た部分の方が多いくらいだ。打撃に耐え得るよう、手の甲側や脚甲の前面は特に頑強に金属で補強されている。
鬼熊の革を素材にしている時点である程度強度は保証されているが、この鎧はヴェンのお手製のものとは比較にならない防御力を秘めていることは間違いなかった。
「おお、岩砕きの大将。どうだい、この鎧の出来映えはよ!」
「素晴らしい、としか……ってその呼び方は?」
話し掛けて来たドワーフの男に、ヴェンは上の空で返した後、妙な呼び名に眉根を寄せる。たしかこの男も岩食みと戦った時に居たとは思うのだが、明確に覚えてはいなかったりする。
「おう、岩食みを真っ向から倒したってんで、皆岩砕きの大将って呼んでらぁ」
「勘弁。ヴェンで頼むよ」
父親も『魔弓の射手』と呼ばれていたらしいが、二つ名というのはどうにも背筋がむず痒くなる。『岩砕き』はまだマシではあるし、実力が伴っているのだから厨二病の類というわけでもないのだが、それでも。
「分かったよ。岩砕きのヴェンの大将」
「それは……いや、いい。やっぱり元ので頼む」
訂正しようと口を開きかけたヴェンだったが、徒労に終わりそうな空気を感じて諦める。溜息を吐くヴェンに、早速着けてみてくれよとドワーフの男は鎧を鎧立てから外した。
新生した鎧の構造の説明を受けつつ、ドワーフの男や族長の手を借りながら鎧を纏っていく。最後に籠手を着けて、軽く身体を動かしてみたヴェンは驚いたように呟く。
「軽いな。それに、何も着てないように動ける」
こりゃ凄い、と唸るヴェン。
「重量はかなり増しとるが、上手いこと全身に分散させとるからの」
「戦う時の動きは見てたからよ。動きを妨げないよう気を遣った作りになってらあ」
族長とドワーフの男の説明にヴェンはほぅ、と声を漏らした。鎧を着けているというのに全く動きが妨げれらず、重量も僅かに増した程度にしか感じない。その重量も、金属による補強を感じられるようで頼もしい程だ。
――こりゃ、あれが鎧未満だと言われても、無理はないな。
と、ヴェンは苦笑いを浮かべた。お手製の鎧とは比較にならない安心感がある。自分が一回り強くなったような感覚すら覚えてしまう。
感嘆しているヴェンの前に、お前から頼まれていたものだと族長から差し出されるものがある。畳まれたそれを勢いよく広げてみれば――
――外套だ。
ヴェンの瞳と同じ、血を思わせる深紅に染め上げられた膝下まである丈の長い外套をばさりと羽織る。瞳の色に映えて、凄まじい威圧感すら身に纏ったようだった。
「いいね。外連味たっぷり、派手で目立つ。注文通りだよ」
「言われた通りに作ったがの、何だってそんな注文をしたんじゃ?」
ヴェンが頼んだのは、戦場で誰より目立ち、出来れば威圧感を持てる色合いの外套を作ってくれ、というもの。材質は適当で構わないし、防御力なんて気にしなくて構わないとも付け加えた。
「格好いいから――じゃあ流石に通らないか」
ヴェンは軽く笑って、続ける。
「反乱軍は軍なんて大層に名乗っちゃいるが、実際のとこ、素人の寄せ集めだ」
まともに戦えるのは、俺ともう一人だけで、まともな戦力にはならないだろう。ヴェンはそう言った上で、だからさ、と前に置き、更に続けた。
「俺が誰より目立って、敵の視線を集めてやるんだ。ついでに、派手な格好の奴が大暴れしてたら、敵さんをビビらせられるかもしれないしな」
後、ハッタリが利いてるから、士気高揚にもなったらいいかな、と思ってる。そう結んだヴェンに、それなら頑丈に作った甲斐があったわい、と族長が笑う。
「こいつは鋼布という、蜘蛛の魔獣の糸で織られた布で作られておる。矢程度なら弾けるわいの」
「……ありがたいけど、申し訳なくなって来るな」
代金がわりに縄張り作りで狩った魔獣の素材を持って来てはいるのだが、ここまでして貰っては不足だろうとヴェンは思う。ドワーフ達に言わせれば恩を返しているだけなのだろうが、それでも。
「気にするこたあねえぜ、岩砕きの大将。嫁や子供も救ってくれたんだ。この程度じゃあ恩が返しきれねえよ」
言いながら、ヴェンの胴や腿、腰にベルト式の武装帯が取り付ける。複数の武器を使うヴェンが、どこにでも武器を引っ掛けられるようにするためのものだとドワーフの男は説明する。
ただし、鉄塊は金具が耐え切れないだろうから、担ぐなり投げ捨てるなりしてくれとも言う。
「強力は強力だけど、運用に難があるんだよな、あれ」
ヴェンはあれを武器として扱えはする。しかし、重さは気にならないが、サイズが持ち歩くには大き過ぎるのだ。移動の時何度も「邪魔だな」と思ってしまったりしてる。尤も、武器としては優秀で、戦闘になれば頼りになるのだが。
「あれはほとんど欠陥品じゃからのう」
「まったく、好き勝手言いやがって……」
「おっと、こいつは失礼」
布に包まれた何かを担いで現れたファティアに、ヴェンは軽く頭を下げた。鉄塊は彼女の作である。悪く言われるのは不愉快だろうから。尤も、ヴェン以外がまともに扱えないあたり欠陥品だというのもあながち間違ってはいないのだけれど。
「ふん、まあいいさ。コイツを見たら腰を抜かすぜ」
言って、ファティアは抱えているものに被せられた布を取り払う。姿を現したのは、太く、頑強なフレームで造られた一張の弓だ。
大きさは短弓のそれなのだが、そのまま武器にして殴りかかれそうなほど太く頑強なフレームのせいで一回りも二回りも大きく見える。明らかに金属的な輝きを持つ弓は張りもかなり強そうで、何処と無く威圧感を放っているような造りだった。
「……これは」
ヴェンが手に取ってみると、初めて持つとは思えない程手に馴染む。偶然か、ドワーフの技術か。どちらにせよ、何の違和感も無く扱えそうだった。
矢を番えず、張られた弦を引いてみる。金属だというのに不思議なしなやかさがある。それでいて、これまでの弓のようにあっさりとは引けない。確かな抵抗がそこにはあり、それがこの弓の力強さをヴェンに伝えた。
「お前の弓、折れてたろ。その……アタシを助けてくれた時にさ」
何となく照れたような、気まずいような調子でファティアが言う。弓が折られたところは見られていないはずなのだが、元々持っていたものが無くなっていることに気が付いたのか、岩食みと戦った場所に残骸が残っていたのか。
だから、それは壊れた弓の代わりだ。
そう笑うファティアに、あれの代わりとしては上等過ぎるよとヴェンは溜息を吐く。しかし、その後柔らかな笑みを浮かべ、口を開く。
「ありがとうな」
お陰で今回の戦いでは随分楽ができそうだよ、とヴェンは弓を頼もしそうに撫でた。
「へへっ、そうか。大事に――はしなくてもいいや。存分に使って、壊してくれ。壊れたら直せばいいからな」
「半人前のファティアにしてはいいこと言うじゃねえか。大将、こいつの言うとおりだ。武具なんてのは壊れて当然だ。そいつを直すのが俺たちの役目だからよう」
ファティアの言葉に、ドワーフの男が続く。半人前って何だよと噛み付くファティアに、ドワーフの男は威力ばかり考えて使い易さを切り捨てた武器ばかり作るお前の何処が一人前なんだ、と言葉を返す。
ヴェンにはファティアの作る武器は鉄塊にしろ、この弓にしろ、比較的相性がいい。威力を求めて武器を作るファティアと、優れた腕力を持つヴェンは実に噛み合うのだ。
とはいえ、この弓もヴェン以外が扱うのは難しい代物である。張りが異常に強く、常人ならばまず引けない上に、弦もかなり強度のある材質で作られているようで、下手をすれば指が飛ぶ。
ヴェンの人間離れした強度の身体であればそんな事故も怖くないが、一般的な視点で見れば危険な上に使えない欠陥品でしかない。ヴェンにとっては名弓なのだけれど。
「本当にありがとう。今度会うのは、アルマ領を落とした後になるな。多分、その時は前に言った反乱軍のリーダーを連れて来るよ」
ま、生きてればだけどね、とヴェンは冗談目化して笑う。九割九分問題ないとは言っても、戦場では何が起こるか分かったものではない。特にキールはヴェンほど頑丈ではないのだ。ヴェンも気を配るつもりではいるが、ラッキーヒットで命を落とす可能性は十分にあり得る。
「ふむ。案ずる必要もなかろうが、気を付けての」
「岩砕きの大将。戦いが終わったら、その鎧の使用感を教えてくれるかい。調整するからよ」
「怪我しないように気を付けろよな」
ドワーフ達からの声を受け、ヴェンは応、と気合の入った声を返す。戦いの準備は、整った。
――反乱軍の最初の一歩にして、後戻りのきかない、長きに渡る戦いが幕を上げようとしていた。




