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異世界戦記を猟師が行く!  作者: 矢田
辺境騒乱
23/52

22.縄張り

「絶・好・調」


 今なら岩食み(アース・イーター)を一人で圧倒出来るような気がするね、とヴェンは上機嫌に思いながらダースト領とアルマ領を隔てる森の前まで来ていた。一昨日にリーナ手製の夕食を、その翌日手製の朝食を食べたヴェンは色々と活力が満たされて実に調子が良い。


 丸一日以上経過しても機嫌と調子の良さは衰えず、いつになくやる気に満ち溢れたヴェンがそこには居た。


 さて、と呟くとヴェンは鉄塊を地面に突き立てた。アルマ領との戦いの時には活躍してくれるだろうが、如何せん重過ぎる。ヴェン自身は問題無くとも、足場が耐えてくれない。これで木登りでもしようものなら枝が折れて地面へ真っ逆さまになるだろう。


 というより、実際なった。ヴェンがなまじっか重さを気に掛けていないものだから、いつもと同じ感覚で飛び上がり、木の枝を掴んで身体を持ち上げようとした途端、木の枝が折れて自由落下する羽目になったのだ。


 鉄塊を振り回し、ヴェンはどうにか態勢を整えて足から落ちられたものの、森というフィールドで動くにはこの鉄塊は邪魔になる。そういう訳で、折角の新武装である鉄塊は森の入口で留守番をしていてもらうことにしたのだ。


 ちょっとしたアクシデントがあったものの、ヴェンは気にしない。いつもなら自虐的な軽口の一つも叩いているところだが、それもない。それ程にヴェンの機嫌は良かった。


 ――と、調子に乗ってばかりもいられない。


 浮かれ気味――もとい完全に浮かれていることを自覚して、ヴェンは気を引き締める。鬼熊(オーガ・グリズリー)クラスの魔獣は居ないだろうが、それは油断してもいい理由にはならない。ヴェンの勘に引っ掛からないだけで、強力な魔獣が潜んでいても不思議ではないのだから。


 ヴェンは少し森の中へと入ると、大きく息を吸い込んで、その空気総てを吐き出す勢いで叫んだ。


「ガアアアアアアア!」


 同時に、殺気も周囲にばら撒く。ヴェンの周囲数百メートルに居た小動物達が一斉に逃げ出す。枝で羽根を休めていた鳥が皆飛び上がり、空が一瞬陰る。害意を剥き出しにしたまま、ヴェンは周囲へ視線を巡らせる。


 ――さて、どんなもんか。


 これで逃げ出す生き物ばかりなら苦労はないんだけどね、とヴェンは呟く。これで逃げ出すということは、戦いを好まない生き物であるということだ。狩る必要もないのだが――


「――そりゃ、そう都合良くはいかないか」


 急速に距離を詰めて来る気配を感じ取って、ヴェンは首を鳴らす。ヴェンと同じように敵意を剥き出しにした、捕食者の特有の気配だ。


 気配の方向へと視線を向けると、馴染み深い姿がヴェンの瞳に映し出される。灰色の体毛に、獰猛な顔立ち。森狼(シル・ウォルフ)だ。体長は一メートル半といったところ。前世で狼を目にした事がないヴェンだが、地球のそれと違いがあるのかどうか、定かではない。


 一匹だけとは珍しいと思いつつ、ヴェンは弓に矢を番えると、引き絞り、大まかな狙いだけつけて手を放してやる。これが鬼熊(オーガ・グリズリー)鎧猪(アーマード・ボア)のような、特定の部位を狙わなければ効果が無いような相手であれば、ヴェンも極限まで集中して狙い撃つ。


 しかし、森狼(シル・ウォルフ)の耐久力は並だ。どこに当たっても矢は刺さるし、動きは鈍る。わざわざ狙い撃ってやる必要もないのだ。


 岩食み(アース・イーター)に折られたものより、なおのこと精度に信用が置けない予備の弓――これも当然ヴェンのお手製だ――に、大雑把な狙いで放たれた矢は、しかし素晴らしい軌跡を描きながら直進し、何の捻りも無く突っ込んで来た森狼(シル・ウォルフ)の口から首の後ろまでを貫いて見せた。


「おお、絶好調」


 いや、まあ偶然なんだけどさ、と肩を竦めるヴェン。言いつつ、さて、お次のお客さんは、と振り向くヴェンに突っ込んでくるのは三メートル近い体長を持つ、全身銀色の猪。鎧猪(アーマード・ボア)だ。


 長大な二本の牙を持ち、身体の前半分は金属的な光沢を持つ甲殻に覆われている。後ろ半分に甲殻はないが、銀色の外皮はそれだけでも十分な強度がある。村一つがこの鎧猪(アーマード・ボア)に滅ぼされることもある危険な魔獣だが、比較的対処しやすい魔獣でもある。ことによっては、森狼(シル・ウォルフ)よりも。


 鎧猪(アーマード・ボア)は攻守に優れた魔獣なのだが、非常に頭が悪いのだ。罠を張れば八割九割は掛る。未完成の落とし穴、穴を掘っただけのそれを完成させよう、とヴェンが日を跨いで向ってみれば、何故か穴に嵌っていた鎧猪(アーマード・ボア)を見た時には遣る瀬無い気分になった。


 そのため、普通の村でも、深い穴を掘ってその上に布でも張っておき、餌になるものを置いておくだけで罠にはまったりするのだ。落とし穴に嵌った後は窒息死させるなり、餓死させるなりすればいい。


 そう簡単には罠に掛かってくれない鬼熊(オーガ・グリズリー)や、基本的に群れで行動する上知能も低くない森狼(シル・ウォルフ)の方が村にとっては危険である。


 とはいえ、真っ向からやり合う分には間違い無く森狼(シル・ウォルフ)よりも強敵だ。弓を背に戻し、ヴェンは油断無く鎧猪(アーマード・ボア)に向き直る。銀の砲弾は真っ直ぐにヴェンを轢き殺さんと、或いは牙で貫かんと向かって来る。


 そういえば、突進を避けたら木に激突して気絶した鎧猪(アーマード・ボア)も居たな、とヴェンはふと思い出す。死なないあたり流石の生命力だが、文字通り猪突猛進が過ぎるというものだ。


 低く身構えたヴェンは、眼前まで迫った鎧猪(アーマード・ボア)の二本の牙をそれぞれ手で掴み、斜め右後ろに身を引きながら牙を捻じるような形で力を込める。ヴェンの剛力によって鎧猪(アーマード・ボア)の足が宙に浮いた。


 鎧猪(アーマード・ボア)を投げたのだ。


「ブモォッ!?」


 驚いたように、否、実際驚いているのだろう。単純な戦闘において、この森で鎧猪(ジブン)を上回る者など存在しなかったのだから。


 投げの途中でも更に深く鎧猪(アーマード・ボア)の首を捻じるヴェン。突進の勢い次第ではこのまま首の骨をへし折れるのだが、今回は勢いが足りなかった。それならそれで、とヴェンは地面に叩きつけられるという未体験の衝撃に動きを止めた鎧猪(アーマード・ボア)の首元に剣鉈を振り下ろす。


 鎧猪(アーマード・ボア)の甲殻や外皮はその名の通り頑強だ。しかし、関節部は稼働範囲の関係なのか、やや柔らかい。それでも並の帷子程度には硬いのだが、ヴェンなら力任せに斬り裂ける。


 ギチギチと嫌な音を上げながら、剣鉈は鎧猪(アーマード・ボア)の喉笛を食い破った。


「ピギイィィ!」


 暴れる鎧猪(アーマード・ボア)からヴェンは剣鉈を引き抜く。噴き出した血を躱しつつ、ふぅ、と息を吐いた。少しの間暴れていた鎧猪(アーマード・ボア)だったが、次第に力を失い、遂には痙攣するだけになる。


 鎧猪(アーマード・ボア)の正攻法は罠にかけることだが、今回は数をこなさなければならないのだ。有効であっても時間を食う戦法を取るのはあまりにも効率が悪い。


「さて、これを約一週間。間に合うと良いがね」


 ヴェンはこの一週間、殺気に反応して襲って来る魔獣を殺して、殺して、殺し続ける予定だった。駆逐しようという訳ではない。流石にそんなことは不可能だ。数を減らすことでも多少効果は出るだろうが、高が知れている。ヴェンがやりたいのは、ダースト領からアルマ領までの森に、一本道を通すようにヴェンの縄張りを敷くことだった。


 雄叫びを上げ、殺気を飛ばし、一定領域内に入って来た魔物を徹底的殺す。マーキングしながらそれを繰り返し、森の中に安全な道を作るつもりなのだ。


 ちなみに、出来るかどうかは五分五分だったりする。


 タテノ村周辺に広がる森の浅い部分では成功していて、ヴェンの臭いや気配を感じただけで魔獣達は逃げ出す程だ――鬼熊(オーガ・グリズリー)以外は。そのせいで狩るのに手間が掛かったりするのだが、村を襲う事はまず無いという安心感に優るものはない。


 例外の鬼熊(オーガ・グリズリー)も基本的に人を襲わない魔獣であるため、ヴェンは安心して村を離れられるわけだ。


 しかし今回の場合、範囲が広い。広過ぎる程だ。縄張りによる魔獣除けが上手く機能してくれるか、ヴェン自身心配ではある。しかし、無為無策で突っ切るよりはよっぽど良いだろうし、副産物として魔獣の素材が集まる。


 タテノ村周辺の森では魔獣がヴェンに寄ってくるなどということはまずあり得ない為、多くの魔獣を狩るというのは不可能に近いが、この辺りならまだヴェンもノーマークだ。今のように向こうから来てくれることだろう。


 鎧猪(アーマード・ボア)の甲殻や皮は防具の素材として有用だし、森狼(シル・ウォルフ)の皮は頑丈な衣服になる。反乱軍の兵の武具を整える役に立つだろう、とヴェンは思う。


 キールの交渉次第ではあるが、ドワーフに加工して貰えればかなり強力な武具になることだろう。何せ、素材からして頑強なのだから。また、肉も加工すれば保存食にもなる。兵を養う足しにもなるだろう。


 キールの指示だと言って手近な村の男衆には森の入口で待機して貰っている。鎧猪(アーマード・ボア)の皮を剥ぐ辺りはヴェンがやらなければならないだろうが、男衆にも森狼(シル・ウォルフ)の処理は出来るだろうし、それだけでも大分負担は減るというものだ。


 ――失敗しても成果は出るし、頑張って行こう。


 機嫌と調子が悪ければ、面倒な話だけど、とでも入るのだろうが、今のヴェンは絶好調。例え一週間休む間もないと予測出来たとしても、何ら躊躇うことはない。


 鼻歌交じりに森の奥に進みながら殺気をばら撒くヴェンだったが、リーナの料理(ドーピング)の効果が永続的に続く筈もなく。しばらくすると、一人つまらない軽口を叩きながら魔獣を狩って、自嘲と皮肉に交えて文句を飛ばすヴェンの姿があったという。


 

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