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異世界戦記を猟師が行く!  作者: 矢田
辺境騒乱
22/52

21.一時の休息

 ――半月と離れて無いってのに随分懐かしく感じるね。


 ヴェンはタテノ村に戻って来ると、相変わらず寂れた風景に何となく安心する。密度の高い時間を過ごしたせいか、随分長い時間戻っていなかったように感じて、ヴェンは頬を緩めた。


 とりあえず村長のとこに顔を出しておこうと歩き出す。あわよくばリーナに会えればとも考えてのことだ。


 ――まあ、この時間なら畑の方だろう。


 村長にしろ、リーナにしろ、この時期は畑の整備で忙しい筈だ。人間重機のヴェンが居れば一日で終わる耕作も、人の手でやるとなれば大分時間を食う。手伝って行こうかなと思いつつ歩いていると、「おお、帰って来てたのか」「元気にしてたか」と村の皆に声を掛けられ、ヴェンは軽く手を挙げて声を返す。


「ただいま。元気一杯さ」


 土産もあるから、後で皆で分けてくれ、と笑うヴェンの視界に、駆け寄って来る影が一つ。ヴェンはその姿を見て嬉しそうに頬を緩める。


「ヴェン!」


「ただいま。リーナ」


 農作業の途中だったのだろう。手は土で汚れていて、頬にも泥が跳ねているが、その魅力を一切損なうことはない。寧ろ、太陽の下で健康的な魅力を増してすらいた。


 汗で服が体に張り付いて、その素晴らしいスタイルを強調している。大きな曲線を描く胸に、折れそうなほど細い腰。引き締まり、スラリと伸びた手足。目の保養目の保養、とヴェンは網膜に焼き付ける勢いで凝視する。積み重なった疲労が一気に吹き飛んで行った。


「……視線がヤラシイ」


「おっと、こいつは失礼」


 胸元を腕で隠すようにするリーナに、悪い悪いと頭を掻くヴェン。まったくもう、と鼻を鳴らした幼馴染の姿に、ヴェンは安らかな息を吐き出す。疲れや負の感情が抜け出て行くようだった。


「仕方ないわね……でも、おかえり、ヴェン」


「……ああ。ただいま」


 花が咲くように笑ったリーナに釣られるように、ヴェンも笑う。帰って来る場所があるってのは有難い話だ、とリーナに続いて歩み寄って来る村長を視界に捉えつつ、ヴェンは思うのだった。



 ■ □ ■ □



「やれやれ、ヴェン坊が無事でホッとしたわい」


「俺はそう簡単に死にやしないよ」


 村長の家で装備を解いて椅子に腰掛けたヴェンは、村長の言葉にケタケタと笑いながら返す。実際のところ、魔術が思っていたよりも強力であることや、他の天賦(ギフテット)の存在など懸念される要素はあるし、大体、つい最近岩食み(アース・イーター)とやり合って軽くはない怪我をしたのだ。ヴェンは無敵の男ではない。


 人よりも遥かに強くはあっても、所詮人間だ。死ぬ時は、死ぬだろう。そう考えているヴェンだったが、村長やリーナを無駄に心配させることも無いだろうと余裕に満ち溢れた、慢心のようにすら取れる態度をとったのだ。


「……私は何も心配してなかったわよ」


「それはそれで寂しいな……」


 信頼されていると考えればいいのだろうが、少しは気にかけていてくれた方が嬉しいような、しかし心労を掛けないだけいいような、喜んでいいやら悲しんでいいやら、とヴェンは内心溜息を吐いたのだが――


「よく言うわい。ヴェン坊のことを考えて仕事が手に付かなかっただろう」


「おじいちゃんっ!」


 からかうような村長の言葉に、顔を赤らめるリーナ。その様子に、どうやら村長のフォローというわけではなく、言葉通りに心配していてくれたらしいとヴェンは思わず微笑んだ。


「な、何笑ってるのよ……」


「いや、嬉しくてさ」


 言いつつ、ヴェンは笑みを深める。同時に情けなくもあったのだが、嬉しさの方が優った。視線を逸らして恥ずかしそうにもごもごと口ごもっていたリーナだったが、開き直ったように勢い良く顔を上げると、雪崩のように言葉を吐き出す。


「あー、もうっ。心配するに決まってるじゃない。当たり前でしょう! 大体、ヴェンはいつも無茶するし、自分のことは考えないし、怪我してばっかりだし、だらしないし――」


「――オーケー、勘弁してくれ」


 後半自分への文句になりだしたので、降参だよとヴェンは両手を上げた。若干涙ぐんでいるのを見るに、どうやら相当心配させてしまっていたらしいぞ、とヴェンは自嘲気味に心の内で溜息を吐く。


 幼い頃から付き合いがあるだけに、情けない部分も多く見られて来ているし、今と違ってヴェンは本当に怪我ばかりしていた。特に父が徴兵された後は、それを補う為に無理を重ねたせいで生傷が絶えなかった程だ。今でこそ敵ではない鎧猪(アーマード・ボア)も、幼い頃のヴェンには強敵だった。


 血塗れで、ボロ屑のような状態で逃げるしかないことも多かった。そんな状態で村長の家に辿り着いて、安心した途端に意識を失うことも少なくなかった。これでは、リーナに怪我ばかりしてる、無茶ばかりするという印象を与えるのも当然だなとヴェンは自分に呆れる。


 父が徴兵された後の時期、ヴェンは精神状態も荒れに荒れていた。父が居ない今、村を支えられるのは自分だけであるという重圧(プレッシャー)がのしかかり、常に追い詰められたような状態だったから。


 目の下には常に隈があり、鋭い目をなお鋭く飢えたように血走らせたヴェンの姿はとてもではないが人様に見せられたものではなかった。今の飄々としたヴェンしか知らないキールが、当時のヴェンを目にすれば驚いた上で印象がまた変わることだろう。


 ともあれ、ヴェンの実力はある程度理解してくれているのだろうが、如何せん昔の醜態を知られ過ぎているため、リーナの心配を取り除くというのは非常に難しいことだった。


「無茶はしない……とは約束出来ないけど、死にやしないさ。死にそうになったら尻尾巻いて逃げ出すよ。約束する」


 俺ってば逃げ足は速いんだ。知ってるだろ、とヴェンは笑いかける。ヴェンは今までも幾度となく格上の相手から逃げ切って来たのだ。鬼熊(オーガ・グリズリー)を始め、鎧猪(アーマード・ボア)森狼(シル・ウォルフ)の群れからも逃げを打ち、生き延びた。


「無理をしないで欲しいって言ったら?」


「それこそ無理だって返すのは卑怯かな」


「……卑怯だよ」


 だろうな、とヴェンは悲しげに微笑む。リーナを悲しませることが分かっていても、無理や無茶を止めることは不可能だと知っているから。


 ヴェンの身体は、常人(ヒト)のそれより頑丈だ。常人であれば致命の傷であっても動けるし、戦える。外から見て無理な状態であっても、ヴェンにとっては問題ないことも少なくない。しかし、それを理解して貰うのは難しいだろう。肩から腰まで切り裂かれた状態で、「大丈夫だ」とのたまえる人間を理解して貰おうというのは不可能に近いのだから。


「俺は死なない。約束する。お前の幼馴染は無敵の男だ」


「もう……無敵なんかじゃなくても良いから、ちゃんと帰って来なさいよね」


 生きて帰って来たら寝たきりだって私が世話してあげるんだから、と言うリーナに、ありがたいけど、縁起でもないことをとヴェンが苦笑いする。


「ふぉっふぉ、若いというのはいいもんじゃのう」


 そうからかう村長に、顔を赤くしながら目元を釣り上げるリーナ。やっぱりこの村に居る時間は幸せだなと思い、ヴェンは穏やかな表情で柔らかな笑みを浮かべる。


 それから、少し落ち着いて、リーナの淹れてくれた茶――もとい薬草湯を飲みながら、ヴェンは村を出た後の行動の中から面白おかしく話せるものを選んで語り聞かせていた


 代官がらみはどうしても血生臭くなってしまう為、完全に端折ってドワーフという種族に出会ったことや、魔術という不思議な技術を見たことなどを脚色しつつ声に乗せる。


 岩食み(アース・イーター)との戦闘は完全に話を盛って、ドワーフ達と協力して圧勝したことにしておく。リーナや村長を無駄に心配させないため、と言い訳しつつ、少しばかり見栄を張ってもバチは当たらないだろうとヴェンは思う。


 実際のところはボロボロになった上での辛勝だったわけだが、それをリーナに知られようものなら怒られるか、泣かれるか。どちらにせよよろしくないだろうとヴェンは自分を正当化しておく。母親から点数の悪いテストを隠す子供のようで情けなさが込み上げてくるが、仕方がないさと肩を竦める。


「それで、ヴェン坊。此方には暫く居られるのかの?」


「いや、予備の鎧と弓を取ったらとんぼ返りさ」


 話に一区切り付いた所で村長がそう尋ねて来る。ヴェンとしては暫くタテノ村に残りたいのだが、反乱軍の状態を考えるとそれも許されない。キールは休んで構わないと言っていたが、そんなことをしようものなら、森越えの時にどれほど被害が出るか分かったものではない。


「えっ、そうなの!?」


「ああ……すまないな」


 驚いた様子のリーナに、久しぶりに顔を見ておきたいと思って立ち寄ったけれど、長期間留まる余裕はないのだとヴェンは言う。


「そっか……」


「ま、近い内に暇も出来る。そうしたら一週間位はのんびりするつもりだよ」


 俺、この戦いが終わったらタテノ村に帰ってゆっくり過ごすんだ、とでも言おうかとヴェンは思ったが、流石に止めておいた。死亡フラグなんて信じているわけではないけれど、それでも戦場に出る以上験を担いでおいた方が良いだろうから。


 今死ぬほど忙しいヴェンだが、反乱軍の体裁が整った後はキールの方が地獄を見ることになるだろう。国側の動きや、反乱軍内部での村や領の違いで生まれてくる軋轢の折衝。反乱軍における規律なども考えなければならないだろうから。


 識字率がお察しである以上、報告も書類でというわけにもいかないだろうし、キールが過労死しないことを祈るばかりだ。ヴェンは自分が頭脳労働では無能である自覚があるため、何をするつもりもない。前世の記憶や知識がある以上、普通の村人より頭が回りはするが、ヴェン自身にやる気が無く、「出来る奴に丸投げしておけばいい」という思考があるためである。


 尤も、自分がが苦労してる分キールも苦労させてやろうという意地の悪い感情が無いのかと言われれば、ヴェンには否定出来ないのだが。


「とんぼ返りとは言ったけど、一晩はこっちで過ごすから……良かったら夕飯を恵んでくれると嬉しいな」


 材料はあれでさ、とヴェンは扉の外を指す。そこには、頭を潰された鎧猪(アーマード・ボア)が転がっていた。ヴェンが村人にお土産と言ったのがこれで、タテノ村への道すがら見かけて、棍棒の試運転も兼ねて狩ったのである。


 頭を一発で潰し、血抜きの手間も省けるとばかりに引きずって来たのだ。血の跡が暫く一直線に繋がっているのはホラー映画さながらの光景だった。幸運なことに、それを目にした者は居なかったが。


「ふふっ、良いわよ。とっておきのを作ってあげる」


 嬉しそうに笑顔を咲かせるリーナに、ヴェンは一度戻って来て正解だったな、と頬を緩めるのだった。



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