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異世界戦記を猟師が行く!  作者: 矢田
辺境騒乱
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19.帰還

「……それじゃ、よろしく頼む」


「慌ただしいのう。せめて傷が癒えるまで留まったらどうじゃ?」


 目が覚めた翌日、ヴェンはドワーフの集落を後にするところだった。格好はサイズの合っていない布の服を紐で縛って着ているだけで、鎧は身に付けていない。それもその筈。ヴェンの鎧は現在ドワーフ達の手によって改修作業中なのだから。


 代わりの鎧、というのも背が低く、肩幅は背に対してかなり広いドワーフに合わせて作られた鎧ではヴェンの体型に合わず、大急ぎで手直しをしようとしてくれたドワーフ達だったが、ヴェンがそれは悪いと断ったのだ。


 現在反乱軍が拠点にしているオウノ村からドワーフの集落までは、ヴェンなら二日とかからず移動出来る距離だ。完成した時に取りに来ればいいという軽い考えだった。


「それに、これも借りてるしな」


 言って、ヴェンは背負った武器の柄に手を掛ける。それは、総金属造りの棍棒だ。一メートル程の六角形の金属塊に、その半分の長さの柄が付いた無骨な武器。壊れ辛く、剣にある程度近い感覚で扱える武器はあるかヴェンが尋ねたところ、この武器を手渡されたのだ。


 ちなみに、ファティア作である。


 作ったはいいが使い勝手が悪く、かといって溶かしてしまうには出来が良い。そんな理由で倉庫の奥で埃を被っていた武器を引っ張り出してくれたのだ。


 これがあれば岩食み(アース・イーター)をもっと楽に倒せただろうに、とヴェンは思う。絶好調の時にこの武器が手にあったなら、真正面からあの魔獣を殴り殺せただろうから。もっとも、そうなれば武器も駄目になる可能性は高いが。


「無茶はすんなよな。そいは折れた腕で振り回せる武器じゃねえんだから」


「そうでもないさ」


 痛みを堪えりゃ幾らでも振り回せるさね、と言うヴェンに、それが無茶じゃねえかとファティアは肩をいからせる。ヴェンは笑って誤魔化し、族長に向き直った。


「さて、そろそろ行くよ。ま、多分すぐまた来ると思うけどね」


「うむ。次に来る時には驚く程のものを仕上げておいてやるわい」


「……本当、気ぃつけろよな」


 族長に比べてファティアがヴェンのことを気に掛けているのは、岩食み(アース・イーター)との戦闘を目にしていないからだ。族長からすれば、怪我をしているとはいえ、ヴェンがそう簡単に死ぬわけがないと思えるのだ。


 他のドワーフ達は見送りには来ていない。鎧を仕上げる作業に掛かり切りになっているかららしく、そもそもヴェンが今日出て行くことも知らせていないらしい。知らせれば、それまでに鎧を仕上げようとして雑な部分が出るかもしれないから、とのこと。


 ちなみに、この集落から外に続く正規の道は教えてもらっている。ヴェンが落ちて来た場所は、ドワーフ達が落ちた場所の周りに魔術で岩壁を作ってただの縦穴に見せているらしい。そう簡単に人間にバレることもないだろう。


 ――じゃ、また。


 軽い調子で言って、ヴェンは足を蹴り出す。あっという間に遠ざかり、地下道の陰で見えなくなった背中を見て、ファティアは本当に何者(なにもん)だよ、アイツと呟いたとか、呟かなかったとか。



 ■ □ ■ □



「なんだ、キールの奴居ないのか」


「むしろ、お前は何故ここに居るんだ?」


 ドワーフの集落を出て、二日後。ヴェンはあっさりとオウノ村まで戻って来ていた。キールを探すも見当たらず、代わりにガイを見つけたので話を聞いていたのだ。


「お前はアルマ領へ偵察に出たとキールから聞いていたのだが……


「それを終わらせてきたところだよ。ところで、キールは何で居ないんだ?」


 あれで反乱軍の大将だろうにと首を傾げるヴェンに、ガイはお前も知っている筈だろうに、と溜息を吐く。


ルガール(この)領にある村を反乱軍に引き込みに行っている。もう半分以上の村を味方に引き入れたらしい」


「そういやそうだったな……って、おいおい」


 岩食み(アース・イーター)の一件で頭から吹き飛んでたなとヴェンは思い、そこでふと、自分がオウノ村を出てから大体十日くらいしか経っていないことに気が付き、驚きの声を上げた。


「半分以上って、随分上手いことやってるな」


 キールはヴェンのように規格外の移動速度を有しているわけではないのだから、移動時間等を考えれば、かなりスムーズに説得を進めているらしい。アイツ前世は詐欺師か何かかよと思いつつ、ヴェンはところで、と口を開く。


「ありゃ、何やってるんだ?」


 ヴェンの視線の先には鎧に槍、盾を持った完全武装の兵士と、布の服一枚、分厚く布を巻いた木剣を持った男が向かい合っている。武装している方は緊張した面持ちで、木剣一本の方は必死の形相だ。


「訓練だ。実戦に勝る訓練はないだろう?」


「訓練、ね」


 武装している方が槍を突き出す。その動きはたどたどしく、躊躇いも見られる。まるきり素人のそれだ。木剣の男はそれを半身になって躱しつつ、木剣で槍を横に弾き、叫びながら距離を詰める。動きに粗はあるが、戦いに慣れた人間の動き。


 武装した方は混乱したのだろう。めちゃくちゃな動きで盾を振り回し、それが偶然木剣の男の肩に当たり、男は痛みでバランスを崩した。その隙を突いた――というわけでもないのだろうが、闇雲に振り回した槍の穂先が、木剣の男の肩から胸までを深く切り裂いた。


 その事実に武装した男は驚いた様子で二、三歩後ずさると、武器を取り落としてしまう。木剣の男はこのまま放っておいても命を落とすだろうが――


「殺せっ。とどめを刺すまで安心するな!」


 ――ガイがそれを許さない。


 その声に、武装した男は恐る恐る槍を拾い上げると、震えながら、倒れて痙攣している男の喉に槍を突き刺す。水っぽい音と共に血の泡を吹き出し、木剣の男は絶命した。同時に、武装している男も顔色を真っ青に褪せさせ、胃の中のものを地面へとぶちまけた。


「木剣の方は代官の私兵か」


「ああ。食事を最小限に抑えて弱らせ、武器は布を巻いた木剣のみ。勝てれば解放してやると言ってあるから、戦意は十分。敵役としては最高だ」


 必死で向かってくる相手を経験させられるからなとガイは言う。かなり残酷なことをやっているが、それでもこのくらいの荒療治をしなければ、ただの村人を短期間で兵にするというのは難しいのだろう。


「命を奪う経験をしているのとしていないのとでは大分差が出るだろうしな」


 そう続けるガイに、ヴェンはそんなもんかねと肩を竦める。ヴェンは元々人を殺すことに抵抗が無かったクチだ。殺人の童貞を卒業したのは野盗だった。獣と変わらない連中を狩るのに何ら躊躇いは無かったし、罪悪感も感じなかった。


 十二、三の頃だっただろう。その頃には前世、日本で身に付けた倫理観など吹き飛んでいた。猟師として命を奪い、糧とするということを実感していたからだろう。生きるために殺すことを悪いとは思わないのだ。


 基本的に善悪ではなく自分の感情を優先してヴェンは動いている。気に食わなければ力で押し通す。そこに、善悪の感情は特にない。酷く我儘な生き方をしているのだが、物欲が薄いせいかそのような印象を抱かれることは少ない。


 ともあれ、命を奪う経験一つで何かが変わるという実感がヴェンには無かった。まあ、従軍経験のあるガイが言うならばそうなのだろう、と思う程度には。


「……それで、まともに戦えるようになるまでどれ位掛かりそうなんだ?」


「戦場で逃げ出さないようにするのに半月。兵士の真似事が出来るようになるのに一月ってとこだろうよ」


 ガイの答えに、ヴェンは長いのか、短いのか分からないなとぼやくように思う。この世界は火・土・水・風の季節があり、月は火土・土水・水風・風火をそれに加えた計八ヶ月。一月四十日で、一年が三百二十日、というのをヴェンはつい最近知った。


 季節だけ知っておけば困ることはない生活をしていたのだから、当然ではあるのだが。そうなると、一応兵士としての体裁が整うまでに計六十日掛かることになる。


 その間まともに戦力になるのはヴェンと、ガイの二人だけということになる。ガイが兵の訓練を担当しているため、実質ヴェン一人。こんな体たらくでアルマ領を攻略しようとしているのだから、笑えない。


 尤も、キールがアルマ領攻略を急ぐ理由もヴェンには分かる。今は水風の月。風の月の半ば辺りになると作物を植え始めなければならないのだ。兵として集めても、この時期になれば農作業が滞らない程度には人を村に戻さなければならない。


 基本的にこの反乱軍は止まったら死ぬサメのようなものだ。短期間の内に勝ちを重ねなければ王国に潰されて終わる。簡単に潰されない規模にまで反乱軍を大きくしなければならないのだ。出来る限り、早く。


 常道で行けばここは戦力が整うまで行動を起こすのは待つべきなのだろうが、そもそも反乱を起こした時点で狂気の沙汰だ。道理を幾つも踏み潰して進む覚悟が必要になる。


 キールとしては幸運なことに、反乱軍にはヴェンという奇跡を力任せに起こせる切り札(ジョーカー)がある。尤も、ヴェンが切り札(ジョーカー)と呼ぶに足る力を持っているか、ヴェン自身疑問ではあるのだが。


 J(ジャック)位の強さはあるのかもしれないが、上には見上げる先があるように思うのだ。例えば、鬼熊(オーガ・グリズリー)は単純な身体能力(スペック)だけで言えばヴェンを上回っているし、魔術という要素を含めた時、どこまで戦えるのかは、怪しい。


 ドワーフ達の魔術を見て、自分と打ち合える相手があれで援護されたとしたら、果たして勝てるのだろうかとヴェンは考えてしまう。


 ――まあ、勝つしかないけどさ。


 現在の反乱軍でヴェンが敗北することは即ち反乱軍全体の敗北であると言っても過言ではないのだから。とっととこの責任をキールにも押し付けてやりたいもんだ、とヴェンは溜息のように思い、兵達の訓練を見つめるのだった。



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