099 レーデル登山~なんか落ち着くぜ~
場所:レーデル山
語り:シンソニー・バーフォールド
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キジーが新しく見つけたという遺跡は、ローグとよばれる高くて険しい山のうえにあるらしかった。
ローグ山は、十四の山々からなるレベラス山脈のうちのひとつだよ。
そしてその山脈は、僕たちがいるベルガノン王国と、オトラー帝国を仕切るように、その境に聳え立っているんだ。
最寄りの街まで転送ゲートで行っても、そこから歩いてひと山超えないと、たどり着けない場所だよ。
ローグ山に入る前に、まずはその手前のレーデル山を越えないといけない。
僕、シンソニー・バーフォールドは、いまは小鳥の姿で、人間になったオルフェの頭の上にいる。
野営の準備とかで荷物が結構多いけど、オルフェとシェインさんが担いでくれてるから、僕は楽してるよ。
と言っても、別に好きでこうしているわけじゃないんだ。
シェインさんたちがきて、人数が増えた分、全員の解放レベルをあげたままにしておくと、ミラナの魔力の消耗が激しいからね。
それで、いちばん小さくて荷物にならない僕が、小鳥にされちゃったってわけだよ。
いまはキジーがいるから強い魔物にも出遭わないし、シェインさんとオルフェが強いから、回復係も必要ない。
そういうと、なんだかちょっと、悲しいかな。
「シンソニー、おまえが頭に乗ってると、なんか落ち着くぜ」
「ピピ! 僕もここ落ち着くよ」
僕が不貞腐れてると思ってるのか、オルフェはときどき声をかけてくれるよ。
僕たちって本当に仲がいいよね。魔物になってもきみがいるから、僕は毎日楽しいんだ。
そんなオルフェは最近、夜以外は人間の姿になっていることが多いよ。
よくわからないけど多分、犬だとミラナがついつい触りたくなるからかもね。
ミラナ、すっごい我慢してるの、見てるとわかるから、ちょっと面白いよ。
オルフェの頭の上からミラナを見下ろすと、なんだか羨ましそうな顔されるんだよね。
ミラナは昔から、なにか隠してるとき、すごい無表情になるんだけど、最近は本音が顔に出やすくなったみたいだ。
どうしてあんなに耐えてるのかは、僕にはよくわかんないけどね。
「落ち着くけど、そろそろオルフェの頭のうえは暑くなってきたかも」
「ならキジーに乗るのがいいんじゃねー? 護衛付きの馬車みたいに安全だぜ」
「確かに」
ミラナにジトっと見られた僕は、パタパタと飛んで、隣を歩くキジーの肩に移った。
「キエェーーー」
「出たな! タァァ!」
――バチバチ!――
その直後、木々の合間から半竜が飛び出してきて、シェインさんの電撃を帯びた槍の突き攻撃『サンダートラスト』でひと突きにされた。
三メートル近くある半竜が、一瞬のうちに地面に落とされ、ビリビリと痺れながら白目をむいて息絶えている。
「ひぇー。シェインさんの槍、強力すぎるぜ」
「反応早すぎて、火炎球吐く暇もないね」
「こりゃ、なにが来ても一撃だな……」
シェインさんの背中を見ながら、コソコソと話す僕とオルフェ。
シェインさんは最近解放レベルをひとつあげて、ライオンの獣人みたいな姿になってるよ。
体がかなり大きくなって、ガッチリした白金の鎧姿なんだけど、顔が完全にライオンなんだ。
やっぱり槍を持っていて、貫通力も雷の威力も、素早さも大幅にあがったみたいだよ。
はっきりいうと、オルフェの出番がないくらい強いよね。
「獣人も素敵ですわ。おにぃさま」
そう言ってぽっと頬を赤めているベランカさんは、いまは大人の姿だよ。
幼児からどうなるのかと思ったら、普通に大人のベランカさんになった。魔力もさらにあがったみたいだ。
魔物化は本当に個人差が大きいよね。ベランカさんはペンギン以外ずっと人型だから、オルフェはちょっと羨ましそうだったよ。
いまは状況的には子供の姿でも十分なんだけど、この姿に慣らすために、大きくしてるみたいだ。
「また、半竜だっ!」
「キェーーー!」
――バチバチバチ!――
行手に魔物がいるのを察知すると、キジーは黙ってオルフェの後ろに隠れる。
彼女はオルフェを、便利な盾かなにかだと思っているみたいだ。
獣人になったシェインさんがあまりに強いから、もう半竜くらいでは遠回りする気もなければ、警告する気もないみたいだよ。
それで、オルフェはいま、珍しく防御モードなんだ。
だけどオルフェは、防御っていっても魔法の盾を出すわけじゃない。
代わりに燃える剣を器用に振り回す曲芸みたいな『ファイアースワール』で、火炎球でも矢でも弾丸でも、なんでも斬り落としてしまうよ。
「はっはー! かかってこい雑魚ども! 俺の防御モードを見せてやるぜ!」
「すごいよオルフェ。全然隙がないね」
ちょっとうるさいけど派手でかっこいい技だ。僕にはとてもできない動きだから、手があったら思わず拍手しちゃいそうだよね。
防御主体の剣技しか出せないところはやっぱり防御モードだけど、魔物が近くにいれば攻撃を当てることもできる。
シェインさんの打ち漏らした小さい魔物を挑発しておびき寄せては、攻撃を防ぎつつ見事に斬り落としてるよ。
ミラナの支援の効果で集中力もあがってるみたいだ。
攻撃モードのときは苦手だったダークヘッジホッグも、どんどん倒していってるよ。
「どうだっ! ミラナは俺が守るぜ!」
「うん、ありがとうー」
「三頭犬、それ、さっきから何回言うの?」
――いつも前衛やってくれてるから、防御モードは不満なのかと思ってたけど、オルフェ、なんだか楽しそうだな。
ミラナの「ありがとう」が、また棒読みになってる。
照れ隠しみたいだけど、ミラナも本当にいつも面白いよ。僕全然やることないけど、この二人見てると退屈しないよね。
△
僕たちは順調に山を登って、昼を回ったころ、レーデル山の中腹に到着した。
「レーディン沼さね」
キジーがため息混じりに眺めたそこは、大きな沼になっていた。
溜まった水は真っ赤で、プツプツと気泡が立ち、白い水蒸気がもくもくとあがっている。
「不気味……血の池みたいだね」
「赤いのは、土に含まれる成分のせいさ。沸騰してるのは火山口だからだよ」
顔を引きつらせたミラナに、キジーが説明している。
実はレベラス山脈には火山活動が活発な場所がたくさんあるんだ。
「沼に危険な魔物はいないけど、なんせ熱湯だからね。西から回り込むつもりだったんだけど……」
「なにか問題あるの?」
「どうも、危険そうな魔物がいるよ。あれはA級……いや、S級かも」
「わぁ、出会いたくないね」
沸き立つ血の池のような沼を前に、キジーが腕組みをして考え込んでいる。ミラナも黒猫のライルを肩に乗せたまま、「ふーむ」と首を傾げた。




