098 休憩~おしゃれなカフェで~
場所:サンクルドラ
語り:オルフェル・セルティンガー
*************
俺たちがクーラー兄妹と暮らしはじめてから、すでに一ヶ月がたとうとしていた。
いまは久しぶりに帰ってきたキジーとともに、新しく彼女が発見した、封印された遺跡を目指しているところだ。
と言っても、今回キジーは現地で仲間の魔物を確認したわけではないらしい。
高い高い山の上に、封印された遺跡の存在を感知したものの、一人で行くのは危険じゃないかという話になり、みなで行ってみることになったのだ。
だから、エニーや先輩たちが、そこにいるのかはわからない。
しかし、念のため、新しいビーストケージも手に入れ、俺たちの準備は万端だった。
キジーが戻るのを待つ間、B級冒険者向けの依頼をどんどんこなし、魔獣愛護活動にも積極的に参加した。
シェインさんたちが強いこともあり、資金集めは順調だ。
それに、キジーがどこかの遺跡で手に入れてきた、アジール製の魔道具や魔導書も、メージョーさんが高値で買い取ってくれた。
ミラナは、これ以上甘えられないからと、何度も断っていたけれど、キジーはその金を半ば無理やりミラナに渡した。
「じゃー、あそこで、みんなでお茶していこうか! ちょっとくらい寄り道しても、遺跡は逃げていかないよ」
「えっ。でも、あんなおしゃれなお店、絶対高いよ? 人数も多いし……」
「大丈夫! アタシがおごってあげるよ」
遺跡があるという山の、最寄りの街サンクルドラで、キジーがおしゃれなカフェを指さして立ち止まった。
転送ゲートを出たばかりのところにある、高そうな店が建ち並んだ、大通りの一角にある店だ。
店の外に屋根のついたカフェテラスがあり、テーブルと椅子が並んでいる。
「ダメだよキジー、私、こんな高そうなお店で贅沢なんてできないよ」
「大丈夫大丈夫! ミラナもたまには息抜きしないと。これから何日も山のなかで野営するんだからさ!」
「私、野営は全然平気だよ」
「いいからいいから!」
「でも、キジー……」
「ミラナ、ほらみて? あの可愛いケーキ! ハート型だよ? アタシ、ミラナと一緒にあれを食べたいな。二人の友情の証に、ね!」
「えー……?」
かなり年下のキジーに、甘えてばかりいられないと思っている様子のミラナ。
しかし、キジーは断りにくい誘いかたをしながら、店のなかにぐいぐいミラナを押しこんでいく。
ミラナに「ダメ」と言われると、俺なら引っ込んでしまうんだけど、ポケット様は強引だ。
俺たちはキジーについて、みなでおしゃれなテラスに入った。
俺たち魔獣が捕獲されてから、店で食事を摂るのははじめてだ。
「まぁ、ステキなお店ですわね、シェインおにぃさま」
「あぁ。可愛いベランカにはこういうお店がよく似合うね」
そんなことを言いながら、幸せそうに見詰めあっているシェインさんたちを見て、ミラナも諦めたように席に着く。
ベランカさんが子供の姿のため、二人は仲のいい親子にしか見えなかった。
人目が気にならないせいか、シェインさんも楽しそうだ。
「テラスで食べるなんて、カタ学のとき以来だよ。うれしいな」
「みんな、ケーキでも紅茶でもなんでも好きなの頼んでいいよ」
「キジーったら、ほんとに気前がいいんだから」
シンソニーは、俺やシェインさんの話を聞いて、カタ学での学生生活のこともすっかり思い出したようだった。
きっといまは、エニーと一緒に行った、オルンデニアのケーキ屋のことでも思い出しているのだろう。
嬉しそうな、それでいてちょっと切なそうな顔をしている。
あまり口には出さないけれど、きっと今回の遺跡探索にも、すごく期待しているんだと思う。
「俺はコーヒー。ブラックで」
「三頭犬、いい加減その、大人ぶるのやめたら? 似合ってないよ」
「口を閉じたまえ、キジー君。俺は二十一歳なんだ。いいお兄さんだよ。コーヒーをブラックで飲むのは当り前さ。ところでキジー君、きみは何歳だね?」
「十六だけど?」
「なるほど。まだまだお子様だね。ならばお兄さんを少しは敬いなさい」
「もう、三頭犬にはおごってやんない」
「ごめんなさい、キジーさん! 俺、トマトジュースと卵サンド!」
俺はあれからも、少しも大人になれないまま、ミラナとの距離も詰められずにいた。
――あー、ミラナ。おしゃれなカフェテラスがよく似合うな。昼間の太陽の下で見ると、その髪ピンクに見えるんだよな。
――いつ見ても本当にきれいだ。
キジーが頼んでくれた卵サンドを食べながら、俺はまたミラナに見惚れていた。
意志の強さを感じさせる知的で涼しげな目元は、昔より少し柔らかくなり、可愛さが増しているように感じる。
これが大人の色気というやつなのだろうか。
上品なティーカップで紅茶なんて飲んでいると、それはますます引き立ってみえた。
だけど最近の彼女は、俺の視線に気づくと、ふいっと視線を逸らせてしまうのだった。
いまも案の定、少し慌てた顔で不自然に横を向いてしまった。
いったいどうすれば、彼女の恋人になれるのか。俺の思考はまとまらず、もうずっと止まったままだ。
「あーうまかった。キジー、ご馳走様。世界が滅びそうになったときは、必ずおまえを助けるぜ」
「オルフェはよくそれ言うよね」
「あ! ライルだ」
「へ?」
俺が卵サンドを食べ終えたころ、キジーが突然、聞き覚えのある名前を口にした。
思わず周りを見回す俺。ミラナやシンソニーも、同じようにキョロキョロしている。
「ニャー」
「なんだ、猫か」
「なーに? ベルさんのお遣いで来たの?」
キジーがそんなことを言いながら、足元にすり寄ってきた猫を抱き上げ、頭を撫でている。
首に紫の石が付いた首輪をした、真っ黒で小さい猫だ。
「知ってる猫なのか? この街の猫……?」
「ライルはベルさんの飼い猫でね、神出鬼没なのさ。気配を消すのがうまいんだけどねー、アタシからは隠れられない」
キジーがそう言うと、黒猫はキジーの腕をすり抜けて、ミラナの膝の上に乗った。
「ライル君、久しぶりだね。うふふ、可愛い~」
ミラナがそう言いながら、黒猫をムギュッと抱きしめている。
――えっ!? そこ俺の場所なんだけど?
少なくないショックを受ける俺に、黒猫が不敵な笑みを浮かべた気がした。
――くっそー! なんだこの猫っ! 俺たちが両想いなの知らねーな!?
子猫相手に対抗心を燃やすなんて、俺だって本当にバカらしい。だけど、最近の俺は、子犬になっても撫でてすらもらえていないのだ。
しばし黒猫とにらみあう俺。
「そろそろ行こっか。ライルもおいで」
「えぇ……? そいつ連れてくの?」
「なぁに三頭犬、やきもち?」
「うるせ……」
ミラナはライルを抱いたままカフェを出て、俺たちは遺跡があるという山を目指した。




