097 レーニス2~ひとつ提案があります~
場所:シャーレンの祭壇
語り:ミラナ・レニーウェイン
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ドーソンの気迫にすこし後退りしながら、レーニス司祭は両手をあげていった。
「お怒りは理解できます……。ですが私としては、どうしてもオルフェル君に、ミラナさんの生存を知らせてあげたい……。なので私から、ひとつ提案があります。もう少しだけ、話を聞いていただけませんか?」
私とドーソンが黙って頷くと、レーニス司祭は話しはじめた。
彼が言うには、オルフェルたちは、オトラー義勇軍という軍隊を作り、闇属性の魔導師たちをかくまっているらしい。
勢力を伸ばしながら自治権を主張するアリストロと、イニシス王政復活を目指す聖騎士たち。彼らは敵対関係でありながら、どちらも闇属性には非常に冷たい態度をとっていた。
いまこのイニシスに、闇属性の私たちが安全に暮らせる場所は、オトラーしかないだろう。
もし、私たちがそこに逃げ込むことができるなら、私にとって、そんなにうれしいことはない。
だけど、いまいるこの場所からは、オトラーのある西の地域に行くのはかなり難しいようだ。
いったん北に戻って、アリストロ軍が内紛を起こしている戦闘の激しい地域を抜けていくか、聖騎士軍が陣取っている南の地域を突っ切っていくしかない。
「そんな危険を冒すよりも、あなた方にはこのまま東の端を南下し、スビレーの森を抜けて、水の国に亡命していただきたいのです。そうすればもう、聖騎士軍に追われることはないでしょう。いかがですか? あなた方が水の国に入ってからなら、オルフェル君にあなた方の生存を知らせても問題ないと思うのですが」
「えぇ……?」
「僕たちに国を出ろと……? 結局あなたも、ただの国王派じゃないですか!」
レーニス司祭にくってかかるドーソン。オトラーの話を聞いて、少し期待してしまったあとだけに、「亡命しろ」と言われたのは私もかなりがっかりだった。
だけどレーニス司祭は、顔色を変えずに話しつづけた。
「そうですね……。でもこの時勢です。あなた方をオトラーに連れていく方法は思いつきませんが、国を出るのであればお手伝いできます」
「手伝いとは……?」
「その、腕の魔封じの刻印を消して差しあげます。そうすれば、街で物資を補給できるのでしょう?」
「そんなことが、できるのですか?」
私たちはしばらく考えて、レーニス司祭にしたがうことにした。
ここから北に戻るにしても、南に下るにしても、物資の補給は必須だ。
たとえ魔力が復活しても、無暗に魔法を使わなければ居場所がばれることもないだろう。
私たちが頷くと、レーニス司祭は私とドーソンに、魔法陣の刻まれた腕を並べさせ、手をかざした。
「光の大精霊シャーレンよ。敬虔な信徒である私に、その力を与えたまえ。リスィージョン!」
御神体を手に呪文を唱えるレーニス司祭。
彼の手から眩い金の光が溢れ出し、腕に刻まれた魔法陣がゆっくりと薄くなっていく。
時間はかかるけど、それはなんだか少し心地いい感覚だった。
「私は子供のころから、シャーレン教団の聖職者になるよう言われて育ってきました。親に将来を決められたと思うと不満でしてね。カタ学に入学した当時は、ちょっとした反抗期だったんです」
レーニス司祭は、魔法陣を消しながら、私たちの緊張を解くためか、そんな話をしはじめた。
「その節は、あなたにもたいへんなご迷惑をおかけしました」
「いえ、そのことなら、前にも謝ってもらったので……」
レーニス司祭が言っているのは、あの学年委員になったばかりのころに起きた、書類炎上事件のことだった。
罰は意外と優しかったけれど、はじめての学年委員の仕事で張りきっていた私にとって、あれは最悪の出来事だった。
あのあと私は先生に叱られた不良たちから謝罪を受けたけど、私の彼らへの評価は低いまま、少しも変わることはなかった。
だけどオルフェルは、いつのまにかすっかり仲良くなっていただけでなく、いまだに手紙のやりとりまでしているという。
――こういうところも、オルフェルはやっぱり異星人だよね。私には、全然理解できないもんね。
私がそんなことを考えていると、レーニス司祭は私の心情を察したかのように話した。
「オルフェル君は、嫌いなヤツが学校にいるとお互い楽しくないから、仲よくしようぜ、と言ってくれました」
「なるほど……。なんか、言いそうですね」
「えぇ。それで私に、仲良くなるためだと言っていろいろと質問してきたんですよ。将来の夢なんかも聞かれましたね」
「夢……。なんて答えたんですか?」
「もちろん、聖職者になる予定だから、夢なんかないと伝えました。『聖職者にあわねー』って大爆笑されましてね。死ぬほど腹が立って、それでまた殴りあいの喧嘩に……。『お前も騎士とか似合わんわ! ボケ!』って、ねぇ?」
両手を私たちにかざしたまま、そのときの様子を思い出したように、顔をしかめるレーニス司祭。
「『そんなつもりならそれらしくしろよ』なんてことも言われましたね。また腹が立って、『お前もな』って言ってやりましたけど」
「……なんだかオルフェルがすみません」
私が思わず謝ると、「いいんですよ」といいながら、今度はおかしそうにクックと肩を揺らした。
「彼は面白い人ですが、私もおかしいですよね。聖職者になるのは不満だったはずなのに、似合わないと言われて腹が立つなんて。結局、私は聖職者になりたかったようです。彼には釈明と気付きと、反省の機会を与えてもらいました」
「レーニス司祭。祭服、とてもお似合いですよ」
「ありがとうございます。実はオルフェル君には、オトラーで私の妹を匿ってもらっているのです。私の妹は、闇属性なんですよ」
レーニス司祭はそう言うと、少し切なげな笑顔を浮かべた。
彼もいまはオトラーに行けず、なかなか妹にも会えないようだ。こんな森の奥で一人きりでは、賑やかなオルフェルが懐かしくなることだろう。
「封印、消えましたよ。みなさまの無事をお祈りいたしております」
レーニス司祭にそう言われて腕を見ると、私たちの刻印は、綺麗に消えてなくなっていた。体の奥から、封印されていた魔力が湧き立ってくるのを感じる。
だけど、あんなに輝いていたシャーレン様の御神体が、すっかり光を失っていた。
「あの、私たちを手助けするのに、御神体の力を使ったりして、よかったんですか……?」
「えぇ。もちろんです。これはシャーレン様が、人々を救うようにと残してくださったものですから」
「シャーレン様のご慈悲に感謝いたします」
「ありがとうございました」
私たちは、レーニス司祭にお礼を言って、「みなを連れて国を出る」と約束して別れた。
△
検問を抜けられるようになった私たちは、街で物資を補給し、家族の待つコロニーに戻った。
「おかえり、ミラナおねぇちゃん! みてみて! クンガの実がこんなに採れたよ!」
ライル君がカゴをもって駆け寄ってくる。小さい子供が持つには大きいカゴで、彼がますます小さく見えた。
山盛りに入っているのは、私の好きな木の実だ。棘だらけの殻がついているけれど、甘くてとても美味しい。
「わぁ、すごい! だけどライル君、手が傷だらけだよ」
「えへへ。おねぇちゃんが好きだと思って頑張ったんだ!」
「ありがとう、ライル君! うれしいよ!」
私を信頼し、慕ってくれるライル君。彼のあどけない笑顔を見ると、本当に家に帰ったみたいにホッとする。
私は彼を抱きしめて頭を撫で、それから彼の指に薬を塗った。
「国を出るのは寂しいけど、逃亡生活が終わると思うとホッとするよ」
「水の国は私たちを受け入れてくれるかしらね……」
私とドーソンの話に、家族たちは不安がったり、寂しがったり喜んだりと、反応は人それぞれだった。
だけどドーソンがみなの前に立って話すと、話は揉め事もなくまとまっていく。
△
そしていよいよ、みなの出立の準備が整い、国外に出るため動きだした、そんなときだった。
「ミラナちゃん! ライル君がっ!」
家族のざわめく声に振り返ると、みなが空を見あげていた。
私も同じように空を見あげると、金色に光り輝く美しい女性の姿をした光の精霊が、ライル君を抱えて飛んでいるのが見えた。
「ライル君! ライル君を返してください!」
「ミラナおねぇちゃん、ごめんね! 僕シャーレンと一緒にいかなきゃ」
慌てて叫んだ私に、ライル君が空から手を振って言う。その顔は、精霊の光に包まれよく見えないけれど、声からは恐れを感じなかった。
――あれが大精霊シャーレン……? ライル君、知り合いなの?
そう思いながらよく見ると、確かにシャーレン教の聖堂などにある、シャーレンの石像によく似ている気がする。
背中に大きな翼を生やし、キラキラと輝くその姿はあまりに神々しかった。
彼女から放たれる強大な光の魔力は、私たちの知る小さな守護精霊たちの魔力とは桁違いのようだ。
シャーレンに怒りを感じていた家族たちも、みな言葉を失い静まりかえっている。
そんななか、光の精霊はゆっくりと口を開いた。
「哀れな闇の子供たちよ。ライルは闇に愛され、闇を知り、闇の守護者となるでしょう。あなたたちにとって、それは悪いことではないはずです」
「ま、待ってください! ライル君になにをするつもりですか!? ライル君! お願い、私を置いていかないで……!」
「ごめんね、おねぇちゃん。みんな、また会おうね!」
「いやだよ、ライル!」
泣き崩れた私を置いて、精霊はライルを連れ空の彼方に消えてしまった。




