095 パーシテアルアー~闇深い魔法~
場所:冒険者ギルド
語り:オルフェル・セルティンガー
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依頼主の第一防衛隊に報告を終え、俺たちは冒険者ギルドに向かった。
「もう、捕まえる予定だったのに、倒しちゃうんだから」
「すんません」
ミラナは文句を言いながらも、なぜだか少し機嫌がいい気がする。
さっきあまりにホッとして、またミラナに頭を擦り付けてしまったけど、それについてもお咎めなしだ。
だけど俺としては、もっとかっこよくミラナを守って、もう少しオトナな雰囲気を出したかった。
あれではどう見ても、飼い主にじゃれつく犬だ。
「だけど、あの幻覚は俺にはきついぜ」
ため息交じりに呟く俺に、シンソニーが苦笑いしながら言う。
「あれ、オルフェにはミラナに見えてたんだね。僕にはニーニーに見えてたけど」
「えっ? そうなの? え? どういうこと?」
キョトンとしていると、「実は……」と、ミラナが説明をはじめた。
ミラナが放った幻覚魔法パーシテアルアーは、標的となったものにはいちばん憎い相手の姿に見える。
そのため、魔物の敵対心がそっちへ向くようだ。
そして、標的以外には、なぜかいちばん愛しい相手に見えるのだという。
――ホントになんてもの発動してるの? ミラナさん!?
――俺あんな、ミラナミラナ叫んで……。好き好き叫んでたのと同じじゃねーか!
俺の心を抉りつつ試すミラナの闇深い魔法に、俺の開いた口が塞がらない。
「私に見えた?」と、嬉しそうに聞いてきたミラナの顔が、俺の脳裏に蘇る。
「くそー! なんか俺、めちゃくちゃ恥ずかしい」
「オルフェ、いまさら照れるんだ?」
「ぐふ……」
「だけど、助けてくれて嬉しかったよ? オルトロスもかっこよかったし」
「もう、勘弁して……」
顔が熱くなるのを感じて、俺はギルドの壁に手をつき項垂れた。
シンソニーが俺の肩に手を乗せ、「元気出してよ」と、励ましてくれる。
そう言うシンソニーも、エニーの傷つく姿を見たのだから、きっと穏やかではなかっただろう。
あれで冷静でいられたのならすごい。
だけどミラナ的には、デドゥンザペインより、より安全な魔法を選んで使ってくれたつもりのようだった。
最近の魔導書を読んで、デドゥンザペインが、危険度の高い魔法に指定されていることに気付いたらしい。
なんにしても、闇属性魔法なのだから、多少闇深いのはご愛嬌ということか。
「魔獣愛護用のビーストケージを返してくるね」
「俺もいく」
「そう……?」
受付カウンターで、ギルド報酬を受け取ったミラナは、冒険者ギルドの二階にある、魔獣愛護協会に向かった。
なんとなくミラナから離れたくなくて、俺は彼女についていく。
生活費やビーストケージ代を稼ぐためとはいえ、常に戦いに身を投じていれば、彼女が傷ついたり、最悪死んでしまうこともあるかもしれない。
あの幻覚は、俺の不安を掻き立てるのに十分だった。
いまはできるだけ、ミラナのそばを離れたくない。
△
「よく来てくれたね! ミラナ君! ワンコ君!」
「こんばんわ! 騎士団長さん」
「こんばんわ!」
魔獣愛護協会と書かれた札の下がった一室には、あの色っぽい騎士団長が座っていた。
その隣には、背中に大剣を担いだ黒い髪の男が立っている。堂々とした立ち姿で、どこか少し仏頂面の男だ。
「紹介しよう。彼は私の部下でね、可愛い弟子でもある。いうなれば私の心臓のようなもので……」
「先生……。右腕ぐらいにしておいてください」
「そうだ、それだ! 私の右腕だ。こう見えてこの国を何度も救った英雄でな。前の戦争のときには……」
「先生、僕の話はいいんで、早く要件を済ませてもらえませんか? 身重の妻が帰りを待ってるので」
「そうだったなっ」
右腕の人に急かされて、騎士団長がすっくと立ちあがった。
「ミラナ君たちも、保護対象の魔物を捕まえてきてくれたんだね?」
「はい! 全部は捕まえられませんでしたが」
「いやいや。たとえ数匹でもうれしいよ」
「こんな凶暴な魔物なんか保護して、どうするんですか?」
ミラナが貸し出されていたビーストケージを騎士団長に渡して、俺はずっと疑問に思っていたことを尋ねた。
「見ていくかい?」
部屋の隅に用意された大きな檻のなかに、騎士団長がビーストケージを設置する。
「リリース!」
騎士団長の詠唱で、ケージからラギットタートルたちが溢れ出してきた。
俺が付けた切り傷だらけの、弱りきった状態だ。
「エリミネイト」
すかさず右腕の人が呪文を唱えると、彼の手のひらから眩い光が放出された。
ラギットタートルたちは、しばらくもがき苦しんだ末に、スーッと普通の亀にもどっていく。
傷ひとつない健康そうな亀だ。
エリミネイトは闇のモヤに当てられた魔物から不浄を取り除くと同時に傷も修復し、もとの姿に戻してしまうらしい。
圧倒的に高度な魔法を目の当たりにし、あんぐりと口を開ける俺たち。
これはきっと、聖騎士とよばれたあの、エンベルト・マクヴィックにも勝るとも劣らない力だろう。
「これは、シドリガメっていってね。絶滅が危惧されている生きもののひとつだよ。わぁ! みてみろ、ワンコ君。すごく可愛いぞ」
「す、すごいですね!」
騎士団長さんが檻のなかから亀を取り出し、嬉しそうに撫でまわしている。
あんなに凶暴だったとは思えないような、おとなしい亀だ。
「最近、魔物化が原因で、いろんな生きものが危機に瀕しているからね。少しでもこうして、生態系を守れればと思っているよ」
「なるほど、そんな活動だったんですね」
「先生、僕はこれで失礼します」
「あぁ。ご苦労だったな」
右腕の人は、どうやら魔物の浄化のために騎士団長に呼び出されていたようだ。
だけど、ずいぶん急いでいるようで、檻に入っていた魔物を次々に浄化すると、そそくさと部屋を出ていってしまった。
もう夜も遅いし、身重の奥さんがいたのでは、早く帰りたくもなるだろう。
――あんな魔法で、俺たちも人間に戻れるならいいけどな。
――たぶん、それは無理そうだ。
右腕の人の背中を見送りながら、俺はそんなことを考えていた。
俺たちが闇にあてられて魔物化したわけではないことに、最近の俺は気付いていたのだ。
闇に当てられた魔物は、どんな属性の魔物だとしても、その力は闇傾向になっている。火や水の魔法を使ったとしても純粋ではないのだ。
たとえば水なら酸性化したり、毒になっていたり、火なら地獄の炎のように、呪いを帯びていたりする。
そして程度の差はあっても、体から嫌な匂いがするのだった。
だけど、俺たちにはそれがない。
光で浄化すれば治るというわけではないのだ。
「私たちも失礼します」
「あぁ、ご苦労だったね。また協力してくれると助かるよ」
「わかりました!」
俺たちは、騎士団長から依頼報酬とは別に、ほぼ同額の謝礼を受け取った。
倒せば甲羅を売ることができるのだから、その分の補填とか、手間賃とかいろいろだそうだ。
B級依頼自体もなかなか報酬がいいし、これならどんどん資金が貯まりそうだ。
空になったビーストケージを受け取って、嬉しそうなミラナと一緒に、俺はギルドをあとにした。




