093 ラギットタートル1~俺の後衛作戦~
場所:コルアーニャ川
語り:オルフェル・セルティンガー
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第一防衛隊の副隊長からラギットタートルの詳細な説明を受けた俺、オルフェル・セルティンガーは、ミラナたちとともに、コルアーニャ川の東を目指した。
依頼書には王都の北門より西側と書かれていたけれど、すでに数日がたちラギットタートルたちは東側に移動している。
やはり仕事をはじめる前の、依頼主との打ちあわせは欠かせない。
ときには依頼書が貼り出されていた数日の間に、すでに別の冒険者に討伐されていたり、魔物の形態が変化して、B級冒険者の手に負えなくなっている、なんてこともある。
「っっひゃぁー! すごいですわね、おにぃさま! 私、空を飛んだのははじめてですわ!」
「そうだね、ベランカ。楽しいね」
はじめてシンソニーの背中に乗って、空を飛んだ兄妹が、楽しげにいちゃついている。
ベランカさんは見た目だけじゃなく、心も幼児化したのか以前ほど無口ではなくなっていた。
きゃっきゃと楽しげに話す彼女を見詰めるシェインさんの眼差しは、まるで娘を可愛がる父親のようだ。
そんな二人を見ながら空を飛んでいると、俺は子供のころの、グレインとの記憶を思い出した。
七歳か八歳のころ、グレインと一緒に悪さをした俺は、シンソニーのじぃちゃんに、体が浮く魔法をかけられた。
反省するまで浮いていろと言われ、腰に命綱を巻かれて、何時間も空に浮かんでいた。
最初は面白がっていた俺たちだったけど、あまりに寒くて退屈で、最後には「おろしてください」と、二人で泣いて謝ったのだった。
シンソニーの守護精霊のゼヒエスが罰を受ける俺たちの周りを、俺たちを小馬鹿にしながら飛び回っていたのを覚えている。
もともとゼヒエスは、このじぃちゃんの守護精霊だったのだ。
昔はあちこちにいた、懐かしい精霊の姿を思い出す。この国に来てから、俺はまだ一度も精霊に会っていなかった。
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コルアーニャ川はかなり大きい川だ。王都からその北の地域へ渡る巨大な橋もかかっている。
所々に浅瀬が広がっていて、周辺は草はらになっていた。
ラギットタートルは、闇に当てられ凶暴化した亀の魔物だ。
川のなかにいるときは、川底の泥のなかに潜んでいて、鎧のようにかたい甲羅で身を守っている。
そして、近くを人が通ると、川から飛び出して襲いかかるのだ。
王都に出入りする人々から被害の報告があとをたたないけれど、防衛隊は手が回らないらしい。
指定された辺りの上空を飛んでみると、二十匹程の大きな甲羅が泥に沈んでいるのがなんとなくわかる。
しっかり隠れているやつもいるだろうから、本当はもっといるのかもしれない。
魔物の様子を確認すると、シンソニーは少し離れた場所に降り立った。
こいつらに、上からの攻撃はあまり効かない。
――まぁ、シェインさんにかかれば、亀なんてどうってこともないぜ!
実をいうと、俺はシェインさんに前衛をまかせるため、わざわざ臭い冒険者ギルドに入り、この依頼をミラナに提案したのだった。
水際の生物は、火には強いが雷に弱い。俺は苦手な相手だけど、せっかく強いシェインさんがいるのだ。
必ずしも俺が、前に出る必要はない。彼なら、あの最強の槍攻撃で、甲羅だろうが鱗だろうが、かまわず貫いてくれるはずだ。
――そして俺は、ミラナを守る騎士になるっ。
ラギットタートルたちは陸にあがると、手に斧や剣を持って二足歩行で戦う。
そうなると腹のほうは隙だらけで、そこまでかたくもないはずだ。
いくらみずみずしくても、囲まれなければなんとかなるだろう。
俺はミラナの近くで、シェインさんの撃ち漏らしたラギットタートルから、かっこよく彼女を守るのだ。
いちばん近くでミラナを守るこの立ち位置は、いつもシンソニーに任されている。
だけど、たまには俺も防御モードで、「ミラナは俺が守る!」とか、「ミラナには指一本触れさせねー!」とか言ってみたい。
なんせ、ミラナは俺よりちょっと♡オトナ♡なのだ。
俺もここは、頼れるオトナなところを見せておかなくてはいけないだろう。
見た目も二十一歳になってしまったことだし、そろそろ俺は、中身をそれにあわせる必要があるのだった。
――うん。シンソニーにはワシで戦ってもらおう。
――って、戦い方は、俺が決められるわけじゃねーんだけど。
そんなことを考えていると、後ろからミラナの笛の音が響いた。
「オルフェルは攻撃ね!」
――ピーピーピー!――
――ありゃ!? いつもどおりか。やっぱ、思ったようにはいかねーな。
――でも、防御モードにしてほしいなんて言ったら、俺の思惑がばれちまうしな。
ミラナをそばで守りたかった俺だったけど、残念ながら今日も彼女の命令は前衛だった。
シンソニーとベランカさんが防御モードでミラナのそばに立っているため、俺が彼女を守る必要はなさそうだ。
――まぁ、がんばってかっこよく倒せばいいか! 俺の勇姿をみてろよ、ミラナ! 恋人にしてって言わせてやるぜ!
かけられた調教魔法の効果で、俺の闘志が湧き立ってくる。
ミラナを守る騎士になる作戦は、あえなく失敗に終わった。
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――攻撃モードにされたけど、やっぱり苦手な相手だからな……。ちょっと数を減らしておかねーと。
そう思った俺は、湧き立つ闘志を抑えながらミラナに話しかけた。
攻撃モードの効果は強烈だ。自分で少しは抑制しないと、俺には不利だとわかっていても、魔物だらけの川に飛び込みそうになる。
「ミラナ、撒き餌くんねー?」
「え……? 朝からすっごい卵食べてたのに、まだお腹空いてるの?」
「いや、俺が食うわけじゃねーよ!?」
ミラナに怪訝な顔をされてしまい、思わず転けそうになる俺。
そんなに俺は物欲しそうな顔をしていたのだろうか。
「あ、エサ、撒いてみたかったの?」
今度はなんでもやりたがる子供をあやす目をするミラナ。
まったく俺は、何歳だと思われているのだろうか。
「いいからくれ」
「でも、みんな集めるには数が足りないよ?」
「少しでいい。ミラナはあぶねーから離れてて」
きょとんとしているミラナから撒き餌を何粒か受け取ると、堪らなくいい香りが俺の鼻をくすぐった。
――やべー。うまそーだ……。気を抜くと本当に食っちまいそうだな。だけど撒き餌はわりと貴重だからな。我慢我慢。
「オルフェル、食べちゃダメだよ? それ、毒入りだからね」
じっと撒き餌を見ていると、ミラナに念を押されてしまった。
――毒入り!? こんないい匂いなのに? こえーっ!
思わず声に出しそうになるのを飲み込む俺。
一人で川辺に近寄り、肉団子状のエサをポイポイと川に投げ込むと、泥に沈んでいたラギットタートルたちが、一斉に立ちあがった。
立派な甲羅を背負っていて横幅は大きいけど、背丈は俺より低いくらいだ。
「「プギャーー!」」「「プシャー!」」
――二十五匹……いや、三十匹か? うお、まだまだ出てくる!
ヤツらは撒き餌を取りあいして、仲間同士で武器を取り、斬りあい殴りあいの大喧嘩をはじめた。
――わー。思った以上の仲間割れだな。
「プギュー!」「プハァー!」
しばらく眺めていると、半分近くが負傷して上向きに川に浮いてしまった。立ってるヤツらも傷だらけだ。なんと攻撃的で、浅ましい魔物たちなのだろうか。
――あぁはなりたくないもんだ。
「プギャー!」
壮絶な喧嘩の末、エサを勝ち取ったヤツらが勝利の雄叫びとともにそれを口に入れた。
毒に侵されたラギットタートルの、緑だった身体がみるみる赤黒くなっていく。
悶え苦しみながら倒れた仲間を唖然として眺めたあと、ラギットタートルたちは、ギロっとこっちを向いた。
「「プギャー!」」
大きな口を全開にして威嚇してくる魔物たち。
――ラギットタートルもこえーけど、ミラナのエサもこえー! つまみ食いしなくてよかったぜ!
思った以上に減らせたものの、また数が増えたのか、三十匹くらいにはなっている。
普段なら怖気付くところだけど、俺はいま、攻撃モードだ。
――くらえ! オトナのフレイムスラッシュ!
俺が戦いはじめると、シェインさんも参戦してきた。電撃をまとった華麗な槍攻撃だ。
「やるな、オルフェル! ずいぶん減らせたね」
「いやっほーい♪」
俺はかたい甲羅を避け、腹や手足などの柔らかそうな部分を狙って戦う。
――ぐはぁっ。効かねー!
――しかもくっせー! 眩暈がするぜ。
覚悟はしていたけれど、思った以上に炎攻撃の効果が薄い。
魔物の体が濡れているだけじゃなく、水の魔力を持っているらしく、俺の炎を水が飲み込むように消火している。
トリガーブレードが当たった場所から、バシャっと水飛沫があがるのだ。
それもかなり腐敗した水で、ひどい悪臭がしている。
少し調子に乗っていた俺は、あっという間にラギットタートルたちに囲まれてしまった。




