092 やる気?~制御不能な彼~
少し改稿しました(2024/11/6)
場所:ベルガノン王国
語り:ミラナ・レニーウェイン
*************
「ミラナ、ほんとにもう、大丈夫なの?」
冒険者ギルドへ行こうとする私、ミラナ・レニーウェインに、オルフェルは不安げな顔で、また同じ質問を繰り返した。
発熱で寝込んでしまった私を、彼はずっと看病してくれていたのだ。
中途半端な解放魔法で、鳥人間になってしまったシンソニーはヒールを発動できず、回復に少し、時間がかかってしまった。
だけど、たとえ魔法で症状が治ったとしても、蓄積した疲れというものは、結局のところしっかり寝ないと治らない。
症状があったのは、ある意味よかったのだろう。そうでなければ私は、また焦って出かけていたところだ。
「本当に大丈夫だよ!」
「まぁ、それならいいけど。これからは倒れる前に、もっと俺を頼ってくれよな」
「うん、ありがとう。お世話かけてごめんね」
私が寝込んでいる間、彼は私の代わりに、シェインさんたちの世話もしっかりしてくれていた。
――こんなに頼りになるなんて、正直思ってなかったよね。
いつも私のすることを、じっと見ているからだろうか。
私がなにも言わなくても、彼は何をするべきか、きっちりわかっているようだった。
わからないときも、調べたり本人や周りに聞いたりして、解決しながら進めてくれたようだ。
おかげで本当に、ゆっくり休むことができた。
目覚めたばかりのときは、たくさんの記憶を失って、まるで少年の頃に戻っているかのように見えたオルフェル。
彼はシェインさんと再会したことで、昔のことをいくらか思い出したようだ。
こうして記憶を取り戻すことで、私の知る二十一歳のオルフェルに、だんだんと近づいていくのかもしれない。
冒険者ギルドに到着すると、オルフェルが意外なことを言ってきた。
「ミラナ、今日からは俺も、依頼の掲示板見にいくぜ」
「え? どうしたの?」
「いつも任せきりだったけどさ、やっぱり俺も、これからはミラナと一緒に考えたいから」
「そう……でも、匂いは平気?」
「本気でダメだと思ったら外出るけど」
「……わかった。じゃぁ、いこっか」
私は少し驚きながら、ほかの三人を外に待たせて、オルフェルと二人でギルドに入った。
ベランカさんの見た目が子供のため、連れて入るとまた場違いすぎて目立ってしまう。
依頼書の貼られた掲示板を、オルフェルは真剣な顔で眺めた。
一枚一枚確認しながら、どの依頼がいいか吟味している。
――あらら。オルフェルがなんだか真剣だわ……。やっぱりだいぶん、雰囲気が変わってきてる……。
その姿を見た私は、まだカタ学にいたころの、懐かしいオルフェルの姿を思い出していた。
試験が終わると、カタ学の壁に貼り出される成績上位者のリストを、得意げに眺めていた彼の姿だ。
『ミラナがカタ学にいったら、俺王都でパンケーキ屋になるから、毎日食べに来てくれよな!』
――えー? どうしよう! 毎日だなんて、運動しなきゃ、太っちゃうな♪
呑気にそんなことを考えていたら、オルフェルは突然、カタ学の入学試験会場に現れた。
――えぇ!? パンケーキは!? オルフェルのウソつき!
自分の受験勉強が必死すぎて、彼が真面目に勉強していることに全然気付いていなかった私。
そして、入学してからのオルフェルは、いつもなにかに夢中だった。
教室では友達に取り囲まれ、放課後は部活でキャーキャー言われて、私はいつも蚊帳の外だ。
気が付くと美人の先輩に勉強をみてもらったりしているし、はっきり言って気が気じゃなかった。
それなのに、やっと私のところに来てくれたと思ったら、ほかの女子にもらった手紙なんてみせられる始末だ。
お尻に火がついてしまった彼は、まったく私の思いどおりにならない。
――私がオルフェルを飼うなんて、あらためて考えても難しいよね。
そんなことを考えてしまう私。だけどそうも言っていられない。私には飼い主として、彼を管理する義務があるのだ。
私が少し戸惑っていると、オルフェルが一枚の依頼書を指さした。
「これにしねー? ラギッドタートルの討伐依頼」
「いいけど、どうしてそれにしたの?」
「シェインさんはかたい魔物が得意だろ。だけど、まだいまの姿に慣れてないだろうから、あんまり強すぎる魔物も困るかなって。それに、俺は犬になっても四人も運べねーから、近場がいいよな。双頭鳥は長時間ダメだし」
「そうだね」
「一応B級依頼だし、数は多いからほかより報酬もいいぜ! それにほら、魔獣愛護活動だっけ? これ、対象の魔物だって書いてある。てことは、捕まえれば、普通より報酬高いんじゃねーの?」
「そうそう! よく覚えてたね!」
「当然だぜ! 人数増えたぶんの生活費稼いで、ビーストケージも買わねーとだし、しっかり稼がねーとな!」
「うんうん。頑張ろう」
できるだけ平静を装って、ニコッと笑顔を作った私。
――あぁ。オルフェルが、積極的だわ……。いつものやらされてる感はどこに……?
――オルフェルがやる気を出しはじめたら、私の手に負えなくなりそう……。
――思わぬことにならなきゃいいけど……。
オルフェルは私の笑顔に応えるように、こっちを向いて優しく微笑んだ。
だけど、なにかに気付いたように、私の顔をじっとみて言う。
「なんか浮かねー顔してる?」
「え? そんなことないよ?」
「……行くか」
「……うん」
珍しく前を歩くオルフェルにつづいて、私は受付カウンターに向かった。
△
依頼を受けた私たちは、リヴィーバリーを北へ歩き、依頼書で指定された場所へ向かった。
冒険者ランクがB級にあがると、王都内に依頼人がいることも珍しくはない。
地方の村人からの依頼より、王都の防衛隊のお手伝いのような仕事が増えるからだ。
今回の依頼者は、王都の北側を守っている第一防衛隊だった。
第一防衛隊の隊長は、炎属性魔法を操る騎士で、部下として八人の兵士を従えている。
だけど、ここ数年の魔物の増加で人手が足りず、いつも冒険者に討伐依頼を出しているようだった。
「引き受けてくれて助かるよ。最近は飛んでくる魔物の撃退で手いっぱいでね。地面を歩く魔物は、ほとんど冒険者たちに依頼しているんだ」
王都の北にある城壁のなかで、私たちを出迎えてくれたのは、第一防衛隊の副隊長さんだった。
副隊長とはいっても、国家魔術機関から派遣された一時要員だという。
彼は空を飛ぶ魔物に強い、風属性の魔導師だ。
「僕もあちこちから呼び出しを受けて忙しくてね。いつもここにいられるわけじゃない。普段は一般兵たちが、魔導砲を使って魔物を撃退しているんだ」
この隊に限らず、この国は全体的に魔導師不足のようだ。一般兵とよばれる八人の兵士たちは魔法が使えない。
魔導師だらけだった三百年前のイニシスとは、大きく事情が違うようだ。
その代わり、城壁に備え付けられた魔導砲を操作し、魔物を撃退しているらしい。
魔導砲なら、事前に魔力を充填しておくことで、魔導師がいないときでも安全に戦うことができる。
大きめの竜が飛んできても、数発で撃ち落とせてしまうのだという。
難点は大きくて重いため、持ち歩くことができない点だろうか。
「まぁ。こんな大砲で、竜を退治できるんですの? 魔導砲って、素晴らしいですわね」
「本当だね、ベランカ」
竜に弟を食べられてしまった二人が、魔導砲を見てぎゅっと身を寄せあった。
イコロにこんな強力な武器があれば、あるいはグレインは死なずに済んだのかもしれない。
そう思ってしまうほどに、魔導砲は立派で強そうに見えた。
「すっげー! かっけー! これ、ローズデメール製だぜ!」
「すっごい値段しそうだよね」
初めて見る魔導砲に、オルフェルたちも騒いでいる。
「騒がしくてすみません。依頼の件は責任を持って行いますのでご安心ください!」
「よろしく頼むよ」
依頼内容についての説明を聞いた私たちは、城壁を後にして王都の北の草原を東西に走る、コルアーニャ川を目指した。




