090 迷いながら3~奪われた学生たち~
場所:オトラー村
語り:シェイン・クーラー
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村人たちの話を聞いて、ハーゼンがネースの背中をたたいた。
ネースもいまは真剣なのか、私たちにもわかる言葉で話した。
「クルーエルファントだ……。東の地域の魔物で、この辺りにはいないはずだよ……」
「あれはまるで、操られてるみてーだったでな。いちばんでっけやつの上にだれか乗ってたで」
「あんなことできんのは、闇魔導師くらいじゃねーでか?」
「そじゃけど、この辺の闇魔導師はみんな捕まって処刑されたで?」
「闇属性魔導師が、処刑された?」
村人たちの話に、ただでさえ曇っていたオルフェルの表情が凍り付く。
そんな王命が出ていたなんて、私たちはまるで初耳だった。
王は闇魔導師たちが逃げる隙を与えないために、こっそりと聖騎士を仕向けたのだろうか。
相手が魔物なら、ミラナがどこかほかへ逃げた可能性もあるが、相手が聖騎士では彼女の生存は絶望的だ。
彼の小さな希望は、いま確実に打ち砕かれてしまった。
「あぁ、国の聖騎士様が処刑するって、みんな連れていったんで。きっとありゃ、処刑された闇魔導師たちの怨霊だでな」
「なんだよ怨霊って……。なにもしてねーのに処刑されて、なんで……。なんで死んでまでそんなこと言われなきゃいけねーんだよ!」
「オルフェ……」
口々に話す村人たちに、泣きながらくってかかるオルフェルを、シンソニーが懸命に止めている。
だけどこれでは、オルフェルが取乱すのも当然だ。
「……だってなぁ、あんなのがいたんじゃ、こえーでなぁ」
「おらだって家族殺されたんだ。不安にもなるで……」
「だからって、ひでーよ……。あんまりだ……」
へなへなとしゃがみ込み、頭を抱えるオルフェルを、シンソニーとエニーが慰めはじめた。
――いったいなんだ。どうしてミラナを処刑されなくちゃならない?
――聖騎士たちは魔物を倒し、みなを守るのが仕事だろう!?
――なぜオルフェルが、私たちが、こんなつらい思いをしなくちゃいけない?
――いまの私の敵はなんだ? 魔物か? それとも国か、聖騎士か?
私も怒りのあまり眩暈がして、視点が定まらなくなってくる。
このままではまた考えすぎで、頭が混乱してしまいそうだ。
そんな私の様子を見ると、ベランカはまたキュッと身を寄せてきた。
――そうだ。敵がなんだとしても僕は戦う。僕が気持ちをしっかり持って、なんとしてもみんなを、この妹を守らなくては。
――僕はまだ一人じゃない。みなとともに、いまを乗り越えるんだ。
妹はいつだって、立ち止まる私を前に進めてくれる。
可愛い弟同然のオルフェルたちも、これ以上悲しませることはできない。
なんとか気持ちを立てなおそうとする私を、村人たちが取り囲んだ。
「シェイン君、あんた領主様の後継だろう。親が死んだばっかりでつれぇだろうが、なんとか領地を守る算段を立ててくれよ」
「そうだね……。騎士たちに魔物退治は要請できそうにないし、魔物は自分たちで討伐する必要があるだろう。それに、本当に魔物を操ったものがいるなら、必ず罪を償ってもらうよ」
△
しばらくすると、王都や国王を失ったイニシス王国では、各地で新しい軍隊が結成された。
大半はこれを機に国王の持っていた権力を我が物にしようとする、地方の貴族たちの軍隊だ。
これはしばらくのうちに弱いものが淘汰され、だいたいが東のアリストロ公爵が率いるアリストロ軍に吸収された。
アリストロはもともとイニシスでは王都の次に大きな街だったため、数の利があったのだ。
もうひとつは聖騎士エンベルト・マクヴィックが率いる聖騎士軍だ。
これは、王都の外に配置されていたものの、上官を失い崩壊しかけていた、国王軍の軍人たちをまとめて結成されたものだった。
彼らの後ろ盾は、シャーレン教の教団のようだ。彼らは聖騎士たちに光の祝福を与えている、光の大精霊シャーレンを崇めている。
そして彼らは、闇属性魔導師をイニシス全土から排除することで、王都を復活させると宣言していた。
私からしてみればそれは、聖騎士の言いわけを真に受けてしまった、かなり狂信的な軍団だった。
消えた王に言われるまま、罪のない人々を処刑した聖騎士の、保身のための言いわけだ。
――魔物討伐のために討伐隊を結成するくらいのつもりはあったが、これはいったいどうしたものか。
――アリストロ軍は、そのうちかならずこちらに攻めてくる。みなの安全を思えば、戦わずに従うべきか?
――しかし、聖騎士軍もアリストロの貴族たちも闇属性を排除したがっている。従えば私たちも、それに賛同することになるだろう。これではみなが納得しない。
――だがなぁ、戦うとなると、兵力に差がありすぎる……。
「ふぅむ」
「おにぃさま。食うか食われるかなのは、人も魔物も同じですわ」
「そうだね、ベランカ。食われるわけにはいかないね」
「戦うなら、必ず勝つぞシェイン。オレたちは仲間も闇属性もこの手で守らなくてはならない。そうだろ?」
「もちろんだ、ハーゼン」
大切なものたちを守るため、私は領地内外で兵を募り、短い期間でオトラー義勇軍を作りあげた。
父に代わり領主となった私だが、いまや国も貴族も実態がない。
オトラー義勇軍は、金や権力で集めた兵ではなく、考えを同じくする同志たちの集まりだった。
私の軍に参加したのは、主に迫害から逃げ延びてきた闇属性の人たちや、追放反対派の人たちだ。
元王国軍の兵士たちにも、追放反対派の人間は存在していた。
大切な家族や恋人が闇属性だから守りたいというものもいれば、聖騎士軍の胡散臭さに気付き、嫌気がさしたというものもいる。
そんな人たちは、私たちの呼びかけで、みなオトラーに集まってきた。
「だけど、これだけではやはり、数が少なすぎるな」
「ならもっと知り合いに声をかけてみよう。反対運動に参加していたカタ学の学生たちを連れてくるんだ。王都と一緒に消えたやつばかりじゃないはずだ」
「学生か……。しかし、戦いに参加させるには、彼らは経験も少なく若すぎる……」
「若いのはオレたちも同じだ。あいつら、元気で強いしな」
「おにぃさま。食うか食われるかですわ」
「そうだね、ベランカ。その二択なら食うしかないな」
ハーゼンとベランカに後押しされ、私はオトラー義勇軍にカタ学の学生たちを誘い入れた。
みな突然学校を失い、将来を見失っている。
私もオルフェルも生徒会長をしていたし、エニーも人気者で、シンソニーもなかなか顔が広い。
みなで協力して呼びかけてみると、遠くからも多くの学生が集まってきた。
カタ学の学生たちはみな優秀だ。それに、都会の軍隊とは違い、田舎者の私たちには守護精霊が大勢いる。
オトラー義勇軍は少数ながらも、仲間の安全と自由を守り、そして、闇属性を迫害から守るために戦った。
「闇属性魔導師への心無い迫害を許すな!
闇を追放しても王都は戻らない! ウソつきで残虐な聖騎士軍はオレたちが倒す!
東からの侵略を許すな! 俺たちは二度と、身勝手な貴族たちの権力には屈しない!
武器を取り戦え! オトラー義勇兵は敵も魔物も自分たちの手で倒す!」
ネースの作った拡声の魔道具により、ハーゼンの演説がイニシスの広域に拡散されていく。
体も声も、変化への情熱も大きい彼は、私よりよほど求心力があるかもしれない。
「なぁ、シェインよ。イニシス王国はもうなくなった! オレたちで新しい国を作ろう。王様はおまえだ!」
夜になって酒が入ると、ハーゼンは私の肩をバシバシと叩きながら、何度もそんなことを言ってきた。
彼は領地から闇属性を嫌うものたちを排除し、追放反対派の国を作ることで、いまだ行方不明のイザゲルを守ろうとしているようだった。
ハーゼンはどんどん本気になり、仲間になった義勇兵たちの武器や装備を、次々にネースに作らせた。
ミラナが魔物ではなく、王命で処刑されたと聞かされたシェインたちは、彼女が死んだと思い込んでしまいました。
そして義勇軍を発足した彼らは、魔物だけでなく聖騎士軍や、アリストロ軍とも戦うことに。
戦力不足を補うため、学生たちを巻き込みはじめた彼らの戦いの行く末は……。
というところですが、重たい過去編はこのあたりにして、いったん現在に戻ります。シェインの思い出した記憶を聞いたオルフェルは……?
※ここでオトラーってなんか聞き覚えが……気になる!と思ってくださった読者様へ。読み返さなくても続きを読むとまた説明が出てきますが、第30話『キジー~封印された三頭犬~』と第64話『転送ゲート~意外な功労者~』に同じ名前の国が登場しています。あと別作品のターク様の方にも何度か出てきてます。
次回、第九十一話 幼女と皇帝?~いまの幸せを~をお楽しみに!
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
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