089 迷いながら2~みなで北へ~
場所:イコロ村
語り:シェイン・クーラー
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――なんて死体の数だ……。これではほとんど皆殺しだな……。
――これはどこの村でも……いや、大きな街でも危険だぞ……。
一日がかりでできる限りの墓を作った私たちは、村に起こった現実を、まざまざと見せつけられることになった。
やはり最初の想像どおり、これは魔物の仕業だった。それもかなり巨大な魔物だ。地面から雪を取り払ってみると、巨大な丸い足跡があちこちに残されていた。
しかも、一匹や二匹ではなく、十匹は超えているだろう。しかし、村を襲ったのはそれだけではないようだった。
掘り起こした村人たちの死体の傷は、踏み潰されたものばかりではなかったのだ。
斬られたり、燃やされたりと、実にいろいろな殺されかたをしている。
そして、さらに雪を掘り起こしてみると、村人たちが懸命に戦った痕跡のある魔物の死骸も、あちこちに転がっていたのだった。
崩れた家のなかを調べると、金品や食料が奪われた形跡もある。相当数のゴブリンたちもそのなかに混ざっていたようだ。
しかし、こんなに大小多種多様な魔物たちが、団結して一斉に村を襲うだなんて、過去に一度も聞いたことがない。
――本当に、どうしてこんなことになったんだ……。
――この雪のなかだ。魔物の足跡は雪に埋まり、どこからきて、どこへ向かったのかもわからない。
――まだ近くに魔物が潜んでいるかもしれないな……。僕たちもどこかへ逃げるべきか?
疲れはてた様子の後輩たち。さらに何日も雪のなかを移動することを思うと、これ以上墓作りに体力を奪われてはならないだろう。
この場所は故郷ではあるが、いまは踏み荒らされ寒さをしのげる場所もなかった。
このまま休みもせず、いつまでも村を掘り起こしていれば、私たちの身も危険だ。
ここで待っていれば、逃げた村人が戻ってこないかとも思ったが、村周辺は人の気配もなければ、精霊たちの姿もない。
――だけどな。家族の安否も確認できないというのに、墓もろくに作れないままでは、みんなもなかなか動きたがらない。
――近くの村へも二日はかかる。その道が安全とも限らない。本当に移動するのが正解なのか?
――それにな、隣村へ行くといっても、川や山を越え北に行くべきか? それとも谷を抜け草原をこえて南の村へ? もしくは森を歩いて東へ戻るか……?
――そもそもみんなで行くのか? それとも少数で道の安全を確認してから……。いやいや、やっぱり……。うーん、それでも……。
いつまでも墓をほりながら、考えごとばかりしていた私だったが、立場的にそろそろ、このあとどうするかという判断を下さなくてはならなかった。
しかし、なかなか心は決まらない。
「ふぅむ……」
「おにぃさま。北と南なら、どちらがいいと思われますか?」
「……そうだね。どちらかと言われれば北かな。谷や草原は逃げ場がなくて危険すぎる」
「さすがおにぃさま、思慮深いですわ。ではみなで北へ」
「そうだな。北だ。みんなでオトラーへ行こう」
「お。決まったか? ならあとは任せろ。みんな行くぞ! ここに留まることはオレが許さない」
ベランカに促され、私がようやく方針を決めると、ハーゼンが大声でみなの尻を叩きはじめた。
「え、でも、まだみんなのお墓が……」
「ひどく残念だ。オレも本当に心が痛い。だが墓作りはいったんここまでだ! まずは自分たちの身の安全を確保するぞ。それから生きてるものの安否確認だ。オトラーで逃げ延びた家族に会えるかもしれないぞ! 希望を持って進めば、どんなに苦しい道も明日につながる! ほらいくぞ! 歩けネース! 進め後輩たち!」
「ハーゼンさん、声でかい……」
少し不満そうな後輩たちも、彼に大声で指示を出されると従わざるを得ない。
私たちは北にあるオトラー村を目指して歩きはじめた。
オトラーは、イコロからサーイン川を渡り、いくつか山を超えた場所にある村だった。
クーラー領の一部であるその場所には、クーラー家のもう一つの屋敷があった。
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私たちがオトラーに辿り着くと、やはり逃げ延びた村人が、いくらか避難してきていた。
それは、だいたいが、たまたま村の外に出ていたために助かった、狩人や商売人たちだった。
魔物の強襲に巻き込まれながらも、なんとか村を脱出できたという人はほんの数人だ。
私たちの家族や、オルフェルたちが必死になって探していたミラナの姿もない。
なんとか気力を振り絞って、ここまで歩いてきた私たちだったが、わずかな希望を失いまたみなの顔色が曇る。
「生き残ったのはあなた方だけですか?」
「わかんねぇ……。でも、領主様たちは、オラたちを逃がすために懸命に戦って……その……」
――そうか……。もしやここにと思ったが、やはりな……。
「あなた方だけでも、無事でよかった」
魔物たちへの込みあげる怒りを押し殺しながら、私は領民たちにそう返事をした。
ベランカも覚悟はできていたのか、黙って頷いている。彼らの話では、魔物との戦いはかなり壮絶なものだったらしい。
しかし、誇り高くも心優しかった両親が、領民を残して逃げるはずもないのだ。
――お父様、お母様。あなたたちの息子になれたことを、誇りに思います。
私たち兄妹が両親の死を受け入れるには、まだまだ時間がかかるだろう。
しかし、イコロを襲った魔物が、こちらに攻めてこないとも限らない。
私はなんとか気持ちを落ち着けて、村人たちからイコロに押し寄せた魔物の情報を聞き取った。
彼らによると、巨大な魔物は気が付いたときには村の内側にいたらしい。
いくら、魔物の襲来に強固な守りで備えていたイコロでも、それでは対処の方法がない。
「あのでっかいのは、ゾウの魔物だでな」
「おっそろしく鋭い牙が、六本も生えてたなぁ。ほんっとにでっかくて恐ろしかったなぁ」
「ネース、なにか知ってるか?」
村人たちの話を聞いて、ハーゼンがネースの背中をたたいた。




