088 迷いながら1~がうがうーぎゃぉん~
場所:貸し部屋ラ・シアン
語り:シェイン・クーラー
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私、シェイン・クーラーは、気がつくと子ライオンになっていた。
隣にいるペンギンは、どうやら妹のベランカのようだ。
あの美しい銀髪の、華奢な体の彼女がこんな、ずんぐりした黒い鳥になってしまうとは。
はじめはとても信じられなかったが、このペンギンが放っている冷気は、確かにベランカのものだった。
自分より体が大きいが、妹だと思うと不思議と愛おしい。
「シェインさん、俺たちなんか魔物になっちゃったみたいなんですよ。びっくりですよね? いまは俺たち、ミラナに飼われてるんですよー?」
私の前に座り込んだ子犬が、ペラペラと私に話しかけてくる。
うるさいから食ってやろうかと思ったが、どうやら彼はオルフェルで、頭に乗っている緑の小鳥はシンソニーらしい。
自分の性格が、前より凶暴になった気がするのは、私が魔物になってしまったせいか、それともライオンだからだろうか。
しかしミラナに出されたエサを食べると、不思議と凶暴性が治まるのだった。
ペンギンになってしまったとはいえ、隣に可愛いベランカがいるのも私の救いだ。
二人の説明で、私はいまの大体の状況を把握することができた。
二人は私たちが混乱しないようにと、丁寧にいろいろな話をしてくれた。
それによると、ミラナは調教魔法という新しい魔法で、私たち魔物の姿を変えることができるようだ。
オルフェルとシンソニーも人間になったりしていたし、それはどうやら間違いない。
必ず人間に戻れるかどうかはわからないようだが、いまはこれに期待するほかないだろう。
しかし、解放レベルとやらをあげるためには、もう何日か、いまの解放レベルに慣れる必要があるのだという。
――それはわかった……しかし、そもそも、どうして魔物なんかに?
「がうがう? がうがうーぎゃぉん」
口を開いてみると、かなり頼りない鳴き声がでた。残念ながら、私はまだ人間の言葉が話せないようだ。
しかし二人が言うには、魔物になってしまった理由は、二人にもわからないらしい。
そして、どうやらそれを知っている様子のミラナは、教えてくれるつもりがないと……。
昔からどこか秘密めいたところがあったが、彼女の本質は、いまも変わっていないようだ。
彼女を襲ってでも聞き出したいところだが、危害を加えるのは危険だ。
もし魔物使いが死ぬことで私たちがもとの凶暴な魔物に戻ってしまうのだとしたら、そんな危険人物を人々が受け入れるはずもない。
おそらくミラナになにかあれば、私たち魔物はあのビーストケージに引きずり込まれ、二度と外には出られないのだろう。
どうやら私たちは、ミラナの考えを尊重し、彼女を守る必要があるようだ。
――ふうむ。昔のことは自分で思い出すしかないようだね。
私は目を瞑り、自分の過去の記憶を辿った。
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消えたオルンデニアを確認したあと、王都近隣の村を出た私は、妹のベランカとハーゼン、そして後輩たちとともにイコロ村を目指した。
三日目には雪が降り、しだいに吹雪はじめて、寒さに凍えながらの帰路となった。
恐ろしい体験をしたあとだけに、みな口数は少ない。しかし、カタ学入学前に比べれば、後輩たちもかなり強くなっていた。
次々に現れる魔物を倒しながら進むこと六日。吹き荒ぶ吹雪のなか、私たちが帰り着いた場所には、私の知る故郷はなかった。
なぜか倒壊してしまった家々がすっかり瓦礫と化し、その上に雪が降り積もっていたのだ。
いくつもあった見張りのためのやぐらも押し倒され、雪のうえに折れた柱が突き出しているばかりだ。
いちばん大きい建物だったクーラー家の屋敷でさえ、まるで巨大ななにかに押しつぶされたかのように無惨に崩れてしまっていた。
「これはいったい……? こんな、バカなことが……」
「村が、めちゃくちゃだ……」
「うそだ……。こんなはず……」
「う、あぁ……あぁ、あぁ……」
あまりの惨状に愕然とする私たち。
エニーが雪の上にペタンと尻餅をつき、シンソニーも隣に膝をついた。
ハーゼンは呆然と立ち尽くし、ネースは頭を抱えて呻き声を上げた。
そして、オルフェルは、村にいたはずのみなの名前を叫びはじめた。
「とぉちゃーん! かぁちゃーん! ミラナー! みんなー! だれかー! おぉーい……。お願い、返事して……」
しかし、どんなに彼が叫んでも、村には虚しい風の音が響いているばかりだ。
足元には、たくさんの村人たちの死体が、雪に埋もれた状態で転がっていた。
どれもこれも、なにかに踏みつぶされたように潰れてしまっている。
そっと掘り出してみても、いったいだれのものなのか判別のつかないものが大半だった。
「お父さんもお母さんも、ジルフばーちゃんも……? みんな、みんな死んじゃった……?」
「王都の次は故郷まで……」
「どうやら、魔物の大軍に襲われたようだね……」
「魔物め……! オレたちからなにもかも奪いやがって!」
「ありえない、こんなことが起きるはずは……。あんなに守りをかためていたのに」
絶望と怒りに震えながら、私は父に連れられて確認した、村の警備を思い返していた。
イコロ村の魔物への守りは、周辺の村や街に比べても、かなり強固なものだった。
不運が重なってできた隙をつかれ、グレインが死んでしまってからは、それはさらに強化されていたはずだ。
魔物除けの魔道具も村周辺に広範囲に設置されていたし、定期的に十分な魔力も補充されていた。
そしてなによりも、守護精霊持ちの魔導師たちにより、しっかりとした見張りが行われていたのだ。
――いや、本当にそうなのか? グレインを失ってから、僕は竜の襲撃ばかり気にしていたから……。
――地上の守りは本当に完ぺきだったか? どんなに強くても見張りは人間だ。気を抜くこともあるし、思い込みで見落すこともある。僕はそれで、グレインを失ったというのに。
――それなのに、学生だからと老齢のお父様に任せきりにして、油断しているからこんな目にばかり遭うんじゃないのか! 領主の息子として、僕にだってもっとできることがあったはずだ。
――僕はまた、大切なものを守れずに……。みなにこんな、思いをさせて……。
「おにぃさま……」
自責の念に押しつぶされそうになる私の腕に、ベランカがしがみつきぎゅっと身を寄せてくる。
どんなときも私の想いを理解し、賛同し、支えてくれる可愛い妹だ。
――そうだ。すぎたことを考えて、混乱している場合じゃない。同じ過ちはしないと、僕はオルフェルに誓ったはずだ。僕がしっかりしなくては……。
私たちは、涙を流しながら村人たちの墓をつくった。
その作業はあまりにつらく、みな言葉を失った。




