084 検問~セイグリッドなんちゃら~
場所:見知らぬ森
語り:ミラナ・レニーウェイン
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「闇のモヤのある地域の人たちは、もともと闇属性が嫌いだ。モヤの原因を闇属性魔導師だと決めつけているからね」
「闇属性でなくたって、闇に堕ちるときは堕ちるのにね……」
「ほんとにね」
ドーソンは指で地図上の街や村をぐるぐると指さしている。そのなかには、彼の故郷であるカルパンも含まれていた。
「とにかく、僕たちはこの闇のモヤと、アリストロの戦闘が激しい地域を避け、北東からこう、南へ向かって進んできた」
ドーソンの指が、今度は地図のうえをツーッと動く。私たちはいま、イニシスの東にいるようだ。
「だいぶん魔物が減ってきたよね」
「そうだね。どうやらアリストロは、湧いてくる魔物と戦いながら、周辺地域への侵略を進めてるみたいだから。すごい勢いだよね。もうそろそろ、カルパンも降伏しただろうな」
故郷が侵略されたというのに、ドーソンはどこか他人事のような口ぶりだった。
あの日、家族のためにカルパンの食料を奪った彼はもう、故郷を懐かしむことすらできないのかもしれない。
――だけど本当は、ドーソンも泣き虫なんだよね。根が優しすぎるから、気持ちを押し殺してるのかな。
家族のためにいつも気を張っているドーソン。だけどリーダーになるまでは、彼だって人一倍泣いていた。
故郷の妹や弟たちの話をしながら号泣する彼の姿を、私はいままでに何度も見てきたのだった。
「で、僕たちはいまはこの辺りにいる。この街なら入れるかもしれないよ。だけど、安全とは言えないから、今回は僕一人で行くよ」
冷静な声で話しつづけるドーソン。彼の手がとある街を指さしている。
だけど私は、全てを彼ひとりに背負わせるわけにはいかなかった。
「ダメだよ。ひとりでなんて、行かせられないよ」
ドーソンをなんとか説得して、私たちは二人で街を目指した。
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恐る恐る近くの街に近づいてみると、街の入り口には複雑な国章が刺繍された、王国軍の青い旗が掲げられていた。
何十人という人が、街に入るため並んでいる。
どうやら街に入る人々をひとりひとり検問しているようだ。
――わ、騎士団!? これはアリストロの起こしてる内戦より怖いわ!
街に出入りする人々を調べているのは、王国軍の制服を着た兵隊だった。
――もう、王様もいないのに、だれが王国軍を動かしてるんだろう。
――活動してるなら、さっさと北東の闇のモヤを浄化してあげればいいのに。
そんなことを考えながら、私たちは木の影に隠れて、検問の様子を見ていた。
調べられているのは、髪の色と目の色のようだ。単純な領地の奪いあいをしているアリストロ軍とは違い、彼らは徹底的に、闇魔導師を排除しようとしているようだった。
――これは、街に入るのは厳しい? でも私たち、目も髪も黒くないから、大丈夫かな……?
――でも、腕の魔力封印の刻印を調べられたら……。
私たちの腕には、聖騎士に捕らえられたときにつけられた、魔力封印の魔法陣が、いまもしっかりと刻まれていた。
これを調べられてしまうと、いくら髪色や目が黒くなくても、逃亡中の闇魔導師だと気付かれてしまう。
森へ引き返そうかと迷いながらも見ていると、小さな子供を連れた女性が、兵士に呼び止められた。
「おいっ! 女子供だからと、髪と目を隠してはとおせないぞ」
「あっ、待ってください……。うちの子は……」
なにか言おうとする母親の話も聞かず、兵士が無理やり子供のローブを脱がせた。
相変わらず、王国軍の兵士や騎士たちは態度が横柄だ。
だけど子供の黒い髪があらわになると、周りにいた人たちが、ザワザワと親子から距離を取った。
「わ。闇魔導師か?」
「こわいわ……」
「あっ、あの。違うんです。うちの子は髪が黒いだけで、属性どころか、魔力すらありません! どうか街に入れてください。私たちの村は、紛争が激しくて、とても暮らせないんです!」
「ダメだダメだ! 紛らわしいやつは迷惑だ!」
「そうだそうだ、不吉だからほかへ行け」
必死に頭をさげている母親のまわりで、街の人たちが口々に話していると、兵士たちが子供と母親を別々に取りおさえた。
子供が「うわーん」と声をあげて泣きはじめる。
「リカルドになにをするんですか!?」
母親がもがき叫んでいると、街の城門の奥から、青い騎士服の男が現れた。
金色の髪をなびかせ、髪型や立ち姿は、どことなくエンベルト・マクヴィックを思わせる。
だけど彼は、エンベルトではなかった。エンベルトよりだいぶん足が短い。
そして、兵士に捕らえられた黒髪の子供に、悪魔でも見つけたかのような冷ややかな目線を向けている。
「ふん。確かに魔力は感じないな。魔力封じの刻印もないようだ。しかし、こんな髪色をしていては、遅かれ早かれ闇の精霊に取り憑かれるのはわかりきっている。街に入れられないからと野放しにもできん」
「え……?」
「しかし、収容所に入れても脱走されてしまうからな……」
「しゅ、収容所……!?」
「ふふふ。仕方がない。この聖騎士軍第三中隊隊長、ミカニエル・マルケッソが、清き力で浄化してやる! ありがたく思え!」
「えっ!?」「おぉ……!?」
慌てる母親。人々はミカニエルがなにをするのかと、固唾を飲んで見守っている。
そんななか彼は、片手で自分の手首をつかむ、謎の決めポーズで呪文を唱えはじめた。
声色を変え、どうやらエンベルトの真似をしているつもりのようだ。
彼に憧れて騎士になったんだろうけど、なんだか見ていて悲しくなる。
「あまたの微精霊たちよ。わが神聖なる右手に宿り、呪われしおのこを白く清めよ! セイクリッドディコロライズ!」
「ぎゃぁぁぁ! いたぁぁぁい!」
「リカルドーー!」
子供と母親が悲鳴をあげ、子供の髪が真っ白になる。髪だけでなく、服や目や肌までも白っぽくなってしまった。
泣く元気もなくなり、ぐったりしてしまった子供を見て、騒ぎたてていた人々も騒然とする。
「なっ、それのどこが清き力だ!」
「そうだ! セイグリッドなんちゃらだなんて、大袈裟な呪文唱えやがって! あんなのはただの布巾の漂白に使う生活魔法だろう! やろうと思えばオラだってできるぞ」
「子供に使うなんてむごすぎる!」
「なんだ。おまえたちも闇魔導師は排除したいんじゃなかったのか? 漂白が嫌ならこの場で処刑するしかない。これなら街にも入れてやれるし、これはかなり優しい処分だぞ」
ミカニエルの言葉に、黙り込む人々。
「しかたない。子供を治療院へ連れていこう」
さっきは親子を追い払おうとしていた人々が、泣いている母親の肩を抱き、子供を抱えて街へ入っていった。
そんな様子を、唇を噛み締めながら苦々しい気持ちで眺めていた私たち。
腕の刻印もしっかり確認しているようだし、とても街には入れそうにない。
「なんなの? 聖騎士軍って……怖すぎるわ」
「どうやら、王都の外にいた騎士たちが、王国軍の生き残りの兵士をまとめた軍隊みたいだね……。たぶん、リーダーはエンベルト・マクヴィックだろう」
「なんてこと……。私たち、いったいどうやって、物資を手に入れれば……」
「ちょっと、そこのあなた」
肩を落としながら、森に戻ろうとした私たちに、だれかが後ろから声をかけてきた。
ビクッとしながら振り返ると、そこには見覚えのある顔の男が立っていた。
「あなたはもしや、ミラナ・レニーウェインさんではありませんか? 私のことを、覚えていらっしゃいますか?」
非常に丁寧な口調で、私にそう話しかけてきたのは、いつかカタ学で私たちにつっかかってきた、貴族の息子たちの一人、レーニス・ライネルスだった。




