083 逃亡者~この人、知ってる人だ~
場所:リューグエンの森
語り:ミラナ・レニーウェイン
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私たち『マレスの子』は家族としての結束を強くしながら、もう何ヶ月もイニシスの北に広がるリューグエンの森を彷徨っていた。
ドーソンが言うには、ここはイニシス王国の北東のようだ。
王都の北に投げ出された私たちはずっと、東に向かって進んでいるらしい。
方向音痴の私にも、自分が西にある故郷のイコロ村から、どんどん遠ざかっていると理解できた。
頭では帰れないとわかっていても、距離が離れれば離れるほど、途方もなく恋しさは募る。
リューグエンは本当に広大な森だ。黙々と歩いていると、永遠にここから出られないような錯覚に陥った。
だけど私たちは、そんなに森の奥にいるわけではなかった。
森は奥に行くほど魔物が増えるし、買い出しのため、ときどきは街に行く必要があるのだ。
このあたりをうまく調整しつつ、私たちの進路を決めてくれるドーソンは、とても頼りになるリーダーだった。
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その日、私は買い出しに出るため、枯葉に覆われた茶色い獣道をドーソンと二人で歩いていた。
そんな私たちの耳に、どこからか詠唱の声が響いた。
「あまたの炎の微精霊たちよ! この右手に宿り、われらの対敵を撃ち砕け! ファイアーバレット!」
「ヒヒーン!」「ぐぅぁ!」「ぎゃぁぁぁ!」
馬や人の悲鳴も聞こえてきて、私たちは慌てて木の陰に身を隠した。
激しい魔法攻撃の音が森の木々に木霊している。
息を潜めてこっそり覗いてみると、揃いの緑の服を着た兵士たちが、茶色いローブを着た人たちを一方的に攻撃していた。
馬車を引いていた馬も、乗っていた人たちも次々に魔法弾丸に撃たれて倒れていく。
――え? 人を殺してる!?
血の気が引くのを感じながら覗き見ていると、『顔を出すな』というように、ドーソンにぐいっとひっぱられた。
私が声をあげると思ったのか、手のひらを口に当てられ、しっかり抱きしめられてしまっている。
――やだ、はなしてよドーソン!
そう思うものの、いまはジタバタするわけにもいかない。
仕方なくそのままじっとしていると、すぐに戦闘は終わり、兵士たちの声が聞こえてきた。
「よし、あいつらの補給は断たれた。降伏してくるのももうすぐだな」
「弱いくせに盾突いてくるからだ」
そんなことを言いながら、緑の服の兵士たちが去っていく。
「ふぅ……。行ったみたいだね」
「けっ、ケガ人が!」
「だめだよ、ミラナ。僕たちにはどうしようもない」
「でもっ」
私はドーソンに掴まれた手を振り払って、ケガ人たちのもとへ走っていった。
八人ほどの男女が倒れているけれど、よく見ると彼らも兵隊のようだった。皆揃いの紋章が入ったローブを着ている。持っていた武器は奪われたようだ。
一人一人確認してみたけれど、みんなすでに息絶えていた。
燃える弾丸を撃ちだすファイアーバレットで、身体中にたくさんの穴が開き服も焦げてしまっている。
「ひどい……! どうして、こんな……っ」
「どうやら、王都が消えた影響で、内紛が起こってるみたいだね」
「内紛!?」
「うん。さっきのは、イニシスの東に広大な領地をもつアリストロ公爵の兵隊だ。で、この人たちはアリストロの北にあるカルパン領の人たち。たぶん、アリストロが征服しようと侵略戦争を仕掛けたんだろうな……」
「どうしてわかるの?」
「僕はカルパンの出身だからね……。この人、知ってる人だ」
「えぇっ!?」
死体の隣に膝をつき唇を噛むドーソン。だけど、私たちは本当にどうすることもできなかった。
カルパンにしてもアリストロにしても、闇属性の私たちにとっては迫害者だ。
家族が身を隠している森で、こんな人たちが戦っていたのでは危険すぎる。
「早く戻って、みなを連れて移動しないと。残念だけど買いものに行く時間はないな」
そう言いながら、ドーソンは傾いた馬車のなかから、食料の入った袋を肩に担いだ。
「ドーソン、それ……」
「もらっていこう。買いものに行けない代わりだ。ミラナもこれ担いで」
「えっ、でもこんなの強盗みたいだよ……? それにこの人たち、放っておくの? 知り合いなのに……?」
「ミラナ。なりふりかまってられないよ。僕たちは逃亡者だ。逃げるので精いっぱいだよ。そして僕たちが守るべきは、いまの僕たちの家族だ」
ドーソンの瞳に強い意志が感じられて、私はしかたなく、食料を担いでその場を離れた。
――そうよね。私もライル君を……、みんなを守らなきゃ。
――きっとこの人たちは、カルパンの人たちが埋葬してくれるよね。補給物資が届かないんだもん。気付いて様子を見にくるはず……。
だけど、これがイコロ村の人だったりしたら、私は同じように、奪って逃げることができるだろうか。
『仕方ない』そう思いながらも、涙が溢れて止まらなかった。
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それからまた、森のなかを移動し続けた私たちは、十分な物資を補充できず、半月ほどの間に困窮し、貧困にあえぐようになっていた。
カルパンの兵士たちから奪い取った食料も、とっくに底をついてしまっている。
周辺の街が戦闘中で、私たちは思うように買いだしに行くことができなかったのだ。
比較的安全そうな街に行ってみても、物価が激しく高騰している。
しばしば魔物に遭遇していたこともあり、みな移動や戦闘による疲労もたまっていた。
体調の悪い人やケガ人も増えている。家族のなかには、森では手に入らない薬を必要としている人たちもいるのだ。
魔物避けの魔石なども消耗品で、定期的に手に入れる必要があった。
――なんとか買い出しをしないと……。
そんななか、私はドーソンに呼ばれ彼のテントに足を運んだ。
ドーソンのテントはみんなのものより広くて、簡易なテーブルが置かれている。
「ちょっとミラナ、ここに座って」
テーブルのうえに広げた地図に視線を落としたまま、彼は手招きで隣へ座るよう促してきた。
言われるまま移動して座ると、地図が進行方向に向いている。
彼は私が方向音痴だということを、よくわかっているのだった。
子供に話すような優しい口調で、ドーソンは説明しはじめた。
「わかるかな? この辺りがアリストロだよ。そしてこの辺りには、だいぶん前から闇のモヤが広がってる」
ドーソンが指先で地図を叩きながらいう。
そこはリューグエンの森の北東の奥で、ドーソンにより黒く塗りつぶされていた。
きっとこれはライル君の姉のエリザが、里帰りを断念した原因になったものだろう。
魔物を生み出す闇のモヤは、昔からイニシス王国のあちこちで発生している。
そして、本当ならそれは、すぐに王国軍の聖騎士が浄化しているはずのものだった。
光の大精霊シャーレンの祝福を受けた聖騎士たちの役目は、本来ならそれに尽きる。
だけど、近頃のたいへんな混乱のせいか、このモヤはいまも浄化されず、しだいに広範囲に広がっているらしかった。




