082 マレスの子~ひと口のお酒で~
場所:見知らぬ街
語り:ミラナ・レニーウェイン
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私はドーソンと二人でみんなのお金を受け取って街に出た。森を抜けた場所にあった見知らぬ街だ。
人混みのなかを緊張しながら歩いたけれど、私たちが闇魔導師だと疑われることはなかった。
闇属性の魔導師としてカタ学に入学していなければ、私が聖騎士に捕まることもなかったのかもしれない。
「オルンデニアが消えたらしいぞ……」
「そんなバカな。あんな大きな街が一日で消えるなんて」
「ちょうど闇魔導師たちを処刑しようとしてるところだったらしい」
喧騒のなか、そんな噂話があちこちから聞こえてくる。
――オルンデニアが消えた? オルフェルは? みんなは無事?
――きっと、休暇で村に帰ったあとだよね……?
オルフェルたちの無事を確認できないかと耳を澄ませる私。だけど、自分たちが処刑されかけたのが、休暇に入る前なのか、あとなのかがわからない。
石化魔法をかけられたり、気を失ったりしている間に、何日が経過していたのか、正確なところがわからなかった。
「ミラナ、大丈夫?」
「えぇ、なんとか……」
不安で目の前が暗くなるのを感じてふらつく私を、ドーソンがそっと支えてくれた。
だけど、ドーソンの手も震えている。彼も王都に、だれか知り合いがいたのかもしれない。
「こわいわ。きっと闇魔導師たちの仕業ね」
「闇魔導師め! やはり国王様の意見は正しかった!」
「見つけたら、今度こそ死刑よ」
――そんな。私たちなにもしてないのに……。
街の人たちの騒ぎ立てる声も、どこか遠くに聞こえる。
まるでこれ以上なにも聞きたくないと、耳が拒否しているみたいだ。
「怪しまれるといけない。とにかく、必要なものを買って戻ろう」
「は、はい」
ドーソンに手を引かれて街を歩いていると、人だかりの奥で聖職者の男が叫んでいるのが聞こえてきた。
「闇を恐れるイニシスの民たちよ! シャーレンに祈りを捧げよ! 信仰心により聖騎士に力を与え、この国からすべての闇を排除すれば、王都オルンデニアは復活を遂げるのだ!」
シャーレンは聖騎士に祝福を与える光の大精霊だ。それを神のように崇めるシャーレン教は、昔からこの国に大きな影響力を持っている宗教だった。
「ふん、闇を排除すればオルンデニアが復活するとか、言ってることの根拠がまったくわからないな」
「そんなこと言って、聞かれると怖いよ。早く行こう」
苛立った声で小さくつぶやくドーソン。今度は私が立ち止まった彼の背中を押す。
――この国、どうなっちゃうんだろう。
そんなことを考えながら買いものを済ませ、私たちはその街を出た。
△
その夜、闇魔導師たちの待つ森の奥へ戻った私たちは、街で聞いた話をみんなに教えた。
「そんな……。王都にはエリザおねぇちゃんがいたのに……!」
ライル君がショックを受けて私にしがみついてくる。
私はライル君をぎゅっと抱きしめて、彼と一緒に涙を流した。
「僕も王都には親戚や友達がたくさんいたよ……」
「いったいなにがあったのかな」
「よくわからないけど、王都が消えたことで私たち闇属性は、ますます嫌われてしまったみたいだね……。向け先のない怒りが、全部こっちに向かってくるみたいだ」
「あの聖騎士も、また私たちを捕まえにくるんじゃないかしら」
「逃げよう。ひとところに留まっていては、きっとすぐ見つかって殺されてしまう」
私たちは闇に紛れ、山や森のなかをどこまでも移動した。
全てを失ったものたちの逃避行だ。
移動しながらみなで協力して獣を狩り、木の実を採ったり、薪を集めたりしては、街で売ってお金に変えた。
皆の着るものが手に入ると、私たちは聖騎士たちに着せられた黒いローブでテントを作った。
移動してはテントを張ってコロニーを作り、休んではまた移動する。
魔力が封じられているため、なにをするのもたいへんだ。だけど、それが逆によかったのかもしれない。
こんな怒りや悲しみに囚われた状態で魔法を使えば、だれが闇に堕ちても不思議はない。
それに、闇の魔法を使えば、どうしてもその痕跡が残ってしまう。
そこから私たちの居場所が、見つかってしまう可能性は大きかった。
△
移動しはじめて、一カ月くらいたつころだっただろうか。
そのころコロニーでは、ようやく皆が入れるだけのテントができあがり、生活用品もそろってきていた。
その日は私とドーソンが買いものに出て、パンが手に入ったこともあり、コロニーにはめずらしく穏やかな空気が流れていた。
私とドーソンの周りに、コロニーのみなが集まってくる。
「ドーソン君とミラナちゃんがいてくれて、本当によかったよ。きみたちならみんなのお金を持って逃げることだってできたはずなのに」
「えっ。そんなことしませんよ」
「見知らぬ僕たちのために、こんなに頑張ってくれるなんて……。なんて真面目ないい子たちなんだろうね」
「毛布もテントも手に入って、少しは寒さが凌げるようになったわ」
「信頼できる二人に、このコロニーをまとめてもらえるとうれしいんだけど」
買いだしに出られる私たちは、気がつくとコロニーのみなに頼られるようになっていた。
私より三つ年上のドーソンが、コロニーのリーダーを引き受けてくれることになった。彼は私より、みんなの意見をまとめるのがうまかったのだ。
私はみんなの体調管理なんかに気を配りつつ、ドーソンを手助けする副リーダーということになった。
だけど、過酷な生活のなか、二人で頑張れることには限界がある。
今日は少し穏やかな雰囲気だけど、いつもは毎日泣きながら歩き回っている私たち。
疲れの目立つ年配の人たちもいるし、お母さんに会いたいと言って泣きだす子供たちもいる。
私自身も不器用で、人に頼らずには暮らせない。
私たちにはもっと、仲間の結束をかためる必要があった。
闇に包まれた森のなか。
私たちは気付けのために用意していた強いお酒を、ほんの一口ずつカップに注いだ。子供たちにはフルーツジュースだ。
みなが見守るなか、コロニーの中心でドーソンの演説が始まった。
「闇に愛され、国に虐げられた彷徨の仲間たちよ。僕たちは心をかよわせた守護精霊を殺され、愛する人たちとも引き離された。
そして、いわれなき罪で処刑されかけるという、ひどい苦しみを味わった。
だけど幸運にも、僕たちは闇の大精霊マレスに救われたのだ!」
「マレスは僕のお母さんだよ!」
「ライルのお母さんはすごい大精霊だな! 俺たちが助かったのはマレスのおかげだ!」
「「そうだー! ありがとう、マレス!」」
ライル君は得意げに顔をほころばせ、みなもマレスへの感謝を口々に叫んでいる。
みなが静まるのを待って、またドーソンの演説がつづいた。
「そうだ! マレスによって生かされた僕たちには、今日がある!
そして、どんなにつらいときも助けあい、励ましあい、今日までともに暮らしてきた仲間がいる! 僕たちは家族! マレスの子だ!
僕たちはなにも持たないが、ここに家族を持っている。僕たちは家を持たないが、僕たちのいる場所に家はある!
こんなに温かい大家族があるだろうか?
そして、僕たちは、自分の本質を恐れない。僕たちはありのまま、闇のままでいいんだ。
このコロニーは、家族は、マレスの子である僕たちを、ありのままに受け入れてくれる!
今日ここにいるみなが家族だ! 僕たちはだれも一人ではない!
これからも助けあい、ともに暮らそう! 家族に! 闇に! マレスに乾杯!」
「「「マレスにかんぱーーい」」」
たった一口のお酒を飲み、ほんの小さなパンを食べて、私たちは『マレスの子』に、家族になった。




