081 真冬のコロニー~不思議な色をしてるね~
第一部完結からしばらくお休みをいただきましたが、今日からのんびりと投稿を再開します。よろしくお願いいたします。
七章は六話までミラナの語りで四話目まで過去編になります。
時系列的には五章の六話目(第六十一話)『ガタガタ』の続きです。
場所:見知らぬ森
語り:ミラナ・レニーウェイン
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聖騎士エンベルトに拉致され、処刑されかけた闇魔導師たちは、知らない森で目を覚ました。
収容されていたはずの建物も、騎士や兵隊たちの姿もなかった。
黒いローブを着せられた四十人ほどの闇属性魔導師が、雪のうえに手をついている。
闇魔導師たちは、だれからともなく、啜り泣きをはじめた。
命を取り留めたことに、喜びの声をあげるものはいない。
ただただ自分たちの受けた仕打ちに、悔しくて涙が止まらなかった。
いつもそばにいた、自分の一部のような守護精霊も殺されている。
自分のなかにあるはずの魔力も、希望や気力と一緒に、全て奪われてしまったかのように感じた。
腕に刻まれた魔法陣が、私たちの魔力を強力に封じているようだ。
寒くて暗い森のなか、いまいる場所すらわからない。
――ここはどこ? こわい……! 帰りたい……。いますぐ会いたいよ、お父さん、お母さん、オルフェル……!
私はその場所で、長い間動けずに泣いていた。
「ミラナおねぇちゃん……?」
ふいに掠れた声で名前を呼ばれ、私は涙に曇った目を擦った。顔をあげると、そこに立っていたのはライル君だ。
彼は王妃様の回復を願う虹祭で出会い、ネースさんのワンダリングボードで一緒に遊んだエリザの弟だった。
私たちはあれからも、ライル君が王都にくるたびにシェインさんの屋敷にお邪魔して遊んでいた。
オルフェルが呼びかけてみんなを集め、ネースさんがおもちゃを準備してくれる。
それがすっかり、恒例行事のようになっていたのだ。いま思うとそれは、夢のように楽しいひとときだった。
だけどライル君は闇属性で、私と同じように聖騎士エンベルトに捕まり、収容施設に入れられていたのだ。
「ライル君……!」
「よかった、本当にミラナお姉ちゃんだ! 知ってる人がいなくて不安だったよ」
――ライル君みたいな小さい子まで、あんな目に遭ったの……? 国王様、ひどすぎるわ!
私に抱きついてきたライル君を抱きしめると、私の目から再び涙が溢れ出した。
知り合いに会えた安堵感と、彼をこんな目に合わせた王様たちへの怒りが同時に込みあげてくるのを感じて、涙はとめどなく流れ落ちた。
「ライル君、大丈夫? 怖かったね、痛かったね……」
「うん、すごく怖かったよ。だけど、マレスが助けに来てくれたみたい」
ライル君が言うには、あのガス室から私たちを連れ出したのは、ライル君の守護精霊マレスだろうということだった。
マレスは強大な力を持った大精霊で、聖騎士エンベルトにも、殺すことができなかったらしい。
「だけど変なんだ。僕をこんな場所に置き去りにするなんて。どうして一緒にいてくれないのかな。マレス、すごく怒ってるみたいだったから、僕心配だよ……」
「そうなんだ……。でも、マレスはライル君のお母さんだもんね。きっと落ち着いたら迎えにきてくれるんじゃないかな? お姉ちゃんと一緒に待とうか」
闇属性魔導師たちはどこにいくでもなく、みんなその場所に留まっていた。
知らない人ばかりだけど、魔物もいる森のなかでバラバラになるのが怖かったのだ。
かと言って、故郷に帰ればまた捕まるだろうし、みんなで街へ行くのは目立ちすぎる。
どこにも行けない私たちは、人目を避け森で暮らすしかないようだ。
――つらいけど、ライル君のためにも、私がしっかりしなくちゃ。
「とにかく、食べものを探そう」
川の魚を採ったりしたいけど、道具もなにもないし、川に入るには水が冷たすぎる。
木の葉は落ちているし、木の実などもほとんど見当たらず、はじめのうちは、雪に埋もれた植物を探すしかなかった。
「あ! 冬咲きのツヅミナが生えてる。生でも食べられる草だよ」
「わぁ、お花なのに食べられるの?」
「うん、こっちのサナ草も食べられるよ」
「あ、これちょっと辛い。ピリピリするよ、ミラナお姉ちゃん」
「そうだね。でも栄養があるから、しっかり食べよう」
「辛いのはやだなぁ……」
「わ。フユレニの実発見! これも食べられるよ。甘酸っぱくておいしいの。でも、枝に棘があるから気を付けてね」
ライル君と話しながら食べられる植物を探していると、周りの人が私の知識に感心して質問してきた。
「お嬢ちゃん、ずいぶん詳しいんだねぇ。これも食べて大丈夫なやつかな?」
「それは危険ですよ。毒があるので気をつけてください」
「えぇ? ほんとうかい。聞いてよかったよ」
植物の知識を教えると、みんなすごく喜んでくれる。これはもちろん、カタ学で学んだ魔法薬学のための知識だった。
いまは魔力が封印されているから、魔法薬までは作れないけど、洗ってかじるだけでもそれなりに栄養は摂れる。
学校を辞めさせられたときは、努力が全部無駄になったような気がしていたけど、まさかこんなに役に立つ日がくるとは。
――なんでも勉強しておいてよかった!
心の底からそう思う私。だけどやっぱり、厳しいのは寒さのほうだ。体に染みる冷えに耐えながら、しばらく植物を集めていると、知らない人が私に話しかけてきた。
見あげると、薄紫の髪に、綺麗なすみれ色の目をした細身の男性だ。年齢は私よりいくつか上のように見える
「ねぇ、きみ……。頼みがあるんだけど、いいかな?」
「え……えっと。あなたは?」
「僕はドーソン」
「ドーソンさん……」
「ドーソンでいいよ。きみは?」
「ミラナです。あの、頼みって……?」
「ミラナ、僕と一緒に街へ行ってもらえないかな? ここにいるみんなの着る物や毛布なんかを調達したいんだけど、僕一人じゃ大変だから……」
「え……?」
どうして私なんだろうと戸惑っていると、ドーソンは周りの人を見回して言った。
「ここにいる人たち、僕たち以外はみんな髪や目が黒いから、すぐ闇魔導師じゃないかって疑われてしまうんだって」
「あー……なるほど」
そう言われてあらためて周りを見ると、確かに自分とドーソン以外は、みな髪や目が黒かった。
ドーソンの後ろから、何人かの人が私を取り囲むように集まってくる。
「私たち、一目で闇属性ってわかっちゃうから、街を歩いてるだけで石を投げつけられたりすることもあるのよ」
「知らないお店に行っても、闇魔導師には売れないって言われたりするし……」
「それだけならいいけど、下手すると騎士たちに見つかって、また捕まっちまうからな」
「きみの髪、不思議な色をしてるね。薄茶色みたいだけど、ピンクがかってて。闇属性にはとても見えないよ」
「きみたちなら、まだ危険が少ないと思うんだ。お願いできないかな?」
切実な様子でお願いしてくる、黒髪黒目の人たち。
確かに私やドーソンなら、簡単に闇属性だと気付かれることはないだろう。
精霊は自分の属性の色素を持った人間を好む傾向がある。闇の精霊たちは、黒髪や黒い目の人間が好きなのだ。
ただ、私やドーソンのような特殊な色素の人には、珍しさからか色んな属性の精霊が寄ってきた。
私はそのなかから、自分でクイシスを選んだのだった。
そう思うと、初対面のドーソンに、少し仲間意識が芽生えてきた。
「みんなのポケットからかき集めたお金が少しあるから、二人で街へ行って、必要なものを買ってきて欲しいんだ」
他人に頼らざるを得ない彼らの状況は、私たちよりずっと悪いのだろう。悲しいのもつらいのも、私とライル君ばかりではないようだ。
「わかりました。私たちに任せてください」
ライル君を一人にするのは少し心配だったけれど、たくさんの人に期待を込めた目で見られると、生徒会長だった私の血が騒いだ。




