079 コロコロ~なんか色々おかしくね?~
場所:貸し部屋ラ・シアン
語り:オルフェル・セルティンガー
*************
「シェイン解放レベル1」
――ピーロリロン♪ ピーロリロン♪――
「ベランカ解放レベル1」
――ピーロリロン♪ ピーロリロン♪――
ラ・シアンに戻った翌朝、ミラナはシェインさんとベランカさんをビーストケージから解放した。
ミラナの敷いた毛布の上に、小さい獣が一匹と、ゴロンとした黒いなにかが転がり落ちる。
「きゃう!? なんだこれっ」
「あー、傷だらけ。とりあえず回復だね」
「お願い、シンソニー」
ケージから出てきた二人は傷だらけだ。シェインさんと思われる小さな獣の胸には、いくつもの赤い切り傷がついていた。
これは俺がつい感傷的になって、やりすぎてしまった傷だろう。
ヒールをしても少々跡が残りそうだ。
――でもシェインさんもひどいから。俺、謝んねーよ。
俺もシンソニーも、テイムされたときのことはまったく覚えていない。
シェインさんがなにも思い出さないことを祈るばかりだ。
きっと思い出したら、彼は俺以上につらいはずだ。
シンソニーがヒールを唱えると、痛々しかった傷はみるみる回復した。
「ぎゃーぉ!」
「シェインさん、これ、ライオンの赤ちゃんかな。コロコロで可愛い! ミルクをどうぞ!」
「シェインさーん、俺、子犬だけどオルフェルです! わかりますかー?」
「まだぼんやりしてるみたい。ヤギ頭は……ついてないね」
「いや、それより……俺やっぱり、ベランカさんのほうがだいぶん気になんだけど……」
あのかっこいいシェインさんが、こんなコロコロの赤ちゃんライオンになってしまったのは、俺も一応驚いている。
大きさも子犬の俺よりずっと小さくて、生まれたてみたいだ。
オレンジがかった金色の毛も、か細くてだいぶんふわふわしている。
だけどそれ以上に、俺は隣にいるベランカさんが、意外な生物に変貌を遂げていることに驚いていた。
艶のある黒い背中と、ぽってりとした白い腹。
舟をこぐ櫂のような翼や、まっすぐに伸びたクチバシは、俺やシンソニーの解放レベル1の姿に比べると、かなり強力そうに見える。
「なんでベランカさん、ペンギンなの? しかもなんか、最初からわりと大きくない? 俺すげー見下ろされてるぜ……」
「大人のペンギンだね。一メートルはありそうだよ」
「しかも、兄妹なのにライオンとペンギンって……。なんか色々おかしくねー?」
「そうかな?」
だいぶんずんぐりしてしまったベランカさんを見上げながら、首を傾げる俺。
シンソニーはなぜ、これに疑問を感じないのだろうか。
ペンギンがしれっとした顔で、子ライオンの隣に立っているという、かなり不思議な絵面なんだけど。
「べ、ベランカさーん? 俺、オルフェルですよー? いまはちょっと子犬ですけど……。これから一緒に暮らすことになるんでよろしくでーす」
恐々話しかけてみても、なんの反応もないベランカさん。
まったく表情の読み取れないところが、ベランカさんの特徴を引き継いでいる気もしなくはない。
そして、そんな彼女の足元には、かたい氷の板ができあがり、周囲にはパリパリと白い霜が降りていた。
「わ、ベランカさん冷気放ってるぜ? なんでレベル1からこんなに魔力使えるの?」
「わぁ涼しい~! ベルガノンの夏は結構暑くなるらしいから、うれしいね!」
「涼しいのとおり越してちょっと寒くないかな? いままだ春だし……」
ラ・シアンの一部屋しかない俺たちの部屋が、ベランカさんの冷気でキンキンに冷えていく。
俺は寒さは平気だけど、シンソニーがブルブルと身震いしはじめた。
まだ寝ているキジーも毛布を手繰り寄せて丸くなり、最初は喜んでいたミラナも黙って分厚い肩かけを羽織る。
あれっきりミラナは、子犬のときでも俺を抱きしめなくなってしまった。
――ミラナ、ほんとに我慢してるな。前なら絶対、こんなとき俺を抱きしめてたのに。
――でもミラナは俺のこと好きだからな! こんなのは長続きしねー。時間の問題だぜ……!
ちょっとソワソワするけど、また大泣きされてもたいへんだ。とりあえず様子を見る俺。
――それにしても、ベランカさん、いまなに考えてんのかな。
ベランカさんは、鼻水を出したシンソニーを小さな目でじっと見ている。
俺もはじめて解放されたときは、かなり混乱したものだ。
二人が人の言葉を話せるようになったら、俺たちはまず、なにを話せばいいだろう。
「やっぱり、ベランカさんの食べものは魚かな? 買いに行かなきゃ」
「買いものってこれ、みんな連れてくの?」
「うん。市場は結構遠いからね。やっぱり連れてかなきゃ」
「キジーは?」
「まだ疲れてるみたいだから、寝かせておこう」
なかなか起きないキジーを残して、俺たちは部屋を出た。
ミラナはシンソニーにシェインさんを抱かせると、俺を人間にしてベランカさんを持ちあげさせた。
ずっしりとくる、なかなかの重量感だ。
「ちょ? ベランカさん、暴れないでください! いてっ!」
「やっぱり、シェインさんと離れ離れは不満なのかも」
翼をバタつかせ、ジタバタするベランカさん。このかたい翼はかなりの高火力だ。
「あ、そうだ。いいのがあるわ!」
苦戦しながら外に出ると、ミラナは引越しに使ったという、大きな車輪のついた荷車を持ってきた。
二人を乗せてみると、ベランカさんがシェインさんを短い足で挟み、ムニッとした下腹で包み込む。
――シェインさんがペンギンのヒナみたいにされてる!
かなりの衝撃だけど、その体勢で二人はすっかり落ち着いたようだ。
「相変わらず仲いいね」
「さっそく魚を買いにいこう!」
ミラナは地図をクルクル回しながらも、普段はあまり行くことのない、王都の南を目指して歩き始めた。




