078 ライオンの夢2~すまなかった~
改稿しました(0204/10/9)
場所:夢の中
語り:シェイン・クーラー
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――夢を見ていた。星空に浮かぶ不思議な神殿のなかで。
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「すまなかった、オルフェル」
深く頭を垂れ、声を震わせた私の前で、彼は唇を噛みしめていた。
その眼光は鋭く尖り、私の全身を突き刺している。
この弟によく似た少年を、私はどれほどまでに傷つけてしまったのだろう。
その怒りと悲しみを思うと、私の胸は締め付けられ、申し訳なさで死にたくなる。
いつもすまし顔のベランカが、私のために頭をさげた。そうして優しくも重々しい手つきで、私の頭をさらにしたへと押しさげる。
「すまなかった。すまなかった、本当に……」
私はベランカに押されるまま、サーインの河畔に膝をついた。私の流した涙で、グレーの丸い小石が黒くなっていく。
「許して欲しい。僕は……混乱していた……。約束する。もう二度と、きみに『グレイン』と呼びかけたりしない」
「シェインさん……」
長い長い沈黙。こんな謝罪、受け入れられるはずもない。
それでも「許して欲しい」と、言わずにいられない私は、いったいどれほどに自分勝手なのだろう。情けなくて情けなくて、涙があふれて止まらない。
「なんでもする……。オルフェルの気がすむまで、殴ってくれてかまわない……。だから、頼む。僕を許して……」
「おにぃさま、いけません。そんなにしがみついては……。余計に彼を困らせてしまいますわよ」
地面を這いずり、オルフェルの膝に縋りついた私を、ベランカが制止する。
しばらくその様子を黙って見下ろしていたオルフェルが、重く詰まった声を絞り出した。
「やめてほしいっす……。ここは、グレインとの思い出の場所なんっすよ」
オルフェルが膝を折り、私の腕を抱えて立ちあがった。力強く引きあげられ、私も一緒に立ちあがる。
「俺、シェインさんのカッコ悪いとこ、これ以上見たくないっす……」
「すまない……」
オルフェルが普段は見せない真剣な瞳で、私をまっすぐに見据えている。
唇を震わせ、涙をこらえて。弟と同じ、赤い瞳が揺れている。
「俺、グレインじゃねーけど、シェインさんのこと、兄さんみたいに思ってたから……。だから、すげー悲しいっす」
「オルフェル……」
その言葉は私の心に、重く深く突き刺さる。私は弟を失っただけでなく、彼からの信頼をも失ったのだ。
私がそう思ったとき、絶望に落ちすくめられた私の肩を、オルフェルが力強く持ちあげた。
「……だけど俺、ミラナと一緒にいっぱい泣いて、つらいときは、だれかと一緒にいたいんだって思ったから。
……だから俺たち、一緒に『今』を乗り越えるっすよ。シェインさん」
「一緒に、『今』を……?」
オルフェルの決意を込めた声が、私の胸に希望を届ける。涙に濡れた顔をあげると、彼が私の目を見て頷いた。
「そうっすよ。シェインさんには、ずっと俺の憧れでいて欲しいっすから」
「あぁ……。あぁ……! ありがとう。努力するよ」
私は約束した。自分が深く傷付けた少年に。
必ず『今』を乗り越えて、きみに誇れる男になると。
オルフェルは私の決意を聞いて、無邪気な笑顔を見せてくれた。
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――夢を見ていた。星空に浮かぶ不思議な神殿のなかで。
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「シェインさん、俺、カタ学に行きたいんっすけど、勉強見てもらえねーっすか?」
「え? オルフェルが、カタ学に……?」
休暇でイコロ村に帰った私に、オルフェルが会いに来てくれた。
――そうか、こんな僕を許してくれただけじゃなく、また頼ってくれるんだね。
――優しい子だな、オルフェルは。
前の休暇は王都にいたから、会ったのは一年ぶりだろうか。ずいぶん背が伸びて、少し印象が変わっている。
彼の成長に目を見張る私を、オルフェルは不安げに見ていた。
「やっぱり、俺じゃ、カタ学は無理っすかね……?」
「いや、そんなことはない。僕が必ず合格させてみせるよ」
「ほんとっすか!?」
「頼ってくれてうれしいよ、オルフェル」
私は以前にも、グレインに剣を教えるついでに、オルフェルにも剣を教えていた。彼はグレインよりもずっと呑み込みが早かったし、集中力も高かったように思う。
――まだ時間はある。集中して勉強できれば間にあうだろう。
――これくらいのことで、罪滅ぼしとはいかないだろうが、全力で協力しようじゃないか。
しかし、私は完全に甘く見ていた。勉強となると、オルフェルの集中力はグレイン以下だ。
すぐに欠伸をしはじめるか、キョロキョロとよそ見をはじめてしまう。
「少しも集中できてないね?」
「あきたっす。やっぱ無理に勉強するより、王都で就職先探すかなぁ」
「オルフェル、一度やると決めたことを、簡単に投げ出してはいけないよ?」
「でも、カタ学の近くのパンケーキ屋とかで働けば、ミラナに会えると思うんっすよね」
「うーん、まずは目的をはっきりさせてみようか。きみは、パンケーキ屋でミラナがくるのを待っていられれば、それで満足なのか?」
「あー、ちがったっすね……」
「やるかい?」
「やるっす!」
――うんうん。やっと集中しはじめた。
下心とはいえ、オルフェルには明確な目的がある。
私の仕事は、彼が飽きてだれるたびに、それを思い出させることだった。
彼は集中をはじめるのに時間はかかるものの、一度集中してしまえば驚くほど持ちがいい。
素早く集中を開始できれば、時間を無駄にすることもないだろう。
――お。すごいすごい。順調だね。
しかし次の日になると、彼はまた勉強の意味を見失っていた。
「はぁー! なんなんっすか? 魔法陣って。なんでこんな意味わかんねーもの、何度も書かなきゃいけねーの」
「うーん、そうだね。魔法陣は公式みたいなものだから、これを見ただけでは意味はわからない。だけど、しっかり覚えれば、いろいろな魔法が簡単に発動できるんだ。たとえばこの土属性の魔法陣は、呪文で石を土に変えることができるよ」
「俺どうせ、炎属性魔法しか使えねーっすよ。フィネーレがすねるっすから」
ペンを鼻の下に挟んで口を尖らせ、中空を見あげるオルフェル。めんどうなものを避けたい気持ちを、全力で表現している顔だ。
「あー、確かにそうなんだけど、連携魔法っていうのがあってね? 実戦では、自分の属性だけ解ってればいいってものでもないから……」
「土と火の連携魔法ってボルケーノイラプションっすよね?」
「代表的なのはそうだね。よく知ってるね!」
「ど派手な魔法はおもしれーっすからね! 俺、結構詳しいっすよ?」
私が少し褒めると、得意げな顔をするオルフェル。
ボルケーノイラプションは、魔導書や魔法図鑑を読めば必ず載っている、恐ろしい極大魔法だった。
地面ならどこでも、火山のようにマグマを噴火させることができる。
しかし、イニシスにこれを使える魔導師はいないし、被害が甚大すぎるため、大きな戦争でも使われたという話は聞かない。
試験に出る実用的な魔法より、使う機会のない派手な魔法に興味があるのは、男子なら仕方のないことだ。
「まぁ、でも、そんなこえーの、実際使わねーっすからね。やっぱり、覚えても意味ねーっす」
「……だけどほら、これ書いてカタ学に合格すれば、毎日ミラナに会えるよ?」
「おぉ……! そうだった」
屁理屈を言って拒否してくるときは、とりあえずミラナを持ち出しておく。
単純なのか、私がついていれば、スイッチを入れるのは難しくなかった。
しかし、私は休暇が終われば、王都に帰らなくてはならない。
私がいない間も、彼がひとりで勉強を継続できるようにしておかなくてはならないだろう。
私は最初の二か月で、勉強を教えたというよりは、勉強に向き合うための姿勢を教えこんだ。
「オルフェル。まずはこの砂時計の砂が半分落ちるまで集中してみよう。それができたら、少しずつ集中する時間を伸ばそうね」
「なるほど、半分ならいけそうっす」
「それから、やる気を出すためのリチュアルを取り入れるといいね。これから集中するぞ! ってときにする動作を習慣にすることで、素早く集中できるようになるよ」
「リチュアルっすか?」
「手を三回叩く、とか深呼吸をするとか手軽なのがいいね」
「なるほど、やる気のトリガーっすね! それならできそうっす」
「よかった。今度の休暇で帰ってきたら模擬試験をするからね? ここまではやっておくんだよ」
「四ヶ月でこんなに……?」
「オルフェルはできるよ。いまから期間を細かく分けて、勉強の計画を立てよう」
「助かるっす!」
また無邪気に笑うオルフェル。二カ月がたつころには、ずいぶん勉強に取り組む姿勢も変わってきた。
そのうち勉強の面白さに気づき、模擬試験で結果が出せれば、ぐっと調子が出てくるだろう。
――成長するもんだな。
もし、グレインが成長していたなら、いまの彼くらいの背丈になっていただろうか。
いまも弟を思わせる、可愛い後輩。
「一緒に乗り越えよう」と言ってくれた、その言葉どおりに、彼はあの日以来、あれこれと理由をつけては、私に会いに来てくれた。
「応援してるよ、オルフェル」
私が王都に戻る日、私たちはベランカと三人でグレインの墓参りをして別れたのだった。




