077 ライオンの夢1~グレイン、どこだい?~
場所:夢の中
語り:シェイン・クーラー
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――夢を見ていた。星空に浮かぶ不思議な神殿のなかで。
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「グレイン! グレイン、どこだい? 隠れてないで出ておいで」
「おにぃさま、グレインはどうして、あんなにかくれんぼが好きなのかしら」
「どうしてだろうな。ベランカ、一緒に探してくれるかい?」
「よろしくてよ、おにぃさま」
幼いころ、私、シェイン・クーラーは、すぐにどこかに隠れてしまうグレインを、いつもいつも探していた。
――まったく、困った弟だ。元気がいいのはいいことだけど、もっとしっかり勉強させないと。新しいお父様とお母様に申しわけないよ。
両親を亡くした私は七歳のころ、弟とともに遠縁のクーラー家に引き取られた。
新しい土地に、新しい両親。慣れないことが多すぎて、私は少し戸惑っていた。
新しいお父様は、いくつもの領地を所有するクーラー伯爵だ。
白髪交じりの立派な口髭を貯えた上品な紳士であったが、どこか素朴で穏やかな人だった。
お母様になったクーラー婦人も、病弱ではあるが花のように美しく、心優しい。
そして、私たち兄弟を実の子のように可愛がってくれた。
妹になったベランカは六歳。すまし顔をしたお嬢さんに見えたが、幼いながらも優雅な振る舞いが可愛いらしい。
意外とすぐに私に懐いて、私のあとを付いてくるようになった。
なによりも、私たち兄弟を引き離さず、一緒に引き取ってもらえたことがうれしい。
私にとってグレインは、この世界にただ一人の、血のつながった大切な弟なのだ。
幸運にも素晴らしい家族に恵まれた私だったが、イコロ村があまりに田舎すぎて、はじめは少し驚いた。
しかし、この村はほかにはないくらい安全で、居心地のいい場所だった。
立派な城壁はないものの、守護精霊持ちの魔導師が多く、村の警備も万全に見える。
クーラー夫妻は、街を大きくすることより、精霊と共存することのほうがよほど大切だと考えていたのだ。
村周辺の豊かな自然を守りつつ、村人の魔法訓練にも力を入れているようだった。
魔法を覚えることは、人々が精霊たちとより心を通わせることにもつながるのだ。
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――こんなにいい環境で、よくしてもらえるなんて幸せなことだな。
――クーラー夫妻の期待に応えられる、立派な後継にならないと。
私たち兄弟は、貴族の遠縁とはいえ平民の暮らしをしていたため、貴族らしい振る舞いというものができなかった。
しかしまだ、私たちは五歳と七歳だ。これからいくらでも勉強できる。
勉強や訓練が始まると、私は懸命に取り組んだ。
しかし、グレインはもともと、やんちゃがすぎる弟だ。
高価な皿を割ってみたり、勉強や訓練の時間になるとどこかへ隠れたりと、とにかくまったく落ち着きがない。
――グレインの明るさは可愛いところではあるんだけどね……。どうにも心配が尽きないな。病弱なお母様にも、あんなに手を焼かせてしまって……。
いま思えば、両親は弟のやんちゃな部分も、気にせず可愛がってくれていたと思う。
しかし当時の私は、どうしても申しわけなく感じてしまった。
そういうわけで私は、自ら弟に勉強を教えるようになった。
両親が雇った顔の怖い先生では、よけいにグレインが逃げてしまうからだ。
隠れているグレインを探し出しては、捕まえて勉強させる。いつしかそれが、私の日課になっていた。
ベランカも私を助けるため、いつも一緒になってグレインを探してくれる。
そんなある日、私たちは屋敷の前でグレインと同じ赤い頭を見つけ、後ろから声をかけた。
「グレイン、勉強の時間だよ。戻って勉強しよう」
「グエイン?」
振り返った少年は、私を見て首を傾げた。後ろ姿は弟にそっくりだったが、目鼻立ちがはっきりして、弟よりいくらか整った顔立ちだ。
しかし鼻水が出ているし、弟と同じであまり賢そうには見えない。
まぁ、五歳児なんて、みんなそんなものなのかもしれないが。
「ごめん、弟のグレインと間違えたみたいだ」
「ん? グエインのおにぃちゃんとおねぇちゃん? グエインさがしてりゅの?」
「うん、どこにいるか知ってるかな?」
「うん! ぼく、グエインとかくえんぼしてりゅ! ぼく、おに!」
「君は……?」
「ぼく、おりゅふぇりゅ!」
「そうか、オリュフェリュ。一緒にグレインを探してくれるかい?」
「うん!」
「レ」と「ル」が言えない彼の名前が、オルフェルだとわかったのは、それから一時間後のことだった。
グレインは全然知らない人の家にあがりこみ、お年寄りと話し込んでいたのだ。そのうえ、お茶とクッキーをいただいて、そのまま昼寝をしてしまっていた。
こんなの見つけるのは絶対無理だ。
しかし、オルフェルは突然、「あっ!」と叫んだかと思うと、そのお年寄りの家にあがっていった。
「じりゅふばぁちゃん! グエインきてりゅー?」
「おー、オルフェル。グレインなら気持ちよさそうに寝ておるよ」
二人が勝手にあがりこんだそこは、エニー・ニーフォルの祖母の家だった。オルフェルが元気に声をかけると、私たちは優しい笑顔で迎え入れられた。
エニーがお年寄りとクッキーを食べながらキャッキャと話をしている横で、グレインはグーグーと寝息を立てていた。
毛布をかけてもらい、ずいぶんと幸せそうに眠っている。人の気も知らず呑気なものだ。だけどその幸せそうな寝顔を見ると、私はホッと胸を撫でおろした。
大切な弟が誘拐されてしまったのではないかと、実は少し、不安になりはじめていたのだ。
「ここにいたー! めちゃくちゃさがしたー!」
オルフェルは寝ているグレインに駆け寄って腹の上にまたがると、問答無用でグレインを叩き起こした。
「いってー! あーっ、めっかったぁ」
「かくえんぼちゅうに、ねりゅなぁー!」
「ぎゃはは! すんげーねたー!」
楽しそうにゲラゲラ笑っている二人。いったいいつの間に、こんなに仲よくなったのだろうか。
引っ越してきたばかりの弟に、新しい友達ができたことが、私は素直にうれしかった。
ついつい緩みそうになる表情を、少し厳しく作り直して、私は弟に声をかけた。
「グレイン、こんなところで、なにしてるんだい? 勉強の時間が終わってしまうよ」
「にーちゃん! オレべんきょーいやだぁぁー!」
「ぼくもべんきょーいやだぁぁー!」
「「ぎゃはは」」
よく似た赤毛の少年二人が、まるで双子のように声をそろえるのを見て、私は思わず苦笑いを浮かべた。
「すみません、弟がご迷惑をおかけしました」
「えーよ、えーよ。楽しかったよ」
「帰るよ、グレイン! オルフェルもおいで」
「えー!? ぼくもクッキーたべてくー!」
「うんうん♪ オル君も一緒に食べょ☆ ジルフばーちゃんのクッキー美味しいょ♪」
エニーが眩しいほどの笑顔を浮かべて手招きすると、オルフェルは嬉しそうに彼女の隣に座り、さっそくクッキーを食べ始めた。
「あんたたちもここに座って、クッキー食べていきな?」
「いえ、僕はそんな……」
「おにぃさまん。わたくしも、あのクッキーをいただきたいですわ」
「えぇっ……!?」
急いで弟たちを連れ帰ろうとしていた私だったが、可愛いベランカに見詰められると断れない。
私は結局、言われるまま席に座り、お茶とクッキーをいただいてしまったのだった。




