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三頭犬と魔物使い~幼なじみにテイムされてました~  作者: 花車
第6章 封印と古傷

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076 できない約束~ツヅミナの舞う夜に~

改稿しました(2024/10/10)


 場所:スビレー湖

 語り:オルフェル・セルティンガー

 *************



 キジーに蹴られながらテントを出ると、そこにはやはり見覚えのある景色が広がっていた。


 スビレー湖の前に、ミラナがぼんやりと立っている。



「ツヅミナの綿毛が飛んでるな」


「きれいだね……」



 俺が近づいて話しかけると、ミラナがこっちを振り返った。星あかりに照らされた儚げな表情がきれいだ。


 辺り一面に白く光る綿毛が飛んでいる。ツヅミナは魔力を持った珍しい花だ。


 春になると黄色い花を咲かせ、花が終わると種のついたふわふわの綿毛になる。


 それを遠くへ飛ばすため、ツヅミナが魔力を放出すると、微精霊たちがよってきて、キラキラと光るのだ。


 すっかり暗くなった湖が星とツヅミナに照らされ、その景色はとても幻想的だった。


 さっき見た記憶のせいで、まだ少しドキドキしている俺。


 だけど俺たちは、もうとっくに別れているらしい。


 そんな記憶を思い出しても、余計に悲しくなるだけだった。



「ミラナも、俺よりグレインがよかった?」



 つい口を突いて出た言葉に、俺自身も少し驚いてしまう。ミラナは一瞬表情を硬直させ、その後小さなため息をついた。



「また、そんなこと言ってる。三百年前にも同じこと言われたよ」


「え、ごめん……」


「私たち、また同じこと、繰り返すのかな……」


「俺には、なんのことかわかんねーよ」



 不機嫌な声を出した俺にミラナが歩み寄ってきた。少し悲しげな表情で俺を見あげている。



「私……ちゃんと言ったよ。最初から、好きなのはオルフェルだけだって。三百年前にもここで、真剣な気持ちをあなたに伝えた……」


「それ、本当に……?」


「うん……」


「ミラナ……。もう俺たち、本当にダメなの? なんかしたなら俺、謝るからさ……。もう一回、俺と……」



 俺はミラナの手を取って、彼女の顔を覗き込んだ。


 なにがあったのかはわからないけど、彼女がいまも俺を好きな気がして……。


 俺がじっとミラナを見詰めると、彼女の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。



「違うよ、オルフェル……」


「うん……。なにが違うの?」


「私がオルフェルを振ったんじゃなくて、オルフェルが私を振ったんだよ」


「へ?」



 ミラナが唇を噛み締め、俺から目を逸らして下を向く。そんな彼女を見て、俺の脳内は混乱で埋め尽くされた。



「ウソつけ。そんなわけねー。俺、十歳のときからミラナしか見えてねーのに」


「ウソだよ。オルフェルはほかにも好きな人がいたじゃない」


「いや。いねーし!」


「私はオルフェルよりもっと前から好きだったもん」


「いや、ウソつけ……俺、何回ミラナに振られたと思ってんの? なにその負けず嫌い」


「ほら、また怒る。オルフェルは、そうやって怒って、私を捨てていったんだよ」


「いや、ウソだ」


「ウソじゃないもん」



 口を尖らせるミラナを見て、今度は俺がため息をついた。


 腹が立ったからと、俺がミラナを捨てただなんて、きっとなにかの間違いだ。


 それに、ミラナ以外なんて、俺は考えたこともない。



「そんなのありえねーよ。俺、こんなにミラナが好きなのに。なぁミラナは? ミラナはもう、俺のこと好きじゃねーの?」


「だっ……大好き……」



 目を泳がせながらも、ミラナが真っ赤になってボソリと言う。もう、俺はミラナが可愛くてたまらない。


 どうしようもない期待感に、急激にテンションが跳ね上がる。



「よかった! だったらミラナ、俺たちまた恋人に……」


「それは、ダメッ」


「なんでっ!?」



 また声を荒げる俺。彼女の肩を持って迫ると、両腕を突き出して押し戻された。


 だけどいま手をはなすと、彼女はまた、走ってテントに戻ってしまいそうだ。


 俺は焦りに震える手で、ミラナが突き出した腕をしっかと掴んだ。



「なんでだよ」


「だって、オルフェルは、絶対また私を振るもん」


「えっ? 振らねーし」


「絶対振るもん」


「振らねーし!?」


「ほら怒ってる」


「怒ってねーよ!?」



 ミラナとのこのやりとりは、驚くほど長い、長い長い平行線を辿った。俺がどんなに否定しても、彼女は首を横に振るばかりだ。


 だけどこんな理由はあり得ない。俺はすっかり困りはてた。



「はぁー? なんなんだよ。百万歩譲って俺がミラナを振ったとして、なんで振ったの?」


「それは……」


「理由くらいあんだろ?」


「言いたくない」


「いや、言えって」



 普段の俺なら、こんなにミラナを問い詰めたりはしない。


 ミラナを困らせるのは好きではないし、俺はそもそも、真面目な話が苦手なのだ。


 だから聞きたいことがあっても、嫌な話だろうと思うと、自分で話をそらしてしまう。


 だけどこれだけは、どうしても納得がいかなかった。


 いつもよりしつこく食い下がる俺に、ミラナはだんまりを決め込んでいる。



「はぁーありえねー。さっき俺のこと大好きって言ってたくせに……。いつもあんな抱きしめて、俺を(もてあそ)んでるくせに……。恋人にはしたくないなんて、ほんとひでーな」



 俺が肩をすくめてため息をつくと、ミラナは突然、グスグスと泣きはじめた。



「ぐすっ……ごめんなさい。オルフェルが、まだ私を好きだったころに戻ったって思ったら、私、嬉しくなっちゃったの……」


「え……?」


「ひっく……オルフェルが、このままなにも、思い出さなければいいのにって……そう思って……っ」


「ふむ……?」


「ぐすっ……ダメって、わかってたんだよ? だけど、振られたけど、好きだから……。いまだけ、ちょっとだけ、犬だけならいいかなって、思っちゃって……ひっく」


「おぉ……」


「……だっ、抱きしめたりして、ごめんなさいっ」


「あの、ミラナさん……? さっきから、めちゃくちゃ可愛いこと言ってるって、自覚あんの……? 俺、いますぐミラナを抱きしめたいんだけど……?」



 可愛い言いわけをはじめたミラナを前に、猛烈にソワソワする俺。


 ここまでミラナに愛されていたなんて、俺は夢にも思ってなかった。


 いま俺に尻尾があったら、ガンガンに振ってるところだ。



「うっ……。いつまでも未練がましくて、ほんとに、ごめんなさい……。もう、抱きしめたりしません……。がまんします……。ひっく、ごめんなさい」


「えぇっ……!? あのぉ、ミラナさん? あやまんなくていいから、ぜんぜんいいから!? 恋人になってくれたらそれでいいからね?」


「ぐす……ダメなの……! 私、ひどいから……。絶対またオルフェルに嫌われるんだもん……」


「えぇ? だから、嫌わねーってば……」



 焦ったり喜んだりしながらも、必死にミラナを説得する俺。だけどミラナは声を震わせるばかりで、完全なる頑固さんモードだ。



――これ、いったいどうしたらいーの?



 ミラナは俺を近づけさせまいと、ずっと腕を突き出している。


 このおかしな状況に、俺は何度も首を傾げた。


 ミラナの話が本当なら、俺たちは子供のころからずっと、両思いだったということになる。


 だったらなぜ振られたんだという疑問は、この際だから置いておこう。


 問題は、振られたことより、振ると思われているほうだ。



「なぁ、俺絶対振らねーから、俺の恋人になって?」


「ひっく、やだぁっ、もう、オルフェルに振られるのやだもんっ」


「振らねーって言ってんのに、なんでそうなんの?」


「だって、わかったでしょ? 私、自分勝手で最低なんだよ。また振られるのわかってるんだもん。うっ、うぁーん!」


「あぁ、もう。そんな泣くなって。ミラナが最低なわけねーだろ」



――ミラナって、こんな困った泣き虫だったっけ……?



 彼女の白い頬を涙が次々に流れ落ちる。俺はミラナの頭を撫で、一生懸命慰めた。


 ミラナが泣くところを、見たことがないわけではない。


 グレインが死んだあとなんか、俺たちは二人で散々泣いたし、今日だってミラナはよく泣いていた。


 だけど突然王都を追い出されたとき、彼女は少しも涙を見せなかったのだ。


 彼女の心の強さに、あのときの俺は驚いたものだ。


 それなのに今日のミラナは、まるで迷子の子供だった。



――やっぱり、ミラナは変わったな。いや、俺が最初から、ミラナをよくわかってなかっただけか……?



 俺はずっと彼女が好きだった。笑顔も声も仕草も、怒った顔ですら好きだった。それなのにいまの俺は、なにひとつミラナがわからない。


 それは俺にとって、結構大きな発見だった。



――俺もうちょっと、ミラナのことわかってる気でいたんだけどな。想像以上に謎が多いぜ。


――でもこれ、いまも俺とミラナは両想いってことでいいんだよな……?


――それって普通に最高じゃねー?



 俺の記憶の中のミラナは、俺が話しかけると、いつも無表情に黙り込んでいた。


 そんな彼女が、これだけ涙を流しながら、俺に本当の気持ちを話してくれたのだ。


 俺にはそれが、すごく嬉しいことに思えた。


 恋人になってくれないのは相変わらずだけど、こんなに愛されているのなら、そのうちきっとなんとかなる。


 戸惑っていた俺の心に、しだいに高揚感が戻ってきた。



「なぁ、キスしていい? 俺今日頑張ったし、一回だけ」



 調子に乗って褒美をせがむと、ミラナが伏せていた顔を上げた。そのまま少し恨めしそうに、じっと俺を見詰めている。



「この先なにがあっても、なにを思い出しても、俺はぜったいミラナを嫌ったりしねー」


「ウソだよ、そんなの」


「すぐに信じてくれなくてもいい。だけど、ミラナが信じてくれるまで、俺、ほんとに諦めねーから」


「……できない約束をするのが、オルフェルの悪い癖だよ」


「うっせー」



 また俯いた彼女の頬に、俺は勝手にキスをした。


 いまの俺にとってははじめてのキスだ。


 それは少しほろ苦い、涙の味がした。


挿絵(By みてみん)


 グレインのことで凹んでいるオルフェルを見かねて、自分の気持ちを伝えるミラナ。


 だけど彼女は、自分はオルフェルに振られたんだと主張しています。


 好きだと言いつつ恋人になってくれないミラナに、ソワソワするオルフェル君でした。


 次回、第七十七話 ライオンの夢1~グレイン、どこだい?~をお楽しみに!


挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[良い点] ひとまず初?キスおめでとう! 二人の関係が一歩前進したのは間違いないはずです。 [気になる点] これは困りました。 ホントに何があったんでしょう。 理不尽にも思えるミラナの主張ですけど、…
[良い点] ドキドキしながら読み進めてます! [一言] これからも頑張ってください(*^^*)
[良い点] ミラナ、かわいい。 オルフェくん、我慢は男を上げるよ!(たぶん) うあー、過去の二人がますますきーにーなーるー! でもミラナも思い込み激しいところあるから勝手に振られたって思ってる可…
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