075 モヤモヤ~元気ないね?~
場所:スビレーの遺跡
語り:オルフェル・セルティンガー
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「ほんとお疲れ様! 無事に終わってよかったね、ミラナ!」
「ありがとう、キジー!」
「テイムは順調だったね。二匹ともわりとすぐ成功してたし」
「本当にありがとうございます! カミルさん!」
カミルさんの感心した声がする。遺跡から出てきた俺たちは、封印の見えない壁の前で、最後の挨拶をしていた。
ミラナはさっきから、もう何度目かわからないくらいに、お礼ばかり言っては、深々と頭をさげている。
ほっとしたのか、テイムが終わってから泣きつづけていて、いまも目の周りがかなり赤い。だけどその表情はスビレー湖の夜空に瞬く星のように輝いていた。
遠目から見ている俺にも、彼女がいま、達成感で高揚しているのだとわかる。
「皆さんのおかげです。本当に本当に、ありがとうございました!」
「いやいや、いいものを見せてもらったよ。あんな巨大な魔物をテイムしてしまうとは。皆で弱らせたとはいえ、聞いていたとおりすごいな」
「驚きましたわ。うまく調教できれば、すごい戦力になりそうですわね」
「防衛隊からもギルドにたくさん依頼を出してるから。今後の活躍に期待してるよ」
「はっ、はい! 頑張ります!」
腕組みをして頷く騎士団長の隣で、カミルさんも感心した様子でミラナを褒めてくれた。
マリルさんも優雅な微笑みを浮かべて、ミラナに期待を込めた視線を送る。
ミラナは涙を拭いながらも、力強くそれに応えた。
マリルさんが馬車に乗り込むと、エロイーズさんも御者台に座る。
「シンソニー大きくてびっくり。これもらっても?」
「どうぞどうぞ!」
クレーンさんは、戦闘中に舞い散った双頭鳥の羽を拾い集めていた。シンソニーが笑顔で答えると、被っていた茶色い帽子に飾り付け、満足げに笑っている。
彼はシンソニーが気に入ったみたいだ。人間に戻ったシンソニーと握手して、彼も馬車に乗り込んだ。
俺は、コルニスさんにあらためて傷を見てもらいながら、ぼんやりとそんな様子を見ていた。
たいしたケガはしていない。ただ、少し気持ちが落ちてしまった。
ずっと俺の闘士を沸き立たせていた、『攻撃モード』が終わった反動かもしれない。
――マリルさんたちと、もっと話したかったのにな……。うぅ。なんか、気力がわかねー。
マリルさんたちを乗せた馬車が動き出し、ミラナが手を振っている。
ミラナはもしかすると、魔力が尽きかけなのかもしれない。
あんなに暴走したというのに、俺はまだ人間のままだ。
あのとき魔力に余裕があれば、彼女は俺を犬にするなり、沈静化するなりしただろう。
「事情はよくわからないけど、なんだか、かなり気落ちしてるようだね……? もうどこもケガはないけど美味しいものでも食べて、気持ちを休めたほうがいいですよ」
「はぁ……」
木にもたれてうえを向いたままの俺に、コルニスさんが、優しく声をかけてくれる。
こんなたいへんなことを手伝ってもらっておいて、ろくに礼を言う気力もないとは。
――情けね……。
俺は心の中で、少し自嘲気味に呟く。
「じゃぁ、私たちもいくよ。元気のないワンコ君が少し心配だが、仕事にもどらなくてはならない。街まで送ってあげられなくてすまないな」
「いえいえ、とんでもないです!」
「アンタと風になるなんてごめんだよ」
「そうだったな。気をつけて帰るんだぞ」
俺が凹んでいる間に、騎士団長たちも風になって飛び去ってしまった。みなの心配と気遣いが、重い心に刺さっている。
助っ人の皆さんの姿が見えなくなると、ミラナたちも俺の周りに集まってきた。
「オルフェ、大丈夫……?」
「どうしたのさ。本当に元気ないね? 三頭犬……」
シンソニーは俺の前にしゃがみ込み、ぼんやり座っている俺の顔を覗き込んだ。キジーも珍しく心配そうだ。
「オルフェル……。ごめんね、カームダウンがなかなか効かなかったから……」
ミラナは自分の混乱攻撃のせいで、俺が傷ついたと思っているようだ。闇属性のミラナが、自分を責めるのはあまりよくない。
――いつまでも、こうしてるわけにはいかねーか。
「いや、ミラナのせいじゃねーよ」
俺はなんとか気力を搾り出し、立ちあがった。
本当なら、念願のテイムに成功したミラナと、手を取りあって喜びたかった。
それができず、楽しいはずの雰囲気を台無しにしている自分が嫌だ。その悔しさが、さらに俺の胸を抉っている。
だけど今回ばかりは、俺も無理にははしゃげなかった。
――いまは、ミラナたちにケガさせず、無事に帰ることだけ考えよう。
――みんなになんかあったら耐えらんねー。
「心配かけて悪い……。でも大丈夫だ。帰りも油断できねーからな。気合い入れるぜ」
「そうだね。気を抜いてちゃ危ないよ」
俺は来たとき以上に気を張って、慎重にもときた道を引き返した。
△
辺りが暗くなりはじめたころ、俺たちはまた、スビレー湖にたどり着いた。
「急がないと真っ暗になっちゃうね」
バックから出した食材を慌ただしく調理しながら、ミラナが少し、焦った声を出した。
今日もまた、俺たちは昨日と同じ場所で野営することにしたのだ。
ここも安全なわけではないけど、森のなかはどこも危険だ。
それなら少しでも、景色がいいほうがいいだろう。
ここなら水もあって、風呂にも入れる。
「まぁ、暗くなっても火ならいくらでも出せるぜ」
「だめだよ。今日はもう、魔力使わないでね。見張りも私たちでやるから、オルフェルは寝ていいよ」
「そうか……。え? 風呂は?」
「そんなの、毎日入らなくても大丈夫だよ」
さっきから、俺が魔力を使うのを、ミラナが嫌がっている。
いくらでもあるように感じる魔力だけど、使いすぎると気力が落ちるらしい。
――ミラナ、相変わらず不器用だけど、野営は本当にへっちゃらみたいだな。
魔物も出る森のなか、手慣れた様子で野営するミラナに、俺はいまさらながらに首を傾げた。
虫を嫌がったり、汚れるのを嫌ったりする様子もない。
『お風呂に毎日入らないなんて不潔だよ』なんて、彼女がすごく言いそうなんだけど。
――俺は風呂入りたかった。
仕方なく、テントを組み立て、なかに入ってぼんやりする。
昨夜は一度も入らなかったけど、入ってみると思った以上に狭いテントだ。
やっぱり俺がミラナやキジーと一緒に、ここで寝るのは無理がある。
――そういや俺、昨日寝てなかったな。
――なんにも手伝わせてもらえねーし、スープができるまで寝るか……。
皆が寝るころにどけばいいだろうと、俺は毛布のうえに転がった。
少し目を瞑ると、ものすごい眠気が襲ってきて、俺は夢のなかに落ちていった。
△
ふと目が覚めると、ミラナが俺の隣に寝ていた。
狭いテントのなかだ。寝息がかかるくらい近い。
彼女の細い指が、しっかりと俺の手を握っている。
長いまつ毛が彩る白い肌。
桃色に色づいた頬と唇。
サラサラと流れる薄茶の長い髪。
――ほんと、可愛いな。
愛しさが胸にこみあげて、俺は少し体を起こし、その頬に唇を寄せた。
「うん……オルフェル……?」
「ミラナ、おはよ」
「おはよ」
俺がミラナを見詰めると、ミラナはまだ眠そうな顔でふふっと微笑む。
彼女が顔を寄せてきて、俺たちは唇をあわせた。
――ミラナ、やわらけー……。
唇を離すと、ミラナが幸せそうに俺に抱きついてくる。
『すきだよ……』
「俺もすき……」
「げげっ、触んないで? なに? すけべな夢みてんの? 最悪」
「いてぇっ」
すごい衝撃を感じて目をあけると、俺の腹部にキジーの蹴りが入っていた。
寝ぼけてキジーの膝を触ってしまったようだ。
「もう、寝るんだから、そろそろ出ていってよ」
「ぐっ……すません……。キジーさん、まさか、俺の寝言、聞いてた?」
「いいからでてっ。キモちわるい! よだれ出てる!」
「ぐふっ」
キジーが真っ赤な顔で、俺にふたたび蹴りを入れた。
なにか恥ずかしい寝言を、聞かれてしまったようだ。
――ゆ、夢だったのか!? いや、これは完全に記憶だな……!?
――やべー、なにあれ!? 当たり前みたいに一緒に寝てたけど!?
――くそー! まだ俺、なにも手出してないのに……。
顔が熱くなるのを感じながらテントを出ると、そこはやはり、見覚えのある景色だった。
そして、湖の前に、ミラナがぼんやりと立っていた。




