074 シェイン~忘れられた約束~
改稿で400字ほど書き足しました(2024/9/30)
場所:スビレーの遺跡
語り:オルフェル・セルティンガー
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べランカさんがビーストケージに入ると、マリルさんが出していた燃え盛る鉄壁が消え去った。
視界が開け、巨大な泥沼から這いあがろうとしているキマイラの姿が再び目に入る。
腰から下が泥に埋まり、前足は土の上で踏ん張っていた。
こんな巨体を捕らえてしまうとは、初対面の二人で行っているとは思えない連携魔法だ。
「こっちも急いでくれる? この大きさのモラスは魔力消費はげしいよ」
「かけなおし。ナチュラルカバリング」
モラスを維持するカミルさんの表情に焦りの色が浮かんでいる。隣にいるクレーンさんもきつそうだ。額に汗がにじんでいる。
「お待たせしました!」
俺とマリルさんはキマイラに駆け寄り、ファイアーボールを撃ち放った。騎士団長とシンソニーは風の魔法攻撃だ。キマイラの金色の巨躯が爆炎に包まれながら悶えている。
「シェインさん! 俺たちと一緒に、ラ・シアンで楽しく暮らしましょうっ!」
「グォーーー!」「メェーーー!」
俺は攻撃を続けながら、必死にシェインさんに呼びかける。だけどその声は、彼の心まで届かないようだ。
狂気の瞳を光らせたライオンの頭が鋭い咆哮をあげると、背中のヤギ頭も狂ったように咆えだした。雷の魔力を帯びた球体が空中にいくつも浮かびあがり、あちこちで鋭い光を放っている。空気がビリビリと震えているようだ。
危険を感じてミラナの方を確認すると、エロイーズさんの輝くシールドがミラナを守ってくれていた。俺は少し安心して、またキマイラに集中する。
空中の雷球に魔力が蓄えられると、縦横無尽に電撃が落ちはじめた。あちこちで地面が焦げ煙が上がる。一撃でもくらえば丸焦げだ。
俺は素早くそれをかわしながら、さらにファイアーボールを撃ち込んでいく。攻撃モードは防御主体の魔法や剣技が使えないけど、強化された脚力と騎士団長にかけてもらった高速化魔法のおかげで、なんとか落雷も避けられた。
だけど、シンソニーは大きすぎるせいで、まともに電撃を受けている。くらうたびに羽根が飛び散り、その巨躯から煙があがった。
「ピキー! 痛いよ! もうやめて、一緒に帰ろう、シェインさん!」
けたたましい声で叫ぶシンソニー。彼はバサッと飛びあがると、キマイラの背中に鉤爪をひっかけた。
そのまま地面にあがってこようとするキマイラを、巨大な翼で泥沼に押し込む。ずぶずぶと泥にはまりながら、シェインさんが暴れもがいている。
シンソニーは双頭についた鋭いクチバシで、ヤギの頭をザシッザシッと交互に突き刺しては食いちぎった。
あの優しいシンソニーとは思えない、凄まじい攻撃だ。普段ならビビってるところだけど、攻撃モードの影響で俺の心も高揚している。
「メェーー!」
ヤギ頭の動きが一層激しくなり、鋭く尖った大きなツノがスイングしてシンソニーの首元をかすめた。
「ピキーー!」
「あぶねー! シンソニー、無理すんな!」
「クキーーー!」「メェェ!」
危険な攻撃を受けながら、果敢に攻めるシンソニー。そのとき泥のなかからシェインさんの尻尾の蛇が顔をもたげた。冷酷な縦長の瞳孔を光らせ、いまにもシンソニーに襲いかかりそうだ。
――ドゴーーーーン!!――
蛇が鋭い牙の生えた口を極限まで開いた瞬間、二つの火炎球がその頭に直撃した。俺とマリルさんが同時に放ったファイアーボールだ。間一髪、尻尾は泥に沈んでいく。
だけどホッとする間もなく、魔力の蓄えられた雷球から再び電撃が落ち始める。宇宙のような異空間が白く光り、神殿中で雷鳴が轟いている。
キマイラの咆哮もより一層激しくなってきた。このままでは、シンソニーが焼き鳥になってしまいそうだ。
「コンフューズ!」
俺たちが必死に攻撃を叩きこんでいると、ミラナが混乱魔法を発動した。その瞬間、キマイラの激しい電撃が嘘のように止まる。
キマイラは這い出そうと地面についていた前足を力なく持ちあげ、尻を泥沼に沈めていく。鋭かった眼が光を失い、自分から沼にハマっていくようだ。
「調教魔法・テイム!」
ミラナが調教魔法を唱えた。
だけどキマイラは、混乱しつつもまだその魔法に抵抗している。
もっと体力を削る必要があるのだろう。
――ジャキーーン!――
俺はトリガーブレードを抜き、立ちあがったキマイラの胸元に飛び込んだ。
相手は巨大だ。やはり直接斬ったほうがダメージは大きい。
「フレイムスラッシュ!」
俺が剣を振りかぶり、彼の胸元を切り付けたそのとき、シンソニーの大きな翼が、ライオンの目を覆い隠した。
「グレイン……。どこにいるんだい……? グレイン……」
シェインさんの悲しげな声が響く。
彼は痛みと混乱に巨躯を震わせながら、死んだ弟を探すような仕草をはじめた。
巨大な前足が宙を彷徨う。グレインの名を呼ぶ悲しい声。また俺の動きが止まった。
キマイラはシンソニーを振り払おうと、体をよじって暴れはじめる。
「そこにいるのか……? グレイン!」
彷徨っていた前足が俺のほうに伸びてきた。複雑で懐かしい感情が渦巻く。俺の胸は締め付けられ、その痛みに歯を食いしばった。
「あぁぁー! グレイン! 僕の大事な弟……」
「シェインさん! 俺はオルフェル! グレインじゃねー!」
「グォーーー!」
絶望の叫びのような咆哮が、俺の体を震わせる。キマイラは激しく頭を揺さぶって、背中にいたシンソニーを振り払った。
「キキーー!」
あまりに激しい抵抗に、バサバサと舞いあがるシンソニー。
暴れもがいていた猛獣の動きが止まる。そして悲しみに沈んだ青い瞳が、目の前で立ち尽くす俺を真っすぐに見据えた。
「グルル……! きみか……オルフェル」
「シェインさ……」
「どうしてだ……。どうして……。死んだのは、オルフェルだと思っていたのに……」
「シェインさん、それは、言っちゃダメなやつですよ……!」
――ヴォン・ヴォン・ヴォン!――
キマイラの虚ろな瞳から、頬を伝い落ちる悲しみの涙。俺はそれを見あげながら、自分の胸の痛みをごまかすように、闇雲にトリガーを噴かしていた。
もしかすると、俺の目からも涙が出たのかもしれない。
だけど、身体中から炎が燃えあがって、その涙が流れ落ちることはなかった。
グレインが竜に食われるところを見たシェインさんは、それを俺だと思い込んだ。
仕方ない。誰だって家族を失えば混乱する。シェインさんは真面目だから、弟を守れなかった自分に苦しんでいた。
俺にだってそれは理解できる。
だけど、そうだとしても、やっぱり俺はその言葉を聞きたくなかった。
「俺は、オルフェル! グレインの代わりにはなれねーけど! それでも一緒に乗り越えようって、約束した! そうですよね? シェインさん。俺たちの大事な約束、忘れてんじゃねーよ!」
俺の放つ炎の斬撃が、キマイラの胸を切り刻む。
何度も、何度も、何度も……。
悲しみに任せて斬り付けた。
「オルフェ! もういいよ! そこまでだ!」
シンソニーの叫ぶ声が聞こえても、俺の剣を振る手は止まらない。
――ザー。――
燃えあがる俺のうえに、冷たい雨が降ってきた。
「オルフェル君、頭冷やしなよ」
いつの間にかモラスは閉じ、俺たちは大理石の床のうえに立っていた。
カミルさんの降らせた激しい雨のなか、俺はガックリと膝をつく。
そんな俺の前に、傷だらけのキマイラが、ズシーンと音を立てて倒れた。
「グレ……イン……」
「調教魔法・テイム」
――ピロリ♪ ピロリ♪ ピロリ♪――
悲しい呻き声が響く中、ミラナの腰のビーストケージに、キマイラの巨体が引き込まれていく。
俺はすっかり燃え尽きて、その場に前のめりに倒れ込んだ。




