073 ベランカ~痛みのうちに~
場所:スビレーの遺跡
語り:オルフェル・セルティンガー
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「絡まるイバラ。タングルオブソーン」
クレーンさんが土になった地面からイバラを生やした。
イバラはものすごい勢いで伸び、そのツルがあっという間にキマイラに絡みつく。
ハーゼンさんのイバラにも、引けを取らない勢いだ。
絡め取られたキマイラを見て、フロストスプライトの表情が凍りついた。
それから大きく目を見開いて、怒りに満ちた表情でクレーンさんのほうを向く。
――ビュオーー!――
突き出された彼女の手のひらから、水色の光を放つ氷混じりの風が吹き出してくる。
見た目は美しいけれど、文字どおり身を切り肌を刺す冷たい風だ。
クレーンさんは顔をしかめ、寒さと痛みに耐えながらもイバラでキマイラを締めあげている。
唸りながらもがき暴れるキマイラ。
――ビュオーー! パキパキ!――
冷たい風がさらに厳しくなり、勢いよく飛んでくる氷塊がクレーンさんの肩に突き刺さった。
「シャイニングシールド!」
「ヒール!」
光属性だというエロイーズさんの、光り輝くシールドが彼を守り、コルニスさんのヒールが傷を回復していく。
炎属性の俺もみんなを守る場面かもしれないけど、いま俺は攻撃モードだ。防御主体の行動はまったくとれない。
「眠りなさい……」
フロストスプライトが冷たい声でそう囁いている。この攻撃にはやはり、眠りの効果があるようだ。
だけど、エロイーズさんが入室前にかけてくれた保護魔法が俺たちを眠気から守っていた。
極薄い光の膜が張り付くように体を覆う上級魔法、シャイニングヴェールだ。
これを複数人にかけられるのだから、術者の技量はかなりのものだ。
対するスリープは生活魔法に近い。魔力を持ったおかあちゃんなら、子守唄でも発動できる。
「シンソニー解放レベル4!」
――ピーロリロン♪ ピーロリロン♪――
「シンソニー防御!」
――ピピピピピ―!――
「「ピキーー!」」
ワシの姿だったシンソニーが、巨大な双頭鳥に姿を変えた。
二つの頭が同時にけたたましい鳴き声をあげる、その迫力は圧巻だ。
シンソニーは大きな翼を羽ばたかせて風を起こし、冷気の風を吹き返しはじめた。
シンソニーも羽を広げると、シェインさんと変わらない大きさがある。
「すっげー! 巨大魔物対決だ! いっけー! シンソニー!」
「「クケーーー!」」
俺がシンソニーを応援していると、ボソボソ声のクレーンさんが少しだけ大きい声を出した。
「早く氷のやつ連れてって」
「はいっ! すいません」
――ジャキーーン!――
――ヴォン・ヴォン・ヴォン!――
俺はトリガーブレードのトリガーをふかしながら、フロストスプライト目がけて走りだした。
氷塊があちこち突き刺さってくるけど、防御できないのでそのまま走る。
「いてっ」と小さくつぶやくと、ミラナのデドゥンザペインが飛んできた。
フロストスプライトはいま、シンソニーに気を取られているようだ。
フワッと舞いあがり、空中に静止したまま、猛吹雪を起こしている。
巨大なうえに飛んでいるため、俺もかなり飛ばないと届かない。
脚に込めた魔力で炎を噴射し飛びあがる。
フロストスプライトの胸の辺りで、トリガーブレードを振りかぶった。
攻撃モードの俺は脚力も腕力も五割増しだ。
「フレイムジャーンプ! からの、バーチカル……! ぎゃふっ」
ジャンプ中の俺に、強烈な引っ掻き攻撃が入った。イバラを引きちぎったキマイラのするどい爪が、俺の背中を大きく引き裂く。
――いたっ!……くない!
俺は地面に叩きつけられ、ごろっと転がってうえを向いた。巨大な足が、俺を踏みつぶそうとしている。痛くはないけど動けない。
――やべ……! ほんとに玉砕か!?
「オルフェル!」「ワンコ君!」
ミラナと騎士団長の焦った声が列柱にこだまする。
かたまったままの俺を、騎士団長が素早く拾って風になった。
「うっほーー! 俺まで風になってる! すっげー!」
興奮する俺を、騎士団長がコルニスさんの前に転がした。すぐに彼のヒールが飛んでくる。
素早くて安心の対応。ヒールの効き目も強力だ。
「くっ。イバラじゃ止められない!」
「ならこれはどう? モラス!」
クレーンさんが悔しそうに喉を鳴らすと、今度はカミルさんが呪文を唱えた。
土の地面を泥沼に変える水属性の高度な魔法だ。
「グォー!」
唸り声をあげながら、キマイラがズブズブと泥に沈んでいく。
「やるね」
「きみこそ」
クレーンさんとカミルさんが一瞬だけ顔を見合わせ、ふっと笑いを浮かべた。
――初対面で連携魔法!? 二人ともかっけー! 俺も、今度は!
いつの間にかシンソニーは向きを変え、フロストスプライトを風でキマイラから押し離そうとしている。
「そのまま頼むぜ! シンソニー!」
「了解! オルフェ!」
シンソニーが起こす風に乗って、また高く飛び上がった俺。
高温の炎を巻きあげると、シンソニーの風が強烈な炎の竜巻に変わる。
――ビュオォォォーー!――
――ブォォォォーー!――
吹き荒れる吹雪を押して進む炎の竜巻。俺はそのなかから飛び出し、ベランカさんに一撃を振り下ろした。
「フレイムスラッシュ!」
「キギャー!」
――うわ、くそ。見てらんねー!
彼女の悲鳴に、俺の心が激しく痛む。フレイムスラッシュは浅く入り、俺は地面に転がり落ちた。
だけど、ベランカさんは炎の竜巻に後退りしている。シェインさんとの間に、少し距離を作ることができた。
「バーニングアイアンウォール!」
マリルさんの詠唱の声が響き、二匹の魔獣の間に、鋼鉄の壁が立ちあがった。高く分厚く大きい、驚くほどにずっしりした壁だ。
しかもそれが、ゴーゴーと燃え盛っている。本当に見事な引き剥がしだ。
――炎魔法でこんなかたくて巨大な壁を……!?
――盾を出すのも難しいってのに、こんなの聞いたこともねーよ!?
あまりのことに、燃え盛る壁を見あげてかたまる俺。
なにもない場所から物質を作り出す高度な魔法。しかも、このあり得ない大きさだ。
これは完全に、天才の領域だろう。
「マリルさん、すげっ」
「えぇ。でも、魔力消費の激しい魔法ですの。長くは持ちませんわよ。早くそのかたを弱らせてくださる?」
「はっ、はいっ!」
「おにぃさま……! シェインおにぃさま……!」
俺のフレイムスラッシュは、傷口が長く燃えつづける魔法の斬撃だ。
浅く入ったとはいえ、ベランカさんは燃える傷口に苦しんでいる。
彼女はそのまま地面に膝をつくと、悲しい声でシェインさんを呼びはじめた。
「おにぃさま……!」
縋るように壁の向こうに手を伸ばすベランカさん。だけど、その壁を包む激しい炎に動きが止まる。
その切ない行動に、俺の剣を握る手の力が抜けた。
――ベランカさん、ごめんなさい!
「オルフェル、早く!」
尻込みする俺の背中に、ミラナの急かす声が飛んでくる。
騎士団長と、攻撃モードに変更されたシンソニーが、ベランカさんに攻撃を開始した。
「クケー!」「ピキー!」
「ライトニングソード!」
シンソニーの二つのクチバシがフロストスプライトの体を砕き、騎士団長が出現させた強烈な雷の剣も、次々とそこに突き刺さる。
燃える壁の向こうでは、クレーンさんとカミルさんも頑張ってくれているはずだ。
「わかってるぜ!」
俺は剣を鞘に戻し、ファイアーボールを撃ち放った。こっちのほうが剣技より威力を調整できる。
ベランカさんは取り乱した様子で、氷塊を飛ばし攻撃してきた。だけど、その様子には少しも最初の迫力がない。
「調教魔法・カームダウン!」
みなが攻撃を撃ち込むなか、ミラナが沈静化の魔法をかけた。
「おにぃさま……おにぃさま……」
フロストスプライトが、しおしおと地面に手をつく。
胸がズキズキと痛んで、俺は唇を噛み締めた。
皆が攻撃の手を止めると、ミラナがフロストスプライトに歩み寄っていく。
俺は手を突き出し、いつでもファイアーボールを放てる体勢を作った。
攻撃モードの俺がミラナを守るには、ベランカさんを攻撃するしかないのだ。
「ベランカさん、私と一緒に来てください。私が責任をもって、あなたとシェインさんをお世話します」
うらめしそうにミラナを睨んだベランカさんに、ミラナが静かに呪文を唱え笛を奏でた。
「調教魔法・テイム」
――ピロリ♪ ピロリ♪ ピロリ♪――
俺たちが息を呑んで見守るなか、フロストスプライトはミラナの腰のビーストケージに引きずり込まれた。




