072 隔離~玉砕覚悟で~
場所:スビレーの遺跡
語り:オルフェル・セルティンガー
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キジーの案内で、シェインさんたちのいる場所の前まで来た俺たち。
一見なにもないただの石の壁に見えるけど、この奥にはなんと、隠された部屋が存在するのだという。
なによりも驚きなのは、キジーには封印を解除する前から、この壁の向こうにいる魔物の姿がはっきりと見えているということだ。
キジーの最上級魔法(しかも二種類!)に、俺は本当に驚いた。驚きすぎてすっかり興奮気味だ。
だけどいま、俺の口数が妙に多いのは、ミラナがかけた攻撃命令のせいだった。
さっき出くわした魔物との戦闘中にかけられて、待機中の今も闘志が湧きたったままなのだ。
騎士団長にウィンドクイックという高速化魔法をかけてもらったこともあり、俺はもう、うずうずして仕方がなかった。
俺が大声を出すたび、キジーが少し呆れた顔をしているけど、そんな感じなので許してほしい。
「ピキー! クケーッ」
いまはワシの姿のシンソニーも、攻撃モードでやる気に溢れ、きりりとした顔つきだ。
鳴き声にも気合いが入っている。
コルニスさんと相談して、回復魔法は任せることになったようだ。
俺もここに着くまで、同じ炎属性魔導師のマリルさんと、役割分担を話しあった。
手伝いに来てくれたほかの魔導師の皆さんも、準備万端という顔をしている。
「よーし、待ってろよ、先輩! いま俺がボコボコにしてやるぜ!」
「ピキー! クケケー!」
「二人とも、すごい気合いだけど、ケージに入る程度に落ち着かせるだけでいいからね?」
ソワソワする俺たちを前に、ミラナが少し不安げな顔をする。
さっき皆でミラナの説明を聞いて、俺も手順は理解しているつもりだ。
先輩たちが撒き餌を食べはじめたり、混乱や沈静化の魔法にかかったら、攻撃をやめてテイムを試すのだ。
もし抵抗が強すぎて、ケージに引き込めなければ、また攻撃を再開する。テイム作業はその繰り返しのようだ。
「わかってるぜ! 様子見ながらちょっとずつボコボコにすればいーんだろ」
「オルフェルは炎だから、まずは炎が苦手なベランカさんをお願いね。二人を引き離して、一人ずつテイムしたいから……」
「うぁ。あの二人を引き離すのは、ちょっと気がひけるぜ……」
「魔物たちはもともと、仲のよい兄妹なんですってね」
「そうなんですよ。仲いいっていう次元じゃないいちゃつきっぷりで、だれも間に入れないくらいだったんですよ」
俺がそう言うと、マリルさんは口に手を当て「まぁ! そうなんですの?」と、驚いた顔をした。
俺より明るい色の赤毛が、クルクルしたツインテールになっていて、品のいい感じの綺麗な人だ。
彼女の前には、大きな白い盾を持った護衛のエロイーズさんが、勇ましい顔で立っている。
彼女からは『マリル様は絶対私が守りますっ』という強い気迫を感じた。
どことなく、ベランカさんと同じ匂いがしている。
「うまく引き離せるかしらね。魔物化すると、もともとの能力や性質が、強化されてることも多いから……」
「玉砕覚悟で体当たりしてみます。俺、たぶん冷たいの平気なんで」
「まぁ! そうなんですのね」
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「そろそろ開けていいかい?」
俺たちの体制が整うと、キジーは壁の前に立ち、後ろ手でコンコンと壁を叩いた。
「おぅ! たのんだぜ!」
「お願い、キジー」
「いよいよだね!」
「クケー!」
皆が気合いの入った声で返事をするのを見て、キジーが石レンガの壁に手をかざす。
「上級解除魔法、クラックシール」
キジーの詠唱で、いくつもの黒い魔法陣が石の壁に浮きあがっては消えていく。
そのときになってはじめて、透明な膜のような封印がそこにあるのがわかった。
石の壁が不自然に波打っている。確かにこの壁は、幻覚だったようだ。
パキパキと音を立てながら、膜に亀裂が入ると、その向こうに隠されていた部屋が現れた。
部屋のなかはグレーの石畳だった通路とは違い、白い大理石の床のうえに列柱が並び立つ、まるで神殿のような空間だ。
壁や天井はなく、まるで大きな床と柱だけがどこまでも広がる宇宙空間に浮いているかのようだった。
「うあぁ、なんだここ」
「異空間としか言いようがないね。アタシはなかには入らないけど、成功を祈ってるよ」
俺たちが部屋に入ると、また後ろで封印が閉じる。キジーが封印を解かない限り、俺たちはここから出られないようだ。
「でっけー……! さすがシェインさんだ。めちゃくちゃに強そうだぜ」
「体長十二メートルってところですわね」
マリルさんがそう言って、俺たちは全員身構えた。巨大なライオンの魔物が、不思議な神殿の奥で唸っている。
明るいオレンジがかった金色のタテガミ、宝石のような青い目は、どことなくシェインさんを思わせた。
その背中の肩甲骨の辺りからは、本当にもうひとつ、ヤギの頭が生えていた。
攻撃モードじゃなかったら、ビビって逃げだしているところだ。
そして、その巨大なライオンの左前足には、氷像のように透きとおった体の、美しい女性の魔物がしがみついていた。
あれが氷結の妖女フロストスプライトのようだ。彼女の周りには凍り付くように冷たい空気が漂い、キラキラと青白く輝いている。
双頭鳥やキマイラほどには大きくないけど、人間の女性に比べればかなり大きい。身長は五メートルというところだろうか。
恐ろしいほどの氷の魔力を感じる。
「ベランカさん、きれーだけどでっけー!」
「冷気つよ。氷漬けにされそ」
「あ、それ、ベランカさんの得意技ですよ。ついでにスリープもかけて、凍ったまま眠らせるんです」
「ひど」
「氷結魔法なんてわたくしには効きませんわ」
クレーンさんがボソボソ言いながら顔を引きつらせる隣で、マリルさんは強気な笑顔を見せた。
「シェインさん、ベランカさん! ミラナです! 私たちと一緒に行きましょう!」
「可愛い後輩たちが迎えにきましたよぉー! 俺たちと楽しく暮らしませんかー!」
「ここにいると危険ですよ! クケ!」
俺たちが話しかけても、シェインさんたちからの返事はなかった。それどころか、キマイラが殺気立った顔で立ちあがり、「グォーー!」と大きな雄叫びをあげている。
ベランカさんも、身体に纏った冷気を強め、威嚇するようにこっちを睨んでいる。
もしかしたら、説得して連れて帰れないかと思ったけど、二人とも完全に『やっちまうぞ』という様子だ。
――バチバチ!――
「きたぞ! 電撃だ!」
キマイラが前足をあげて唸り、黄色く光る何本もの槍が空中に浮かびあがった。
それが強烈な電光を放ちながら、まっすぐにこっちへ飛んでくる。
――バチバチバチバチ!――
ひとつでも当たれば相当なケガをするのはもちろん、近づいただけでも痺れて動けなくなりそうだ。
「うおっ! あぶねー!」
「効かない! アースシールド」
クレーンさんが俺たちの前方に魔法障壁をつくり、電撃の槍を防いでくれた。
茶色く光る半透明の壁に、いくつもの魔法陣が浮かびあがる。
それが電撃を受け流したかと思うと、貫通力の高そうな魔力の槍まで、溶かすように吸収してしまった。
驚くほど強力な土属性障壁だ。
「助かります!」「ピキー!」
「うん。自然がいちばん。ナチュラルカバリング」
さらに物質の性質を変える高度な魔法で、大理石だった床が土に変わり、みるみるうちに草が生えた。
「すっげ!」
「絡まるイバラ。タングルオブソーン」
クレーンさんが立てつづけに呪文を唱え、土になった地面から、棘だらけのイバラが生える。
それはものすごい勢いで伸び、あっという間にキマイラの全身に絡みついた。




