069 到着~穴ぼこチーズな俺~
場所:スビレーの森
語り:オルフェル・セルティンガー
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また半日森のなかを進んだ俺たちは、スビレーの森の北東に来ていた。
広大な森の奥深くだ。足元は苔で覆われ、通常人が踏み入るような場所ではない。
本当に、すごい場所まで来たものだ。キジーがいなければ、俺たちはもう、街に帰ることができないかもしれない。
背の高い木々の間から木漏れ日が降り注いでいる。俺にだって、太陽の位置で方角くらいは見当がついた。
だけど俺たちは、キジーの魔力探知で魔力の強い魔物を避け、熱源探知で大きい魔物を避けてここまできたのだ。
まったくもってキジーはすごい。俺たちは、森を進めば進むほどそれを実感していた。
とはいえ、完全に全ての魔物が避けられるわけではない。
いまはダークヘッジホッグの群れに襲われ、穴だらけになった俺に、シンソニーがヒールをかけてくれたところだった。
「大丈夫? オルフェ。全部治ったかな?」
「おぅ。ありがとう、シンソニー! 穴ぼこチーズになった気分だったぜ」
「ごめんね、デドゥンザペインは割と消費魔力が大きいから……」
「いや、大丈夫だぜっ。気にすんなっ」
このあとのテイムに備え、魔力温存中のミラナが申しわけなさそうにしている。
俺がちょっと苦手なだけで、デドゥンザペインは本来優しい魔法だ。
闇属性の魔導師は、悪意や罪悪感を感じながら魔法を使うようなまねはしない。
彼女に悪気がないのがわかっているから、デドゥンザペインも調教魔法も、嫌な気分ではないのだった。
「小さい魔物なら余裕って言ってたわりに、すごいやられるんだね。弱いの? 三頭犬」
キジーが俺の前に飛び降りてきて、呆れたような顔をする。そういう彼女は、ずっと木の上に隠れていた。
「うっ。俺は小さくていっぱいいるやつは苦手なんだよ」
実際、ダークヘッジホックは、昔から俺とシンソニーが苦手とする魔物だった。
俺は足元をちょこまか走り回るダークヘッジホッグをなかなか斬れず、かたい刺のある体のせいで、シンソニーのリジェクトウィンドやトルネードカッターも、いまひとつ効果がない。
俺がブスブス穴を開けられはじめると、ミラナが撒き餌を撒いてくれた。
ダークヘッジホッグが集まって食べはじめたところに、俺がファイアーボールを撃ち込む。
おかげで、まとめて倒すことに成功したけど、持ってきた撒き餌は数が限られている。
材料も入手困難なため、できれば使わずに済ませたいのだった。
苦戦しながら、昔シーホの森でエニーがダークヘッジホッグを、一撃で倒してくれたことを思い出した。
あれは、広範囲に小さな礫がたくさん降ってくる魔法だった。
――エニー、いつ会えんのかな。
つい、「彼女がいれば」と声に出してしまいそうになる。だけど、シンソニーが寂しがるといけない。
俺はその言葉を、喉の奥におしやった。
「うーん。アタシだけなら小さい魔物も完璧に避けられるんだけどねー。アタシは気配を消すのも大得意なのさ。三頭犬、あんた気配からしてうるさいんだよ」
また先頭を歩きながら、キジーが俺に文句を言う。
「気配がうるさいってなんだよ。声ならキジーも大きいじゃねーか」
「すぐ油断して、魔力が漏れてるって言ってるんだよ。魔物にあとを追われる原因になるんだから、ちゃんとしまっときな。ミラナがケガしたらどうすんのさ」
「すません」
どう見ても年下のキジーに、ガンガン怒られる俺。
ミラナも俺が無駄な魔力を放出すると、神経質な声で「やめて」と言ってくる。
だけど、解放レベル3で人間になる俺は、解放レベル2で人間になるシンソニーより、人間姿のときの魔力が多いのだ。
そして、魔力を体内に収めておくのは、解放レベルがあがるほど、だいぶん難しくなるのだった。
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それからしばらくして、俺たちは少し開けた場所に出た。
色とりどりの花がさく草はらで、ポカポカの日差しも柔らかく、一見とてものどかだった。
居心地がよくて、犬のときなら走り回りたくなりそうだ。
「ついたよ。応援はまだ到着してないみたいだね」
「先に着けてよかったわ! みんな、頑張ってくれてありがとう」
「おぅ、当然だぜ。でも、着いたってここ、なにもねーぞ?」
俺が首を傾げると、キジーが何歩か前に進み出た。それから、なにもない場所に手をついて、もたれかかるような不思議な姿勢を取る。
「そう、封印された遺跡は見えないのさ。だけどしっかりここにある。触ってみなよ」
「えっ!? こえぇっ! それ、危ないやつじゃねーの!?」
キジーがもたれている場所に、覚えのある歪みが生じているのを感じて、俺は恐れ、後退った。
「……これ、消えたオルンデニアと同じじゃねーか……」
「うわぁ……」
俺の隣で、シンソニーが同じように青ざめている。俺は隙を見て、シンソニーにオルンデニアが消えた話をしたのだ。
恐ろしい話ではあるけど、記憶の共有は俺たちの約束だ。
俺の話を聞いて、シンソニーもあの日のことを思い出したようだった。
「それ、思い出したんだね……。そう、同じだよ。オルンデニアの大封印と」
ミラナが神妙な顔をしながら、見えない壁にもたれかかるキジーを見て言う。
「オルンデニアの、大封印……? オルンデニアって、消えたんじゃなかったの!?」
「うん、まだあるみたいだよ。オトラー帝国に。ぽっかり空いた穴みたいに、だれも近づけないんだって、ナダンさんが言ってた」
「うわっ、すっげー……」
あまりのことに、俺は思わずその場にしゃがみ込んだ。怯えなのかなんなのか、足が少し震えている。
あれが封印だったということは、王都にいた仲間や知り合いの人たちも、まだ生きているかもしれないということだ。
もし、封印が解ければ、三百年もたったいまになって、街ひとつが復活するかもしれない。
それも、いまはもう、まったく違う国になってしまった、オトラー帝国の真んなかにだ。
「まったく、腰ぬかしてんの? しっかりしてよ、三頭犬。今日はキマイラとフロストスプライトをテイムするんだろ。ほかのこと考えてる余裕はないはずだよ」
キジーが見えない壁にもたれたままいう。あんな恐ろしい壁に、平気でもたれるとは見あげたものだ。
彼女はもしかすると、オルンデニアの封印を解けるのだろうか。
だけど確かに、いまは目の前のことに集中したほうがよさそうだ。
「お、おぅ。すげーしっかりしてるぜ! ぜんぜん、ビビってねーしっ」
俺は立ちあがり、精一杯胸を張ってみせる。だけどキジーは、そんな俺を見ようともせず、ふいっと中空を見あげた。
「あ、のほほん騎士団長たちが来たよ」
「残念、またバレたか。静かに近づいたのだがな」
淡い緑の風がキラキラ輝いたかと思うと、風のなかから騎士団長とカミル防衛隊長、さらに治癒魔導師のコルニスさんが現れた。




