068 スビレー湖4~見張りの夜に~
場所:スビレー湖
語り:オルフェル・セルティンガー
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キラーフラッグに囲まれた俺は、その長い舌に絡めとられた。
――くっ! トラストエッジ!
口に引き込まれる寸前で体をよじり、トリガーブレードをキラーフラッグの頭に突き立てる。
「ゲコォォォ!」
「ひえぇ、こえぇっ」
叫びながら頭を振るキラーフラッグ。ダメージがあるのかないのか、恐ろしい顔で叫んで威嚇してくる。
頭を刺されて死なないのは怖すぎだ。
――やっぱり、燃えなくても燃やすしかねー! ブレイズアップだ!
思い切って魔力を大放出すると、俺の体から高温の炎が噴き出しキラーフラッグの体を包み込んだ。
炎のなかにいても、俺は、熱くもなければ、痛くもない。むしろ、心地いいくらいだ。
普通の炎属性魔導師とは、やはりその辺がだいぶん違う。
普通なら、自分が火傷しないよう、気を付けなくてはいけないところだ。
マントなどの装備も耐性があるのか燃える様子はないし、魔力もいくらでも湧いてきて、全然尽きる気がしない。
調子に乗ってガンガン燃やす俺。
これだけ燃やせば、いくらみずみずしいキラーフラッグでも、肉が茹であがり、水分が飛んで焦げていく。
俺の強烈な炎を見て、ほかのキラーフラッグたちが怯みはじめた。
「はぁっ……いまさら逃げるとかなしだぜ。俺と一緒に、泣いてくれ!」
「ゲコォッ!」
「はっはー! かかってこいよ! カエル野郎!」
――ヴォン・ヴォン・ヴォン!――
「ゲコォー!」
俺がトリガーを引きながら挑発すると、キラーフラッグのほうも本気を出して体当たりしてきた。
フレイムジャンプで飛びあがり、かわしてからのトラストエッジだ!
「よーし! 調子乗ってきたぜー!」
――ヴォン・ヴォン・ヴォン!――
時々弾かれてはヌメヌメになりながらも、俺は結局、二十体ほどのキラーフラッグを斬っては燃やした。
いつの間にか、辺りは白けていてだいぶん朝になっている。
「オルフェル……!」
名前を呼ばれて振り返ると、驚いた顔のミラナがそこに立っていた。
「はぁっ、はぁっ……。あれ……、ミラナ? おはよ」
キラーフラッグはどうやら、実態のない魔物だったらしい。大きな青い魔石がそこら中に転がっている。
なにが起きたのかは一目瞭然だった。
「もう! 魔物が出たら起こしてって言ったのにっ!」
「はは、ごめん。忘れてた」
駆け寄ってくるミラナを、俺は慌てて制止した。
「抱きつくのはやめとけ。俺、ヌメヌメだぜ」
「やだっ、ほんとだ」
目を丸くして立ち止まったミラナが、苦笑いする俺を見て、顔を赤くして後ろを向く。
「ミラナ……本当にもう、俺のこと好きじゃねーの?」
「しっ、しらないっ」
――どうなってんのかねー。この子は……。
思わず「はぁ」と、ため息をついた俺。
なんだかよくわからないけど、とにかくいまは、先にヌメヌメをなんとかしたい。
「……俺、風呂入ってくんね。危ないから、みんな起こして警戒してろよ」
「うん……」
湖の水を魔力で温め、頭までざぶんと湯に浸かる。
「たっはー! きもちいー! 調子乗ってきたぜー!」
広々とした湖を眺めながら、ポカポカの湯に入る気分は上々だ。
「オルフェ、見張り交代でって言ったのに、起こしてくれないんだもんな……」
ワシになったシンソニーが、バサバサと俺のもとへ飛んできて、頭の上で文句を言った。
「ごめん、忘れてた」
「寝てないのに、なんか意外と元気そうだね? ミラナと仲直りした?」
「あー、いや、なんか知んねーけどさ。なんにしても俺、諦める気ねーから、どっからでも巻き返すぜ!」
「クク! そっか。まぁオルフェはそうだよね。頑張って!」
「ありがとう。シンソニー! 心配かけて悪いな。俺のいま作った歌聴いてくか?」
「クク!……じゃぁ、一曲だけ」
「あ、聴いてくの? ちょっと待って、いまから考えるっ」
「クケ?」
拍子抜けした声を出すシンソニー。まさか聴くと言うとは思ってなかった。
「まぁ、そうだと思ってたけど」
「よくわかってんね」
ニヤニヤしていると、キジーが俺の風呂を覗き込んできた。
「いつまで入ってんのー? 三頭犬!」
「キジー!? ちょ、なんで普通に見にくんの!?」
「そういや昨日泣いてたけど元気かなーと思って」
「あとにしてっ!?」
「だって、昨日はなんか、話しかけづらかったからさ。わ、思ったより大きいね」
「なにが!? ほんとにあとにして!?」
縮こまった俺の代わりに、シンソニーがキジーを連れて戻っていく。あの子には恥じらいというものがないのだろうか。
だけど彼女も一応、俺を心配してくれていたらしい。
――あとで謝るか……。
俺たちは朝食を食べ、テントを片付けて、また荷物を背負い歩きはじめた。




