067 スビレー湖3~消失のあと~
場所:スビレー湖
語り:オルフェル・セルティンガー
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ミラナに振られた原因を探ろうと、俺は三百年前の記憶を辿った。
だけど、思い出したのは、イニシスの王都、オルンデニアが消えたあとのことだった。
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あの日、一度逃げ出した俺たちは思いなおし、シーホの森から引き返した。
だけど、オルンデニアがあった場所には、近づくことができなかった。
なにもないように見えて、それでいて進むことができない、見えない壁に阻まれたのだ。
近づくと視界に奇妙な歪みが生じ、乗り物酔いのような感覚になる。
見えない壁の周りに、王都周辺を見回っていた守衛がひとり、呆然として立ち尽くしていた。
俺たちが王都を出るとき、声をかけてくれたあの人だ。だけど彼はショックのせいか、口を利くこともできなかった。
俺たちは、彼の身分証に書かれていた出身地を見て、彼をオルンデニアにほど近い村へ連れていった。
そこには彼の妹さんがいて、俺たちが勇気を出して引き返し、兄を連れてきてくれたと言って、とても感謝してくれた。
あの恐ろしい気配は、この村まで届いていたようだ。だけど皆怖がって、だれも確認に行けなかったらしい。
村人たちの質問攻めにあい、俺たちはその日、その村に泊まった。
オルンデニア消失の話をすると、村の人たちは真っ青になってしまった。
王都が消えたということは、王様を含めた貴族たちも、騎士団を含む王国軍も、教会も魔法機関も、それから、将来有望な若者たちを集めていたカタ学も、国の重要機関の中心部分は全て消えたということだ。
それはもう、イニシス王国の滅亡ではないかと、その村の人たちは騒ぎ立てた。
そのとき俺は、自分が騎士になる道を閉ざされたことに気付いた。
だけど、そのときは、それどころじゃなかった気がする。
王都にいたはずの仲間や知り合いが、消えてしまったことのほうがよほどショックが大きかったからだ。
なにも考えられないまま、俺たちは翌日その村を出て、故郷のイコロ村を目指した。
なんだかとても、嫌な予感がしていた。
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「うくっ……。あのあと俺、イコロで、ミラナに会えたんだっけ……? だめだ。これ以上、思い出せねー。なんで俺たち、こんな場所に……」
涙をこぼしながら、また眼前の湖に目をやる。
俺は確かにここで、ミラナを抱き寄せキスをした。
『好きだよ、オルフェル。これからはずっと、一緒だよね……?』
『もう絶対離さねー……』
記憶のなかの彼女の、縋るような声が、俺の耳に蘇る。
そうだ。あのときは、いまと同じような簡素な作りのテントが、湖のほとりにたくさんあった。
まるで、皆でなにかから逃げてきたみたいに……。
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そのとき、湖のなかから大きななにかがゲコゲコと岸にあがってきた。
ヌラっと光る黄色の身体に毒々しい黒い筋模様。丸々としながらも、後ろ足で立ちあがって跳ねている。
ぱっくりと開いた口は、俺を一飲みにできそうなほど大きい。
あれは、凶暴化したカエルの魔物、キラーフラッグだ。
人間を見つけると、長い舌で巻き取って一飲みにしてしまう。
キラーフラッグたちは俺には気付かず、ミラナたちが寝ているテントのほうへ進みはじめた。四匹、五匹……続々とあがってくる。
「ゲコ、ゲコ……」
「おい、人が落ち込んでるときに、のこのこでてきて素どおりしてんじゃねーよ」
――ジャキーーン!――
闇夜に響く効果音に、キラーフラッグたちが一斉に俺を見た。
「こっちへ来い! 俺の涙のフレイムスラッシュを受けてみろ!」
「ゲコォッ!」
泣きながら走り、キラーフラッグに一撃を見舞わせた。
だけど、斬れはするものの、いまひとつ燃えない。水際の生物だけあってかなり水分が多いのだ。
「ゲコゲコ……!」
後ろから近づいてきた別の個体に、ベシッと体当たりで弾かれ、俺はごろごろと地面を転がった。
キラーフラッグの皮膚を覆っている、ヌルヌルとした臭い粘液が、俺の体にまとわりついた。
「くっせ……! 俺はいま、虫の居所がわりーっつーのにー! なんなんだこれはー!」
ずるずるする体に苛立っている間にも、水のなかから新しいキラーフラッグがあがってくる。
これは少し、気合いを入れる必要がありそうだ。
――ヴォン・ヴォン・ヴォン!――
キラーフラッグとの間合いを取りながら、トリガーブレードのトリガーを噴かす俺。
これは俺の、集中力を引きあげるリチュアルだ。
トリガーブレードの刃が唸りながら赤く輝いている。
「俺は、強い!」
ミラナのかける攻撃モードにはおよばないけど、魔法発動前に行うリチュアルの効果は大きい。
俺がニヤリと笑うと、剣先がさらに熱くなり、俺の闘志が湧き立った。
「燃えあがれ!」
「「ゲコォ!」」
炎で真っ赤な円を描きながら、回転して腹を裂くフレイムリングで、同時に二匹のキラーフラッグがひっくり返った。
――バーチカルフレイムリングだ!
倒れたキラーフラッグを下から切りあげ、炎の勢いで空中に浮かせる。切り抜けて飛びあがり、垂直の回転切りで叩き落とした。
キラーフラッグはビチャっと潰れ、ヒクヒクしてから動きを止める。
「見たかっ! これがトリガーの力!」
だけど振り返ると、俺はまた三方から囲まれていた。感情の読めない、横長の瞳孔が不気味だ。
闇に侵された体からはプンプンと臭気が漂っている。
ゴクッと喉を鳴らすと、キラーフラッグの舌が伸びてきて、俺の体を絡め取った。




