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三頭犬と魔物使い~幼なじみにテイムされてました~  作者: 花車
第5章 恋文と抗議文

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066 スビレー湖2~あの日のキス~


 場所:スビレー湖

 語り:オルフェル・セルティンガー

 *************



 シンソニーとキジーの動きを封じた俺は、ミラナの近くにお座りして、じっとその様子を眺めていた。


 彼女は俺の期待どおり、持ってきたテントを組み立てられずに悪戦苦闘している。



――可愛いな、ミラナ。相変わらずこういうのは苦手なんだな。


――こうやって、一人でなんとかしようとしてる姿を見ると、学生のころを思い出すぜ。



 しばらく黙って眺めていると、日が落ちるにつれ、真剣だったミラナの顔が、少ししょんぼりしはじめた。



「オルフェル……」


「どしたの?」


「お願い……」


「まかせてっっ」



 やっと人間にしてもらった俺は、張り切ってテントを組み立てた。小さいテントで、入れるのはせいぜい二人だ。


 すぐ犬に戻されるかもしれないけれど、たとえ一時でも、人間に戻れるのはうれしい。



――協力助かったぜ! シンソニー!



 シンソニーが、人間になった俺を見てニコニコしている。



「いえーい! 調子乗ってきたぜー!」


「いいけど、乗りすぎないでね?」


「へーい」



 テントを組み立て終わると、辺りはだいぶん暗くなってきた。



「焚き火もお願いできる?」


「おぅ! 任せとけ」



 火の魔力というのは野営には本当に役立つ。


 俺は焚き火をつくり、さっき風呂をつくったついでに捕まえた魚を焼いた。



「「おいしー!」」


「はは。よかった」



 にこにこしながら魚を食べるミラナとシンソニー。可愛い二人を幸せな気分で眺めていると、キジーが風呂から戻ってきた。



「わ、アンタ誰だよ」


「あ、俺? 三頭犬だけど」


「でっかー! 頭まっかっか」


「キジーの感想、犬のときとあんまり変わんねーな」



 キジーが俺を見上げて目を丸くしている。人間になってあらためてみると、キジーは小さくてかなり華奢だ。



「まぁいいや。魚焼いたから食ってくれ。いっぱい食べてキジーもでっかくなれよ」


「おぉ、やるね! 三頭犬」


「炎属性だからな。こういうときは役に立つぜ!」


「お風呂もよかったよ。景色最高! いまは近くに魔物もいないから、ミラナも入ってきなよ」


「あ、うん! ありがとう! うれしいな」


「喜んでもらえてよかったぜ」



      △



 焚き火を囲み、キジーやシンソニーとたわいもない話で盛りあがっているうちに、空には明るく星が輝きはじめた。



――あ、ミラナ。風呂から出たっけ?



 ふとミラナの姿を探して振り返ると、彼女は湖のほとりに座っていた。


 なにか物思いにふけっているような、儚げな表情をしている。星あかりに照らされとても綺麗だ。



「ミラナ。寒くねーか?」


「うん、平気だよ」



 ミラナの隣に座った俺の脳裏に、三百年前の、彼女とのキスの記憶が蘇る。



――この空に湖……この場所、なんか見覚えが……。もしかして、あのとき、ここで俺たち……。



 ゴクリと喉を鳴らしながら、ミラナの横顔を見詰めていると、彼女もこっちを向いて、俺を見詰め返した。



「やっぱり俺たち……キスしたよな……?」



 また同じことを聞いた俺に、ミラナが喉から搾り出すように声を出す。



「……したよ……忘れるなんて、ひどいよ」


「ごっ、ごめん」


「……何回もしたのに……」


「なんかっ……いも……っ!?」



 恥ずかしそうに顔を赤らめ、俯いたミラナ。星に照らされた白い肌のうえで、魅惑の果実のような唇がキュッと結ばれる。


 自分の顔がぶわっと熱くなるのを感じて、俺は思わず鼻を抑えた。



――この、ずるいくらい可愛い唇に、俺が何度もキスをした……?


――いったいなにがどうなって、そんな夢みたいな状況になったの?


――俺、いま、すっげー調子乗ってますけど大丈夫……?



 心臓がおかしいくらいに飛び跳ねて、俺の喉が、またゴクンと大きな音を立てた。



「ま、まさか……俺たち、恋人だった? じゃねーと、ミラナはキスなんかしねーよな……? だって、真面目だもんな……?」



 ドキドキしながらも、俺はミラナの手を掴んだ。ミラナは特に抵抗しない……。


 知りたい、聞きたい。知る怖さ以上に、その気持ちが走っていく。



「うん……」


「うん!?」



 ミラナがこっくりと頷く。俺はミラナの手を握りながら、じりっと彼女ににじり寄った。



「じゃぁっ、じゃぁ、ミラナ、俺のこと……好き……?」


「うん……」


「えっ、いっ、いま……」


「だけど、私たち、もう別れてるから」



「いまも好き?」と言いかけた俺の言葉を制し、彼女はそう言うと、俺に握られた手をはなした。


 そのまま、すっくと立ちあがり、呆然とする俺の頭上に、冷たい視線を振り落とす。



「なんでっ、なに!? 俺、なにしたの? なんで!? そんな……っ」


「言いたくない」


「なんでーーー!?」



 俺の出した大声に、テントの前で焚き火を囲んでいたシンソニーとキジーが、驚いてこっちを見る。


 だけど、俺はかまっていられない。


 欲しくて欲しくて、あんなに恋焦がれていたものを手に入れておきながら、俺はいったい、なにをしでかしたのだろう。



「なんでだよ……。なんで……? なんで別れたの? 理由くらい、教えてくれよ」


「ごめん、言えないよ……」


「うっ、ぐっ……なんっだよっ……それ……」



 湖の畔の地面を叩きながら、声にならない呻きを漏らす俺に、ミラナは「言うんじゃなかった」と言い捨てて、走ってテントに入っていった。



      △



 あれからどれくらい時間が経ったのだろう。


 懸命に俺を慰めてくれていたシンソニーはワシの姿で眠りにつき、俺は一人、テントの外に出ていた。


 キジーが寝てしまうと探知が切れるため、見張りが一人必要なのだ。


 シンソニーと交代でと約束したけど、俺は朝まで見張りをするつもりだった。


 ミラナはあの小さなテントで、みんなで眠れるだろうと思っていたようだけど、さすがに今日は、彼女の腕のなかで寝るのはつらい。


 どうせ外で寝るなら、ずっと見張りをしていても、さほど変わりはないだろう。


 ふと視線を感じて振り返ると、ミラナがテントの隙間から目だけのぞかせこっちを見ていた。俺がまた逃げるんじゃないかと、不安で寝付けないようだ。



「逃げねーから心配すんな。もう俺のせいで、ミラナたちを危険な目には遭わせねーよ」


「ぜったいだよ? 魔物が出たら、一人で戦わないで知らせてね」


「あぁ、ゆっくりねろよ」



 ミラナをテントに押し込み、俺は湖の畔の木の陰に座り込んだ。


 暗い湖を眺めていると、まだいくらでも涙が出てくる。



――せっかくミラナが恋人になってくれたのに、なんでしくじったんだ、俺は……。



 俺は、その原因を探ろうと、ぼんやり三百年前の記憶を辿った。

 ようやく人間に戻してもらえたオルフェルは、お風呂に焚火に料理にと大活躍です。


 そして、このスビレー湖が、あの日のキスの場所だと気付いた彼は、再びミラナに質問を投げかけました。


 しかし、その答えはとても残酷なものでした。悲しみに沈むオルフェルが思い出した記憶とは……?


 次回、第六十七話 スビレー湖3~消失のあと~をお楽しみに!


 「第五章 恋文と抗議文」は残り二話になります。お付きあいよろしくお願いします。


挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[良い点] なるほど、不器用なミラナの手伝いができると踏んでいたんですね。 目論み通り人間になれて仕事もばっちり、ミラナとも良い雰囲気に……。 [気になる点] と思ったら、意外な事実! どうして別れる…
[良い点] ようやくお互いの思いが伝わった。 と思いきやすんなりとは行かないですね。 三百年前の記憶が鍵となりそう!
[良い点] 思い出の場所だッたんですね! なのに……何があったんでしょう! ((o(´∀`)o))ワクワク←馬に蹴られるやつ 少しずつ明らかになってくる過去も楽しみです。 [一言] また読みに来ま…
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