064 転送ゲート~意外な功労者~
場所:リヴィーバリー
語り:オルフェル・セルティンガー
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準備の整った俺たちは、ラ・シアンを出ると、メージョー魔道具店のある場所から、さらに西へ向かって歩いた。
いつもは東か南にばかり用があるため、ここより西へ行くのははじめてだ。
王宮近くの広場にある転送ゲートを利用し、今回の目的地であるスビレーの森の近くの、フィウンデとよばれる街まで行くつもりらしい。
転送ゲートというのはこのベルガノン王国の、主要な街に存在する瞬間移動のための魔道具だ。
行きたい先にあるゲートの名前を呪文代わりに唱えるだけで、瞬間的にほかの街へ移動できてしまうという。
「すげー。三百年もたつと、そんな便利なことができんだな」
「ピピ! ホントだよね。はじめて使ったときは僕も驚いたよ。だけど、もともとは古い遺跡で発見されたものらしいよ。ローズデメールの親父さんが複製してあちこちに設置したんだって。ピッ!」
今日のシンソニーは、朝からずっと小鳥の姿で、成犬姿の俺の頭に乗っていた。
俺の頭は暖かくて居心地がいいらしい。それがなんだか嬉しい俺。
ピーピーした声もすっかり聴き慣れて、最近はなぜか落ち着くから不思議だ。
「あの親父さん、すげーな」
「ピピッ! その功績で、若いころに商売人から伯爵にまでなったらしいよ」
「え。伯爵だったの? すげー」
俺が感心していると、噂好きのシンソニーが、得意げにいろいろ教えてくれる。
それによると、転送ゲートは数年前まで、ごく一部の街に置かれるのみだったようだ。
しかも、使用する魔力が膨大で、使用料が非常に高額だったため、裕福な貴族の移動や、軍事目的での使用が中心だった。
だけど最近は改良が進み、大幅に数も増えて、一般市民でもなんとか使える料金になったらしい。
そして、このベルガノンには、四隅と中心の五箇所に転送ゲートがあるようだ。
――それにしても、なかなか遠いな。
貸し部屋ラ・シアンは、東西に長いリヴィーバリーの東の端に近い場所にある。
そのため、王都の中心部に行くだけでもなかなか遠い。
これだけ遠くても、ミラナは馬車やゴンドラ船に乗ろうという気はないようだ。
自分も荷物を背負って、何時間でもスタスタと歩く。
今日はキジーが先導してくれているため、道に迷う心配はなく、その点は安心だ。
建物に挟まれた細い中道を歩いていくと、道幅の広い石畳の街道に出る。
角を曲がると、王の住む宮殿が見えてきた。
白く輝く外壁は、細かな彫刻とモザイクタイルの壁画で装飾され美しい。
その奥にはこんもりと木の茂った場所があり、そのなかは広々とした広場になっていた。
広場の周りはぐるっと道で囲まれており、馬車が引き返しやすい円形交差点のような作りだ。
馬車が停車できるスペースも多く取られていて、交通の要衝となっているようだ。
噴水のある美しい場所で、たくさんの人が花壇脇のベンチに腰かけ、待ちあわせをしたり、休憩を取ったりしている。
そして、広場の中央には転送ゲートの置かれた建物があり、出入り口は衛兵が守っていた。ドーム状の屋根がついた立派な建物だ。
検閲のための役人も座っていて、ゲートの使用には、ベルガノンかクラスタルの国民である証の身分証、もしくは冒険者証が必要らしい。
冒険者証を手に入れるには、ベルガノンの身分証が必要なのだから、冒険者証で代用できるのは当然だ。
そして、三百年前のイニシス国民であるミラナに、ベルガノンの身分証を「あげるわ」と、簡単に発行したのも、噂のベルさんらしい。
いったい何者なのか、なかなかに気になる人だ。
転送ゲートのある建物の入り口まで行ってみると、立派な石像が目に入った。
石像はよく見ると、なんだか知ってる人にかなり似ている。ひょろっとした体に足元まである研究着、渋い顔に片眼鏡……。
「おぉ、この石像……ローズデメールの親父さんじゃねーか?」
「ピピ! ホントだ。偉大なる研究家の素晴らしい功績を讃えて、だって。すごいね」
シンソニーと一緒に、石像の台座に施された刻印を眺めてみると、石像の寄贈者はなんと、あの色っぽい騎士団長だった。
本当によくわからない活動ばかりしている騎士団長だ。
俺たちは首を傾げながらも、ゲート使用料の八万ダールを支払って検閲をくぐり、転送ゲートの前に立った。
丸い台のような魔道具に、強烈な魔力が封じられた魔石が埋め込まれている。
その細やかで美しい装飾、精密に組みあわされた金の歯車。
どうやらこれは、ローズデメールで作られたもののようだ。
――なるほど。ゲート使用料が高いわけだぜ。体がちぎれたりしねーかって思ってたけど、その心配はなさそうだ。
正直なところ、初体験にドキドキしていた俺だけど、あの親父さんの魔道具は、安全安心の仕様だ。
ミラナのビーストケージを体験している俺には、それがはっきりとわかるのだった。
「いきますか」
「そうさね! スビレーの森は広いから、暗くなる前にできるだけ進みたいね」
キジーがそう言って、ミラナも真剣な顔で頷く。
シェインさんとベランカさんのいる遺跡があるスビレーの森は、本当にかなり大きな森だ。
この森は、北東の大国オトラー帝国(もともとイニシス王国があった場所だけど……)と、このベルガノン王国の境のベルガノン側にある。
この立地から、カタ学で学んだ地理学の記憶を辿ると、このベルガノン王国は、三百年前は『水の国』とよばれていた場所にあるようだ。
人間より精霊のほうが多い精霊の国だったように思うけど、賑やかな街が増えたせいか、精霊の姿は見かけない。
三百年の間に滅亡してしまったのは、イニシス王国だけではないらしかった。
――フィネーレたちは元気にしてんのかな。精霊は三百年くらい余裕で生きてるはずだけど……。
――イコロ村があった場所に行けば、会えたりしねーかな。
そんなことを考えながら、転送ゲートを眺める俺。
だけど、この転送ゲートは、クラスタルには行けても、オトラーには行けないらしい。
クラスタルはベルガノンの友好国なのに対し、オトラーはベルガノンにたびたび侵略戦争をしかけてくる、敵国なのだ。
少し複雑な気分になりながら、ミラナに促され、ゲートのうえに立つと、足元から紫黒色の光が立ちあがった。
そして、俺たちは一瞬で、フィウンデの街に移動したのだった。




