063 ロッツオブラブ~覗きの現行犯だよ~
場所:リヴィーバリー
語り:オルフェル・セルティンガー
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キジーが指さした中空を見あげていると、緑の風が渦を巻き、そのなかからあの色っぽい騎士団長が現れた。
「はは、バレてしまったか。まったくすごいな。風になった私を見つけるとは」
彼はすこし気まずそうな顔をしながら、美しい金色の髪をクシャッとかきあげた。
「わっ、色ボ……じゃなくて騎士団長さん、なんでここに!?」
「あっ、騎士団長さん! おはようございます!」
つい色ボケのおっさん、と言いそうになった俺は慌てて言いなおす。
彼はミラナたちの窮地を救ってくれた恩人だ。失礼をしてはいけないだろう。
ミラナは慌てたのか怒ったのか、手にしていた荷物をガンッと俺のうえに置き、騎士団長に深々と頭を下げた。
「この間はありがとうございました!」
「ありがとうって、覗きの現行犯だよ。こののほほん騎士団長!」
キジーが呆れた声を出して、腰に手をやりため息をついた。
彼女はどうやら、騎士団長とも知り合いのようだ。彼女の顔の広さにはなかなか驚かされるものがある。
風で空中に浮いていた騎士団長が、ふわっと俺の前に降りてくる。こっちはこっちで、普通に飛んでいることが驚きだった。
彼はそのまま、戸惑う俺の前にしゃがみ込み、俺の顔をじっと見詰めて言った。
「すまない。覗くつもりはなかったのだが……。ワンコ君……いや、オルフェル君が可愛くて、ついつい風のまま眺めてしまっていた」
「なにしてんっすか!? じゃなくて、なにしてるんですか!」
正しい敬語を練習していたことを思い出した俺は、また慌てて言い直した。
騎士団長はそんな俺に、さらに眩しい笑顔で話しかける。
「あぁっ! やっぱり、すごくいい! その、勇ましい顔つき、燃えるように赤くて美しい毛並み! この間会ったときより、さらにいい顔つきになったな!」
「そ、そう……ですか?」
「うんうん、いいぞ! この引き締まった躍動感のある四肢も……! あ、すまない……。ちょっとだけ、肉球触らせてもらっていいかな?」
「え……? いいですけど……」
「うーん! 素晴らしい肉球だ! ワンコく……いや、オルフェル君」
「もう、ワンコ君で大丈夫です」
俺の前足を持ちあげ、嬉しそうに肉球を覗き込む騎士団長を、ミラナたちが、唖然として眺めている。
「ありがとう。なにからなにまで私の好みだ。頭に乗ってる小鳥君も可愛いな」
騎士団長がそう言うと、シンソニーはなにか警戒したらしく、黙ったまま飛び立っていった。
「あの……。こっちこそ、この間は、ミラナたちを助けてくれてありがとうございました。本当に、感謝してます」
「いやいや。ワンコ君の火柱のおかげで、探していたマダラクネが見つかったようなものだからな。こちらこそだ」
「あの……いろいろ気になるんですけど、聞いてもいいですか?」
俺の前足をにぎにぎしながら、騎士団長が「かまわないぞ」と、返事をする。
美しい顔がにへにへと緩んで、非常に幸せそうだけど、おっさんに手を握られ、喜ばれている俺は複雑でしかない。
「……うっす。騎士団長さんって、雷属性だって聞いたんですけど、風になれるんですか?」
「あぁ。私は確かに雷の魔導剣士だが、風の精霊と契約していてな。この双剣ロッツオブラブに込められた精霊の魔力で風を操ることができるんだ」
騎士団長はようやく俺の前足から手をはなした。それからすっくと立ちあがると、腰に携えた双剣を鞘から抜いてみせた。
「こっ、これは、ローズデメールの……! 三千万ダールとかするやつじゃ!?」
「ははは! よくわかったな、ワンコ君! まぁ、これは、五千万ダールした特注品なのだが……」
――たっけーー!
口から漏れそうになる叫びをこらえる俺。
騎士団長が、とても満足そうに双剣を撫でている。
確かに、高級品ばかりのローズデメールの品のなかでも、これは特に美しく、高級感があるように見えた。
だけどさすがに、五千万ダールというのは、だいぶんぼったくられている気がする。
あの店主の親父さんの、ほくそ笑む顔が頭に浮かんで、俺は少し苦笑いした。
「そ……それにしても、二属性の魔法をこんなに使えるなんて……。そんな人はじめて会いました。やっぱり騎士団長ともなると違いますね! 死んだかぁちゃんに会わせたかったくらい尊敬です!」
「え? ははは。たまたま精霊たちに愛されただけだよ」
――うーん、いい人だ。
――精霊に好かれそうな穏やかなおっさんだな。
少し変わった人ではあるけど、にこやかに笑う姿は、さわやかで優しげだ。
彼に揉みほぐされた前足が、ポカポカと温かい。
俺は色っぽい騎士団長を、尊敬するおっさん一覧に追加した。
騎士団長の雰囲気に呑まれ、俺がゆるゆるになっていると、忙しそうに俺に荷物を積みあげていたキジーが会話に入ってきた。
「もしかして、騎士団長はベルさんに頼まれてきてくれたの?」
「あぁ。そうだそうだ。そうだった。魔物を保護しようとしてる子たちがいるという情報をもらったのだ。魔獣愛護協会会長の私としては、ぜひ手伝いたいと思ってな。少し様子を見に来てみたら、ミラナ君たちだったというわけだ」
騎士団長が言うには、俺のテイムを手伝ってくれたベルという人は、冒険者ギルドの創設者でもあるらしい。
騎士団や防衛隊だけでは手に負えなくなった魔物退治を冒険者に委託するため、五年ほど前にギルドを作ったということだった。
そして、その冒険者ギルドの一角に、魔獣愛護協会という謎の組合を作ったのが、この色っぽい騎士団長らしい。
相反するものがひとつになっている気がするけど、『まぁいっか』と、思わせる雰囲気がこの騎士団長にはある。
なんにしても、魔物の俺にとって、悪い組合ではないだろう。
「心強いです! もともと強かった先輩たちが魔物化してるんで、ぜったい強いはずなんですよ。本気出してもボコボコにできるか怪しいんで……」
「わかった! なら、ほかにも助っ人を連れていこう」
騎士団長はそう言うと、にっこり微笑んで空中に浮かびあがった。
こんなに自在に飛び、風にまでなってしまうとは。彼はきっと、よほど強大な力を持った大精霊に愛されているのだろう。
「それじゃ、私は別で行くよ。現地で会おう! 可愛いワンコ君たち!」
「「よろしくお願いします」」「ピ!」「よろしくー」
頭を下げる俺たちを残して、騎士団長は風になって姿を消した。




