062 機嫌直して~ふんっ!嫌い~
場所:貸し部屋ラ・シアン
語り:オルフェル・セルティンガー
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「ミラナ、ごめん。機嫌なおして」
ラ・シアンに戻った俺、オルフェル・セルティンガーは、短い後ろ足で懸命に飛び跳ねていた。
立ったままピョコピョコ跳ねる姿は、犬というよりカンガルーだ。
ミラナに機嫌をなおしてもらおうと、彼女を追いかけては謝っているけれど、彼女はなかなか、俺のほうを向いてくれない。
ただでさえ子犬の姿では身長差がありすぎるのに、立ってうろうろされては、どうにも話ができなかった。
「オルフェル、邪魔しないで。シェインさんたちをテイムに行く準備してるんだから。オルフェルはどうせ、怖いんでしょ。参加しなくていいからね」
「悪かったって言ってるじゃねーかよ。な? お願い。機嫌なおして? シェインさんは大事な兄さんみたいな人だけど、俺、頑張ってボコボコにするからさっ」
「ふんっ。嫌い」
「えー!? ちょ、ちょっと、ミラナさんー!?」
いままでどんなに冷たくされても、「嫌い」なんて言われたことは一度もなかった。
あまりのショックに呆然とする俺。
一度引き下がろうかとも思ったけれど、いまはそういうわけにもいかない。
このままミラナを怒らせておけば、俺は大事なテイムの前に、本当にケージに封印されてしまいそうだ。
「くー。シンソニー! たのむ、助けて」
「えぇっ? 僕、なにしたらいいの?」
「とりあえず、俺とミラナの身長差を埋めてくんねー?」
「わかった!」
人間姿のシンソニーが俺を抱きあげ、ミラナのあとを追いかける。
「なぁったら、いつまでそんな、仏頂面してんだよ」
「ふん! わるかったわね! どうせ、闇属性は顔が怖いって言いたいんでしょ」
「そんなこと言ってねーだろ? なんでそこまで、機嫌わるくなんの?」
「知らないっ」
「ほらっ、いつもみたいに俺を抱きしめていいからさ! 機嫌なおして……ね? ミラナさ……」
「シンソニー、レベルダウン!」
――ピロリローン♪――
「ピーッ!? 僕、とばっちり!?」
シンソニーが、いきなり小鳥に戻され、俺は床に転がり落ちた。
「ぎゃふん」
――なんだこれっ、どうしたらいーの?
△
そのあともミラナは、少しも機嫌がなおらないまま、キジーと布団を並べて寝てしまった。
――ふう……。やっと、顔の高さが揃ったぜ。
寝ているミラナの枕元ににじり寄る俺。ミラナはどうも、寝たふりをしている気がする。
「ミラナ……。そんなに、怒んなよ。俺、ミラナのためならなんでも頑張れるぜ。そりゃ、騎士にはなれなかったかもしんねーけどさ。もう人間ですらねーかもしんねーけど……。ミラナのこと好きなのは、ずっとずっと、かわんねーから……」
ミラナがスースーと、わざとらしい寝息を立てている。前足で頬をツンツンとつつくと、「うーん」と唸りながら払いのけられてしまった。
――くそっ。ミラナ、おまえ、起きてるだろっ? こんだけ言ってもだめなの?
我慢できずミラナの耳を俺のしめった鼻で突くと、ミラナがピクンと反応した。
――寝たふりはここまでだっ。
今度はミラナの頬に、鼻の頭を押しつける。口だと怒られそうだけど、鼻ならギリギリ大丈夫だろうと勝手に思っている俺。
だいたいいつも、俺に好き放題するのはミラナのほうだ。
そのまま額をスリスリとミラナの顔に擦り付けていると、ミラナにムギュッと抱きしめられた。
「嫌いって言ってごめんね……」
「うはん……っ。ミラナ、機嫌なおったの?」
「うん……」
「俺のこと嫌いじゃない?」
「うん、嫌いじゃないよ」
――やっ、はぁー! 嫌われてなかったぁーー!
浮かれて飛び出しそうになる舌を必死にこらえながら、猛烈に尻尾を振る俺。
残念ながら、尻尾の止めかたはいまだによくわからない。
「テイム、俺も頑張るぜ」
「うん、よろしくね」
「おやすみ、ミラナ」
「一緒に寝よ……?」
「きゃう……っ!?」
ミラナにしっかり抱きしめられた俺は、彼女の首元に顔を埋めた。
――よかった。跳ねすぎて疲れたぜ。
温かな彼女の腕のなか、安心して早々に寝てしまった俺は、そのあとミラナが呟いた言葉を、夢の中で聞いた気がした。
「……オルフェルの、嘘つき……」
△
翌朝、ミラナは成犬にレベルアップさせた俺に、なにやら大量の荷物を背負わせていた。
どうやら目的地がかなり遠く、一日では到着しないらしい。野営も考えているらしく、鍋やテントも積んだようだ。
テイム作業以外にも、道中の魔物と戦う必要があるのかもしれない。
「そういえば、助っ人が来てくれるんじゃねーの?」
「うん、場所は伝えてあるから、現地集合だよ」
「ちゃんと合流できんのかな」
相手は会ったこともないうえ、なにも話しあっていない。こんなことで本当に会えるのかと、俺は首を傾げた。
張り切って出かけても、あんな強い先輩たちをボコボコにするのは、俺たちだけでは無理な気がする。
フロストスプライトももちろん怖いけど、シェインさんは巨大なキマイラだというのだからもっと怖い。
キマイラは複数の動物が組みあわさった魔物で、カタ学で受けた魔物学の授業でも『普通の魔物より格段に強いため要注意』とされていた。
しかも、シェインさんは頭と体はライオンで、背中にヤギの頭が生え、尻尾は蛇になっているらしい。
見た目の衝撃だけでも、震えあがってしまいそうだ。
不安顔の俺に、キジーが「安心しなっ!」と、言いながら得意げな顔をしてみせた。
「ちゃんと来てくれるよ。それにアタシは探知が大得意だからね。だれがどこにいるかなんて、すぐわかるんだよ。合流だって問題なしさ」
「すげーな! だれがいるかまでわかるのか」
「知り合いならね。どんなに上手く隠れてても、アタシの探知にかかればバレバレだ……よっ! そこの、隠れてる騎士団長さん!」
キジーがそう言いながら、振りかえってビシッと中空を指差す。
『なに言ってんだ?』と見あげていると、緑の風が渦を巻き、そのなかから騎士団長が現れた。




