061 ガタガタ~闇魔導師の最期~
場所:イコロ村
語り:ミラナ・レニーウェイン
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「いまは無理しなくていいよ。あんたがまた、やりたいことを見つけられたら、お母さん、なんでも応援してあげるからね」
悔し涙を飲みながらも、故郷の村でひっそりと暮らしていた私に、お母さんはいつも、優しい言葉をかけてくれた。
なんだか周りの視線が痛くて、どうしても惨めで、家から出る回数も減っていた私。
だけど、いつまでも虚無感だなんだと言ってはいられない。
――とにかく現実を受け入れなきゃね。とりあえず、今日もお母さんのお手伝いよ。
私は箒を手に玄関を出て、家の周りの落ち葉を集めた。
玄関の掃き掃除をすると、ここでしばしば告白をしてくれた、オルフェルの姿を思い出す。
顔を真っ赤にしながらも、かなり恥ずかしい愛の言葉を惜しげもなく私に贈ってくれた。
毎度玄関先なのは、本当にやめて欲しかったのだけれど。
いま思えば彼は、あのときからもう、きっと真剣で大真面目だったのだ。
私のバカな思い込みのせいで、何年も彼を待たせてしまった。
私がこの気持ちを伝えたら、オルフェルはどんな反応をするだろう。
「寒いわね」
私の隣に浮いていたクイシスが、ブルっと身震いをする。今年二度目の冬が来て、外は本当にすごく寒い。
「うん、カタ学が休暇に入るまで、もう五日だもんね」
「ミラナったら、そればっかり。オルフェルが帰ってくるのが楽しみなのね」
「うん……。やっぱりちょっと、不安でもあるけど。無事に帰ってきてほし……っ、え!?」
そのとき、「シャイニングアロー!」という突然の声とともに、バスッと弓の放たれる音がした。
金色に輝く矢がクイシスの身体を撃ち抜き、小さな精霊は悲鳴もあげずに姿を消した。
私は虚を突かれて目を見開く。
「クイシスッ!」
青ざめながら振り返ると、白馬に跨った騎士服の男が、得意げな顔で私を見下ろしていた。
「どうだ! 一撃だ。陛下を欺き、王妃を魔物に変えた恐ろしい闇の力は、私が全て消し去ってやる」
「おぉー! エンベルト様! さすがの腕前です」
あれは、カタ学の卒業生で騎士団長にまでなった、聖騎士のエンベルト・マクヴィックだ。
彼の周りに浮いていた、金色に輝く魔法の弓が、シュンと音を立てて消え去った。
強烈な光に少しクラクラしながらも、私は大きな声をあげた。
「罪のない精霊に、なんてことするんですか!」
「罪がないだと? あいつらは人間を惑わせ闇の魔法を使わせる、悪の枢軸だろう。卑劣極まりないやつらだ」
「卑劣なのはあなたでしょ! 後ろから不意打ちで射殺するなんて!」
「はぁ! こわいこわい。なんてこわい顔だ。これだから闇魔導師は嫌われるのだ。悪いことをしているのに悪気がない。おまえもイザゲルと同じだ! 大人しく捕まれ。ペトリフィケーション!」
私は石化の魔法で、あっという間に拘束された。身体はかたく重くなり、立っていられずに倒れ込むと、エンベルトの周りにいた十人の騎士たちが私を取り囲む。
だれかが呪文を唱えると、真っ黒なローブを着せられた私の腕に、魔力封印の魔法陣が浮かびあがった。
「念のためだ。しっかりサイレンスもかけておけ。闇深い魔法を使われては困る」
騎士たちが私に沈黙の魔法を重ねかけする。喉は焼けるように熱くなり、うめき声すら出せなかった。
――ここまでするの!? こんなのっ、あんまりだわ!
「できたならさっさと積み込め」
偉そうに騎士たちに命令している馬上の聖騎士エンベルト。あんなのがオルフェルの目指していた、国王直下のエリート騎士だなんて。
そのとき、家のなかから出てきたお母さんが、拘束された私に気付き、悲鳴のような声を張りあげた。
「ちょっと、うちの娘になにを……!」
「邪魔をするな。これは王命だ。やはり闇魔導師は全員まとめて処刑せよと」
「ふざけないで! うちの子がいったい、なにをしたっていうの!」
取乱した様子で私のもとへ駆け寄ろうとするお母さんを、騎士たちが棘のついた盾で追い払っている。
――お母さん! 無理しないで! ケガしちゃうよ!
身動きも取れずに見ていると、近所の人たちが出てきて、お母さんを騎士から引き離した。
ホッとする私を、騎士たちが担いで馬車に詰め込む。
馬車のなかには、私と同じように石化された闇属性魔導師たちが、何人も転がされていた。
「ミラナ! ミラナーー!」
泣き叫ぶお母さんの声を残して、聖騎士エンベルトの率いる馬車は村を出る。
――あぁ、可哀想なクイシス……! どうしてあなたが消されなくちゃいけないの?
――お母さん、お父さん……! 嫌だよ、怖いよ、死にたくないよ……!
泣くこともできない強烈な石化魔法で、カチコチにかたまった体。馬車がガタガタ揺れるたび、砕け散りそうな強い痛みが身体を走る。
ガタガタ……ガタガタ……。
そのあと馬車は、いくつかの村や町を周り、さらに何人もの闇魔導師をさらっては乗せた。
そして、数日かけて移動した末、どこかの施設に到着したのだった。
黒いローブを着せられたたくさんの人が、カチコチのまま床に転がされている。
新たに連れてこられた私たちも、その部屋の隅に転がされた。
それはきっと、本当にひどい光景だったと思う。だけどそのころには、私の意識も朦朧として、もうほとんど、考えることもできなかった。
頭に浮かぶのは、いつも優しい眼差しで私を見詰めていた、恋しいオルフェルの顔ばかりだ。
――もう一度、会いたかったよ、オルフェル……。好きだよって、言いたかった。気持ちを伝えようって、やっと決めたのに。
悔しさと後悔の渦のなか、私たちの転がる部屋に、あの聖騎士エンベルトの、情けなさげな声が響いた。
「……私だって、私だってな、本当は……お前たちに罪のないことなど、わかっている……。わかっているのだ。
……せめて、我々がイザゲルを捕らえられていれば、陛下のお気持ちを変えることができていたのかもしれない……。
申し訳ない。なにもかも我々の力不足だった。謝って済むとは思わないが、イザゲルの罪をかぶり、逝ってくれ!」
そんな、聖騎士様のどうしようもない演説のあと、しっかりと部屋の扉が閉められた。
窓ひとつない、真っ白な壁だけの部屋に、シューシューと音が鳴り響いている。
――まさか、毒ガス? こんな最期、あんまりだよ!
動かないはずの体が、恐怖でガタガタと動きはじめる。私の周りの魔導師たちも、みな一斉にガタガタと振動をはじめた。
ガタガタ……
ガタガタ……ガタガタ……
そのとき、強い強い闇の気配がガス室を包み込んだ。真っ黒で大きな闇の魔法陣が、冷たい床に形成されていく。
そして、真っ白だったガス室の壁は、真っ黒な暗闇に変わった。
――なにも見えない。だけど、ホッとする。いまはなにも、見たくないから。
私はそのまま、すっと意識を失った。




