060 恋文と抗議文~真剣な気持ちをあなたに~
場所:イコロ村
語り:ミラナ・レニーウェイン
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『邪悪な闇魔導師は善人面をするな! 国から出ていけ!』
『イニシスの国民はもう騙されない!』
『イコロの魔女め! 王妃様を返せ!』
机の上に積みあげられた手紙に目をやって、私は今日何度目かもわからないため息をついた。
オルフェルをカタ学に追い返してしまってから、また四ヶ月がすぎている。
その間に、王妃様の死がきっかけで始まった闇魔導師追放運動は、どんどん激化していた。
イコロ村は事件を起こしたイザゲルさんの出身地のため、ほかの村より狙われやすいようだった。
はじめは、イザゲルさんを失い傷心のシークエンさんの家に、溢れるほどの抗議文が届いた。
それから、領主であるクーラー伯爵のところにも。
そして最近は、理不尽に王都を追放された私にまで、抗議の手紙が届くようになってしまった。
『イザゲルを産んだ村が、闇魔導師を匿っているのは許せない! 闇魔導師は国外へ出ていけ!』
毎日のように届く、そんな手紙を手に取ると、喉の奥が詰まったように痛くなる。
「私、村にいるのもダメなの? 私がこの人たちに、いったいなにをしたって言うの?」
「ごめんね、ミラナ。私があなたを愛したばっかりに、あなたを嫌われものの闇属性にしてしまったのよね」
私の目から、悔し涙がポロポロとこぼれ落ちると、クイシスは一緒になって涙を流してくれた。
私の顔の横に飛んできて、申しわけなさそうにしながら、小さなハンカチで私の涙を拭いてくれる。
「クイシス、そんなこと言わないで、あなたのせいじゃないわ」
「だけど、ときどき思うのよ。あなたを闇に縛り付けてるのは私なんじゃないかって」
「違うわ。あなたがいてもいなくても、私は根っからの闇属性よ。問題はそこじゃないの」
「そうね……」
クイシスは私が悲しむと、いつだって同じように悲しんで、私に寄り添ってくれた。
痛みと恐怖を深く知る闇だからこそ、彼女は思いやりに溢れている。
闇の精霊は決して、深淵の常闇だけを愛してはいない。
皆が安心して眠れるような、優しい薄暗がりを愛し、光と共存しているのが闇の精霊なのだ。
そんな優しい闇を、悪く言う人たちは、本当に、なにもわかっていない。
「問題は、理解されていないってことよ。必要以上に怖がって、排除しようなんて、極端だわ」
「そうね、光でも闇でも、極端なのはよくないわ。光と闇は協力しあうことが大事なのよ。片方だけ追い出すなんて間違ってるわ!」
私たちは二人で仏頂面をつきあわせ、「まったく、困った人たちね!」と、頷きあった。
なんだか、すこしおかしくて、泣きながらクスッと笑ってしまう。
「さっ! こんな嫌な手紙はさっさと捨てて、今度はこっちを読もうっと」
「そうね! そのほうが元気が出るわよ」
私の机の上には、もうひとつ手紙の山があった。カタ学にいるオルフェルが、三日に一度は送ってくれる、おかしなラブレターの山だ。
休暇中以外は、本当に欠かさず送ってくれたため、もう五十通近くあるかもしれない。
どんなにつらくても苦しくても、この手紙を読めば、私は元気を取り戻せた。
クイシスが声を出して、オルフェルの手紙を読みあげる。
「拝啓 ミラナさん
今日の俺は、ジックボールの試合で大活躍したぜ! 女子たちの黄色い歓声で、鼓膜が破れるかと思ったくらいだ。
俺がカッコいいシュートを決めるところを、ミラナにも見せたかったな。絶対ミラナも惚れたはずだぜ!
あなたのオルフェル」
「拝啓ミラナさん
なぁ、ミラナ。返事がないけど元気にしてるか? もしかして、俺の字が達筆すぎて読めねーんじゃねーかって、俺は心配してるぜ!
オルフェル君の赤毛が不安で禿げる前に、是非返事を書いてくれよな。俺への愛が詰まった手紙、待ってるぜ!
あなたのオルフェル」
「拝啓 ミラナさん
ミラナがいない毎日は、ばーちゃんのレモンケーキみたいだぜ。パサついてしょうがねーよ。
次の休暇にはゆっくりミラナと話がしたい。闇属性の追放運動が激化してるから気をつけろよ。意地悪されたら俺に言うんだぜ。
じゃ! 休暇で会えるのを楽しみにしてるぜ!
あなたのオルフェル……よくもまぁ、こんなに飽きずに手紙を送ってくるわよね、あの子は……」
クイシスが小さなため息をつきながらも、ふわふわと笑顔を浮かべている。
クイシスも、オルフェルからの手紙が大好きなのだ。
「うっ、オルフェル……。会いたいよぉ、オルフェル~!」
「やだ、ミラナったら、結局泣いちゃうの? これ読んで元気を出すんでしょ?」
「だって、だって……。私だって、毎日オルフェルに会いたいの!」
「ならいいかげん、返事を書いてあげたら? ミラナの大好きなオルフェルが禿げちゃうわよ?」
「だって、だって……。どうしても、ラブレターみたいになっちゃうんだもん……。あんなの、恥ずかしくて送れないよぉ」
また涙が止まらなくなった私を、呆れた顔で眺めるクイシス。
だけどそのころの私は、気持ちも伝えず彼をカタ学に返してしまったことを、毎日悔やんでいたのだった。
「オルフェルは真剣だよ。逃げ回っても追い返しても、ちっとも諦めやしないんだから」
「うん……」
「いいかげん、本当の気持ちを教えてあげたらどうなの? 二人のことなんだから、一人で決めちゃうのはよくないわよ。あの子の気持ちも、少しは汲んであげないと」
「うん、わかってる……。だから、次の休暇でオルフェルが帰ってきたら、私も真剣に、この気持ちを彼に伝えるの」
「そう! えらいわ。やっとなのね! 応援してるから頑張って! 私はいつだって、あなたの味方よ」
「こんなに振り回して、いまさら好きだなんて言っても、嫌われちゃうだけかもしれないけど……」
「絶対大丈夫よ!」
「ありがとう、クイシス」
それから数日経ったころ、白馬に跨った国王の騎士が、兵士と馬車を引きつれ、私を迎えにきた。




