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三頭犬と魔物使い~幼なじみにテイムされてました~  作者: 花車
第5章 恋文と抗議文

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059 行かないで~ミラナの悪夢~

 場所:イコロ村

 語り:ミラナ・レニーウェイン

 *************



『オルフェル! お願い、行かないで!』



 遠くなっていくオルフェルの背中に、私は必死に手を伸ばす。



『お願い……そばにいて……』



 だけど、彼との距離はどんどん遠ざかって、その後ろ姿は白い霧の奥へと滑るように消えていく。



「やだっ、寂しいよ……。オルフェル……」



 何度目かもわからない同じ夢を見て、私、ミラナ・レニーウェインは、今日も泣きながら目を覚ました。



――またこんな変な夢見ちゃった……。どうしてこんなことに……。あぁ虚しい。虚しくて死にそう。



 ここはイコロ村。カタレア魔法学園に合格し、皆に祝福されて旅立ったはずの故郷の村だ。


 一人っ子の私の部屋は、村を出たときと変わりがない。


 使い慣れた木製のベッド、いつもかじりついていた勉強机。


 なのにいまの私は、あのころの私とはまるで違う。


 王様が出した理不尽な命令が、私が頑張って積みあげてきたものを、根こそぎ奪ってしまったのだ。


 なにをしていても虚しさがこみあげてきて、まったく気力が沸いてこない。



――私、勉強しかできないのに。まさかそれを奪われちゃうなんて……。



 そんななか毎夜見てしまうのは、オルフェルの後ろ姿に縋りつくような、なんとも女々しい夢なのだった。



「ミラナ……。またうわ言を言ってたわよ?」


「やだ、クイシス……。聞いてたの?」



 私の守護精霊のクイシスが、顔のそばに飛んできた。


 クイシスは私の両手に乗るくらい、小さな闇の精霊だった。


 真っ白な肌にクルクルと巻いた(つや)やかな黒い髪、フリフリのドレスを着ていて、お人形のように可愛らしい。


 ほかの精霊のような綺麗な羽はないけれど、重力魔法を使い、自由自在に飛び回ることができた。



「そんなに寂しいなら、行かないでって言えばいいじゃない。オルフェルは今日もきっとくるわよ」


「ダメだよ。こんなわがまま言えるはずないよ」



 クイシスはため息をつきながらも、小さなハンカチでいつも私の涙を拭いてくれる。



「そんなに意地をはってどうするの? あんなに何度も来てくれてるのに。あの子が一時の気まぐれで、あなたに言い寄ってるわけじゃないことくらい、もういい加減わかってるんでしょ?」


「意地なんかじゃないよ……。ずっと騎士を目指して頑張ってきたオルフェルを、村に引きとめられるわけないじゃない」



      △



 王都を追放された一ヶ月後、カタ学は長期休暇に入り、オルフェルはイコロ村に帰ってきた。



「ミラナ。俺、やっぱりこのまま村でミラナのそばにいてーんだけど……」



 ふわふわはねるくせ毛の少し長い前髪越しに、彼の赤い瞳が探るように私を見詰める。


 その瞳の輝きは、ろうそくの炎のように不安げに揺らいで……。


 吸い込まれそうな、それでいて胸が潰れてしまいそうな、切ない表情(かお)をするオルフェル。


 私はいますぐ抱きつきたいのをなんとか耐えて、必死に平気なフリをしてみせた。



「ダメだよ、オルフェル。せっかくカタ学に入って、生徒会長にだってなったのに」


「でも俺、ミラナに好きになってもらいたかっただけだからさ。ミラナがつらいときにそばにいてやれねーなら、騎士になっても意味ねーかなって……」


「どうしてそんな情けないこというの? いまさら投げ出すなんてかっこ悪いよ?」


「だってさ、ミラナも俺が泣きそうなとき、グレイン川に来てくれただろ。なのに、こんなつらそうな顔してるミラナ、残して戻るなんて、俺……」


「オルフェル……」



 オルフェルが一歩前に出て私の顔を覗き込む。


 どんなに気丈に振る舞おうとしても、顔に出てしまうこの虚無感。


 彼はそれを見透かしたのか私の頬に手を添えた。



「……情けねーって思うなら、もう俺のこと好きになんなくてもいい……。だからいまだけ、近くでミラナのこと守らせてくんねー?」



 真剣な眼差しで、私を見詰めるオルフェル。


 射抜かれた獲物のように飛び跳ねる気持ちを、私は全力で抑えつけた。



「バカ言わないで。騎士にならないと、もうオルフェルとは口聞かないからね」


「ミラナ……」



 私の強い口調に、頬に添えていた手をはなし、オルフェルは黙り込んだ。


 こんなやりとりを、彼が休みの間に何回繰り返したことだろう。


 本当は泣きつきたかった。そばにいてほしいと叫びたかった。


 だけど、そんなわがままで、彼の輝かしい未来を台無しにはできない。


 彼はもうすこしで、騎士に手が届くところまできているのだ。


 何度も来てくれるオルフェルを、私は冷たい態度で追い返した。



      △



「じゃぁ、本当に俺、カタ学にもどるぜ? いいの? 俺がいなくて寂しくないの? ミラナさん」



 いよいよ王都に帰るという日、彼はまた私のところにやってきた。



「……オルフェル、頑張って。私もここで、できることを頑張るから」


「わかった。だけど俺が騎士になったら、ほんとに俺の恋人になってもらうからな。さっ、最低でも、手繋ぎデートは絶対だぜっ。俺をカタ学にかえしたこと後悔すんなよ」



 騎士になる決意を新たに、カタ学に帰っていくオルフェルを見送る。



――私、なんて嘘つきなんだろう。


――オルフェルに、騎士になってほしいなんて、一度も思ったことないのに……。



 ほんの少し、不安だっただけだった。


 恥ずかしくて、言い出せなかっただけだった。


 ぐずぐずしてるうちに嘘が膨らんで、ますます言えなくなってしまった。


 それでもそばにいられれば、いつかは、そう思っていた。


 自分があまりにバカすぎて、涙が溢れて止まらない。



「やだ、行かないで……。好きだよ、オルフェル……」


「バカな子ね。人間の一生なんて短いんだから、好きな人のそばにいればいいじゃない。オルフェルがあんなにミラナのそばにいたいって言ってるのに……」



 クイシスの小さな手が、優しく優しく私の髪を撫でている。



「だめだよ、いまさら。私なんか、負担にしかならないよ……」



 苦しくてつかえる胸を押さえると、クイシスはまた静かに涙を拭いてくれた。



      △



『行かないで! お願い、そばにいて……』



 オルフェルのいないイコロ村で、私はまた未練がましい夢を見る。



――こっそり姿を見にいきたい……。



 だけど、恋しい彼のいる場所は、行けば死刑になるオルンデニアだ。


 どんなに会いたくても、こちらから会いにいくことはできない。


 そして、オルフェルはきっとあの国王の騎士になる。


 彼がこんな小さな村に帰ってくる未来なんて、ここにあるはずもないのだった。


 考えれば考えるほど現実は虚しい。


 そんな夜をいくつもすごして、私はほんの少し大人になった。



 王都を追われ、イコロ村に帰ってきたミラナは、村の学校に通うこともできず、寂しくも虚しい日々を送っていました。


 休暇で帰ってきたオルフェルは、ミラナのそばにいたいと言いますが、ミラナはそれを、追い返してしまいました。


 そんな彼女のもとに、たくさんの手紙が届きます。


 次回、第六十話 恋文と抗議文~真剣な気持ちをあなたに~をお楽しみに!


挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 気持ちのすれ違い、はがゆい限りです。 ミラナが素直に「行かないで」と言えたら万事解決しそうではありますが、完全に自信を失ってしまった彼女には難しいですよね。 これが未来の状況にまで尾を…
[良い点] ミラナも辛いですね。 オルフェルの傍に居たいけど、 彼の夢や目標は奪いたくない。 まさに断腸の思いですね。
[一言] うわぁ。 これは…俺もこういうとこマジあるんですよね。 お前のためならみたいな笑笑 物語を読んでるとどんどん俺に近いオルフェルに親近感が笑笑 今ではオルフェル=俺じゃね?みたいなおこがましい…
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