058 ボコボコ~死なない程度にね~
場所:リヴィーバリー
語り:オルフェル・セルティンガー
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キジーとともにラ・シアンを出たミラナは、ギルドで毒消し草採集依頼の完了報告を済ませた。
それから裏通りの織物店で、サビノ村で頼まれて回収したという、ポイズンスパイダーの糸を買い取ってもらう。
俺はその間、ずっとキジーに預けられていた。理由は店のなかできゃんきゃん吠えて、迷惑をかけるからだそうだ。
さらに、メージョーさんの店で、キジーの持ってきてくれた魔導書などを買い取ってもらうと、ミラナは満面の笑みで店から出てきた。
「うふふ……」
「ミラナ、どしたの?」
ミラナはとても満足げな顔で、含み笑いを浮かべている。
学生のころよりずっと、表情が豊かになったミラナが可愛い。
「あ、わかった。そろそろ百万ダールは溜まっただろうから、ビーストケージが買えるって喜んでるんだろ」
「うふふ! そうなんだけどね、ビーストケージ、二個買えるよ!」
「えぇっ!? 嘘だろ」
「ほんとだよ! 二百万ダール、貯まっちゃったの!」
「すげー、いつの間に……」
思った以上の貯金額に驚く俺。そういえば俺は、ギルドの仕事の報酬額をさっぱり知らない。
彼女の懐事情を、把握できるわけもないのだった。
ミラナが言うには、前にメージョーさんにヨーヨーを買い取ってもらった時点で、すでに百三十万ダールは貯まっていたらしい。
あのときミラナは、ビーストケージを買いに、ローズデメールへ寄ろうとしていた。
だけど、俺がいきなり走り出したために、後回しになってしまったようだ。
「そうとは知らず、悪かったな」
「ううん。急いで買っても、どうせシェインさんたちの居場所もわからなかったから。じゃぁ買ってくるから、少し待っててね! キジー、オルフェルすぐ逃げるから、しっかり持っててね」
「任せといて!」
「大丈夫、逃げませんよ?」
キジーにガッチリ抱きしめられたまま、俺は短い前足を振って、ミラナを見送った。
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しばらくすると、ミラナは腰のベルトに、四つのケージをつけて店から出てきた。
『どうだ!』と言わんばかりの得意げな顔をしていて、めちゃくちゃに可愛い。
こんなに満足そうなミラナを見たのは、いったいいつぶりだろうか。
両手を腰に当て、足を開いて腰を突き出している。
「これで、シェインさんとベランカさんをテイムできるわ!」
「そうだな! だけどテイムって、どうやってやんの?」
「えっ!? えっと、それは……」
俺が尋ねると、ミラナはなんだか気まずそうに口ごもり、俺から目を逸らした。
隣に立っていたシンソニーに目をやると、こっちも口をつぐんで空を仰ぐ。
「な、なんなの? シンソニー、おまえ、俺がテイムされるとき、見てたんだよな?」
「あー。……うん……」
今度は引きつった顔で、後ろを向くシンソニー。二人が黙ってしまうと、キジーが口を開いた。
「言うこと聞いてケージに入るまで、みんなでボッコボコにすんだよ」
「きゃうん!?」
キジーの腕のなかで飛び跳ねる俺。全身の血の気が、サーっと引いていくのを感じる。
「なんだそれ、こえぇっ! 俺ミラナにボコボコにされたの?」
「し、死なない程度にね……」
ミラナが引きつった顔をしながら、ニコッと笑顔を作って、俺は余計に震えあがった。
「シンソニー、まさか、おまえも……? 宇宙一優しいおまえがっ、俺に、そんなことしねーよな!?」
「あっ、あのね、オルフェ。言っとくけど、僕もされたんだからね? 覚えてないけど」
「みんな、こえぇっ!」
「なによ。だったらオルフェルは、参加しなくていいよ! ケージに入って、テイムが終わるまで待ってれば?」
ミラナが怒り出してしまい、ビビりながらも慌てる俺。
「ごめんなさい、が、頑張って、俺もシェインさんとベランカさんをボコボコにします。ってやっぱこえぇーーーー!」
「もう! オルフェルなんて、知らない!」
ミラナは俺をキジーに預けたまま、スタスタと歩きはじめてしまった。『怖い怖い』と騒ぎすぎたせいで、ミラナを怒らせてしまったようだ。
シンソニーが慌ててあとを追って、まだ少し困惑中の俺の代わりに、ミラナの機嫌を取ってくれている。
そんな二人の様子を見ながら、俺はようやく思い出した。調教魔法はすべて、闇属性魔法だということを。
闇属性なんだから、闇深いのは致し方なしだ。
――あー、俺のバカ。ほんとにバカ!
遠ざかっていくミラナの後ろ姿を見ながら、俺は小さくため息をついた。
そんな俺を見かねてか、キジーが俺の頭を撫でる。
「封印された遺跡でミラナに出会ったとき、ミラナ、すごく悲しげでさ。いまにも消えちゃいそうなくらい儚げに見えて、ほっとけなくてさ……」
「え。そ、そうだったのか……。ミラナ、なにがあったのか全然言わねーから……。俺……聞きにくくて……」
声を詰まらせた俺に、キジーが「わかる!」と、相槌を打つ。キジーもあまり、突っ込んだ質問はできなかったようだ。
だけどどうやら、ミラナのそういうミステリアスなところも、キジーは気に入ったらしい。
「なんかすごく、つらかったみたいで、最初はずっと落ち込んで泣いてたよ」
「キジーがミラナを、元気づけてくれたんだな」
「うん、アタシの冒険の話をいろいろ聞かせてあげたんだよ。楽しそうに聞いてくれたからね。で、アタシが遺跡で見かけた魔物の話をしたら、それが、シンソニーだったってわけ」
シンソニーを保護したいというミラナを、キジーはナダンという人に紹介したらしい。
キジーの師匠でもあるナダンさんは、調教魔法の考案者なのだそうだ。
「五年位前なんだけど、北西のクラスタル王国で、魔物が大量発生してね。それを鎮めるために、先生が調教魔法を考えたんだ」
「本当に新しい魔術なんだな……」
「そうそう。だけど、調教魔法は、魔力や戦闘力が少ない魔導師でも、強い魔物さえ捕まえれば十分戦えるってことで、最近は結構流行ってるんだよ。絶対、ミラナにちょうどいいと思って」
「なるほど……」
調教魔法を勉強しはじめてからの彼女は、本当に真面目で、健気で、キジーは胸を打たれたのだという。
最初は泣いてばかりだった彼女が、魔物になってしまった仲間のために、前向きになろうとしている。
そんな姿を見て、キジーはますます手伝ってあげたくなったようだ。
キジーは俺を抱いて歩きながら、あれこれとミラナへの愛を語った。
彼女はどうやら、俺の同志のようだ。
「ミラナ、シンソニーのときも、アンタのときも、泣きながらテイムしたんだからね。あんなに、怖がらないであげてよ」
「わかってる。あとでしっかりあやまるから……。というか、キジーって本当にいいヤツだな! シンソニーに並んで宇宙一かもな!」
「当たりまえだろー! 可愛い子にはどこまでも気前がいいのが、このキジー・ポケット様さ! アタシも闇魔導師だから、仲間だしさ」
「よし! いま、俺の『世界が滅びそうになったとき助ける人一覧』にキジーを追加したぜ!」
「あはは。なにそれ。三頭犬はミラナを守ってやりなよ。好きなんだろ」
「大好き……って、なんで知ってんの?」
「シンソニーが言ってた」
「ぎゃふ。あの噂好きめっ」
俺がキジーとすっかり打ち解けたころ、俺たちは貸し部屋ラ・シアンに到着した。




