057 二匹の魔物~見つけて来てやったよ!~
場所:貸し部屋ラ・シアン
語り:オルフェル・セルティンガー
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「たっだいまー! ミラナ、シンソニー! 元気してたぁ?」
「きゃう!?」
「「あ! キジー! おかえりっ」」
キジーは勝手にミラナの部屋の扉を開けると、ズカズカと入り込んできた。
前と変わりがないと言えばそうなんだけど、ずいぶんと不躾な態度だ。いくらミラナの友人だからと、少し自由すぎないだろうか。
「キジーって、よく人の家に勝手にあがれるよな」
俺が思わずそう言うと、キジーは俺をミラナから奪い取り、またポーイと投げはじめた。
「おい、やめろって!」
「おー! 三頭犬! 相変わらずチビだねー!」
「ふざけんなっ」
「ふざけてんのは三頭犬だろ。ここはアタシんちでもあるんだよ」
「えぇっ」
驚く俺をミラナに返して、キジーは背中に背負っていた大きな革のバッグを、ドサッと床に降ろした。
「まー留守が多いからね。ここに住んだのはせいぜい三日くらいだけど」
「そうだったのか」
「そうなの、というかキジーが家賃払ってくれてるから、キジーの部屋なの」
「えぇっ、そうだったの!? 文句言ってすんません」
「へへん。まぁいいけど」
衝撃の事実にあわてて謝った俺に、彼女は得意げな顔で笑う。ミラナの部屋だと思っていたこの部屋は、実はキジーの部屋だったらしい。
それもそれで驚きだけど、ミラナがここまで他人に頼って暮らしていることに、俺は衝撃を受けていた。
――ミラナ、ほんとに変わったよな。人に頼るの苦手そうだったのに。
――俺が記憶を失っている数年間の間に、ミラナにいったい、なにがあったんだ?
そんなことを考えた俺はふと、ケージのなかで見た、強烈な恐怖の記憶を思い出した。
全身の毛がザワザワっと立ちあがって、ゴクリと喉を鳴らす俺。
――そういえば、オルンデニアは突然、跡形もなく消えたんだよな。イニシス王国は、三百年の間にゆっくり滅んだのかと思ってたけど……。
――あの後俺たち、どうなった? ミラナは、どうなった?
「とりあえず、これを見てよ」
キジーがそう言いながら、床に敷かれたラグの上にあぐらをかいて座りこむと、ミラナとシンソニーもキジーの周りに座った。
まだ少しぞわぞわしている俺の体を、ミラナがそっと撫でてくる。
「どうしたの? オルフェル、ちょっと震えてる?」
「いや、なんでもねー」
考えるのをやめた俺の前に、キジーはまたあの地図を広げた。イニシス王国のない、この大陸の広域地図だ。
彼女は地図のある地点を指でコンコンと叩きながら、また得意げにニッと笑った。
「へっへーん! 探知と解除が大得意な大魔道師キジー・ポケット様が、ミラナの仲間を見つけてきてやったよ!」
「「えっ!?」」「きゃう!?」
「同じ場所に二匹いたんだよね」
「二匹!?」
「ヤギの頭がくっついたライオンのキマイラと、フロストスプライトがいたよ」
「わぁっ、シェインさんとベランカさんだわ!」
ミラナが嬉しそうにそう言って、俺をキュッと抱きしめる。もう俺は、されるがままだ。
「……やっぱり、ほかにも魔物になった同郷の仲間がいたんだな。もしかしたらエニーに会えんのかなって思ってたけど、まさか、シェインさんたちが……。ほかにもだれかいんの?」
「それがね、エニーもそうなんだけど、ネースさんとハーゼンさんもなの」
「そんなにいるのか!? ほんとにいったい、なにがあったんだ……」
俺がそう呟くと、俺を撫でていたミラナの手が動きをとめた。
「うーん……。それは言いたくないの」
「わかってる……」
ミラナはやっぱり、なにか隠したがっているようだ。
だけど俺は、どうにも追及できなかった。
興味がないと言えばうそになる。
だけど、魔物になっているのは、あのとき一緒にイコロ村へ帰ったカタ学の仲間と先輩たちだ。
もしあの、声に出すのも恐ろしい、王都消失事件が関係しているのだとすれば、ミラナが言い淀むのも当然だという気がした。
――俺もいますぐには聞きたくねーかも。
黙り込んだ俺の背中を、ミラナが再び撫ではじめる。
「いまはそれより、魔物になってしまった仲間を集めるのが先決だよ」
「そうだね。キマイラたちも、もうすっかり目覚めてるから。万一遺跡の封印が解けて、街なんかに被害が出たら、騎士団や冒険者たちに退治されちまうよ」
「なるほど、それはまずいな」
――そうか、ミラナが必死なわけだな。
俺はようやく納得した。同郷の仲間が暴れて退治されるくらいなら、ミラナに調教してもらったほうがだいぶんいい。
故郷や祖国がなくなったって、同郷のみんながいれば、故郷にいるみたいに楽しく暮らせるかもしれない。
「それにしても、ベランカさん、フロストスプライトって人型じゃねーか。獣じゃねーの?」
「あ、そっちが気になるんだ? 僕はシェインさんのヤギの頭のほうが気になるけど」
俺が話題を変えると、シンソニーもふふっとほほ笑んだ。エニーの名前が出て、彼もきっと嬉しかったのだろう。
「いや、だって俺たちだって頭はいっぱいあるんだろ。それがヤギでもいまさら不思議はねーけどよ。みんな変な魔物になってんのに、人型ってずるくねーか?」
「そうかな?」
「まぁいいか。頭の数で勝ってるし」
「え? そこ、競うの? 多いの嫌なんじゃなかったんだ」
「シンソニーにも勝ってるぜ」
「いや、全然くやしくないよ?」
シンソニーが今度は苦笑いしている。きゃんきゃん言っていると、ミラナは『静かにして』と言わんばかりに、抱いていた俺の口を手でふさいだ。
「もご……」
「それにしても、やっぱり仲がいいわ。同じ場所で一緒に見つかるなんて」
「だけど二人同時って、捕まえるのがたいへんなんじゃないかな」
「そうだねぇ、あれは相当強そうだったよ」
そういうキジーは、封印された遺跡とやらで、ミラナに教えられた特徴の魔物を発見し、こっそり様子だけ見て帰ってきたらしい。
「うーん、強そうだけど、頑張ってテイムしなきゃ!」
「ミラナがそう言うと思って、ナダン師匠とベルさんにも声をかけといたよ。手伝いには行けないけど、だれか応援によこすって言ってくれてた」
「わ、さすがキジー! 本当にありがとう」
「ってことでさ、ビーストケージが二つ必要だろ。これ、足しにしなよ」
キジーはそう言いながら、大きなバッグのなかから魔導書や魔道具を取り出し、ミラナの前に並べてみせた。
また遺跡を冒険して手に入れた戦利品のようだ。
「キジー、いつもいつも、本当にありがとう」
ミラナが瞳に涙を浮かべて礼を言うと、キジーは少し照れくさそうにしながらも、ミラナの肩に自分の肩を軽くぶつけた。
態度や話しかたはかなり粗野な彼女だけど、ミラナにはとにかく優しいし、段取りもいい。
そして、なにからなにまで、俺たちの世話を焼いてくれているようだ。
ようやくそれに気づいた俺は、彼女への見方をあらためることにした。
「キジーっていいやつだな」
「今頃気付いたの? 三頭犬!」
「今度二人で、朝まで語りあおうぜ」
「ぷは。遠慮するわ」
なぜか遠慮されてしまったけど、俺は勝手にキジーを俺の友達一覧に追加したのだった。




