005 王都での挨拶~憧れの先輩たち~
大幅改稿し、タイトルを変更しました。(2023/7/14)
[前回までのあらすじ]国内一のエリート校、国立カタレア魔法学園に合格したオルフェルたちは、魔物の出る森を守護精霊の力で突破し、遥々王都にやってきました。そこで彼らが最初に訪れた場所は……。
場所:オルンデニア
語り:オルフェル・セルティンガー
*************
俺たちは街を囲む城壁の門をくぐった。
イニシス王国の王都オルンデニアは、中央に城がある大きな街だ。この白く輝く城には王様が住んでいて、その周りには高い城壁と堅牢な門がある。
国の権威を象徴するように、青や金の糸で織られた国旗が掲げられ、強そうな兵隊が門を守っていた。
街にはおしゃれな店や豪華な屋敷が並び、人や馬車が行き交っている。
俺の目指している騎士はもちろん、商人や職人、冒険者や学者、学生など、さまざまな職業や立場の人がそれぞれに夢を持ち、忙しく活動しているようだ。
そこは、田舎育ちの俺たちにとって、目を見張るほどにぎやかな場所だった。俺たちは目を回しそうになりながら人ごみのなかを歩き、ある貴族の屋敷を訪問した。
故郷の村の領主であるクーラー伯爵が、王都滞在中に暮らしている屋敷だ。
そこには俺たちがこれから通う予定の、エリート魔法学校、国立カタレア魔法学園(通称カタ学)に通っている同郷の先輩たちが住んでいた。
俺たちは入学式前に、お世話になっている先輩たちに挨拶をしにきたのだ。
屋敷の入り口に到着すると、二つ年上のシェインさんと、その妹のベランカさんが出迎えてくれた。二人はクーラー伯爵家のご子息とご令嬢だ。
「シェインさん、ベランカさん、お邪魔します」
「「お邪魔します」」
「よく来たね! きみたち! 無事についてよかったよ」
「うっす! 元気っすか?」
「あぁ。僕たちは元気にしてるよ」
オレンジがかった金色の髪をかきあげるのはシェインさんだ。宝石のような青い瞳で眩しい笑顔を浮かべている。気品があってかっこよく、とても優しい人だ。久しぶりに彼の顔を見て、俺は心が温かくなった。
だけどその左腕には、ベランカさんがしっかりとしがみついている。彼女は氷のようなグレーの瞳で、俺たちを冷ややかに眺めていた。美しい銀色の髪も、彼女の冷たい表情を引き立てている。
ベランカさんはシェインさんが大好きで、彼との時間を邪魔されるのを嫌うのだ。
昨年俺は、休暇中のシェインさんに勉強を教えてもらって、二人の邪魔をしてしまった。
だから、彼女は俺に怒っているようだ。だけど俺は、そんな彼女の視線にもそれなりに慣れてしまっていた。
屋敷のなかを気にせず見回してみる。広くて豪華で、快適そうなお屋敷だ。客間に迎え入れてもらいソファにすわると、メイドさんが紅茶と茶菓子を並べてくれた。
紅茶はフルーツの香りがしており、茶菓子は色とりどりで形もきれいだ。ジャムやナッツなどが使われていて、甘い匂いが漂っていた。
「わぁっ! 見て見て! ミラちゃん、すごく可愛いょ♪」
「ほんとだね! こんなきれいなお菓子ははじめて見たよ」
田舎の村では見ないようなおしゃれな茶菓子に、エニーが嬉しそうに歓声をあげた。ミラナも感動したのか目を輝かせて、小さく息を漏らしている。
彼女は口の前で両手の指先を合わせながら、可憐に口元をほころばせた。
エニーは明るいオレンジの瞳をキラキラさせて、早速ケーキにフォークを刺している。もくもぐと口を動かしたあと、満面の笑みでミラナに微笑みかけた。
「ミラちゃんも早く食べょ♪」
エニーに促されて、ミラナは少し遠慮しながらも、ナッツ入りのクッキーをつまんだ。細い指で薄茶の髪を耳にかけながら、小さなクッキーを口に運ぶ。そして上品に口を動かすと、幸せそうにエニーに笑顔を返した。
――うわぁ、お菓子食べるミラナ、可愛いすぎるぜ!
いつも真面目顔の彼女がほっこりと表情を緩ませて、おしゃれなお菓子に喜んでいる。ミラナを笑わせるのはなかなか難しいから、俺にとっても至福のときだ。
ミラナに見惚れる俺の隣で、シンソニーはエニーを見て目を細めている。俺が好きなのはミラナで、シンソニーが好きなのはエニーだ。だから俺たちは、いつも平和だった。
「今年はすごいな! 四人も合格したなんて、同郷の身として誇らしいよ。オルフェル、僕はきみもやると思っていたよ」
シェインさんは、本当に爽やかな笑顔を浮かべ、俺にそう言ってくれた。
彼はずっとひどい成績だった俺が、カタ学を目指したいと言ったときも、一切バカにしなかった。休暇中の時間を割いて、毎日勉強を見てくれた。
彼は子供のころから、俺に剣や魔法を教えてくれたし、悪さをしたら叱ってくれた。俺が彼の弟のグレインと親友だったからだ。
グレインは魔物に食われて死んでしまったけど、いまでもシェインさんは俺を可愛がってくれる。
俺がカタ学に合格できたのは全部この人のおかげだ。
「ありがとうございます! 俺、あのあともシェインさんに教えてもらった勉強法でがんばったんっすよ!」
「うんうん。えらいよオルフェル」
「ミラナをエリートに取られるわけにはいかないっすからね!」
「はは。本当にきみは素直だね」
優しくてかっこいいシェインさんは俺の憧れだ。そして、休暇中ずっと俺を睨んでいたベランカさんも、休暇が終わるころには一言アドバイスをくれた。
『あなた、すぐ服装が乱れるみたいだから、試験会場に入る前に、ミラナに見てもらいなさい』
長い休暇の間に、ベランカさんが俺に向かって発した言葉は本当にこれだけだった。だけど、なんだかんだで、彼女も応援してくれていたようだ。
「たとえ勉強のしすぎで、俺の頭が無惨に破裂したとしても! 俺は必ず、騎士になってミラナと結婚するっす!」
「結婚……?」
二人の応援に応えようと、俺は胸に熱くたぎる決意を叫んだ。願望まで叫んでしまったせいか、みんなが苦笑いで俺を見る。
ベランカさんに氷のような眼差しを向けられミラナを見ると、ミラナは顔を真っ赤にして下を向いてしまった。
「オルフェル……。そんな約束してないでしょ……」
「すんません」
俺はいつも、ついついミラナを怒らせてしまう。とりあえず謝る俺。だけど俺はすぐに気を取りなおした。
言わないと気持ちは伝わらない。俺はミラナを好きになってから、三年も気持ちを伝えられずにいたのだ。
だけど騎士を目指しはじめた俺は、もうそんな意気地なしではない。
ちょっと強引かもしれないけど、彼女が「うん」と言ってくれるまでこの気持ちを伝えるつもりだ。
△
しばらくすると、俺たちが話をしている客間に、二人の先輩が入ってきた。ふたつ年上のハーゼンさんと、ひとつ年上のネースさんだ。
ハーゼンさんが、嫌がるネースさんを引きずりながら連れてきたようだ。ハーゼンさんはイコロ村でいちばんの力持ちで、物凄くガタイがいい。
筋肉が隆起した逞しい腕で、ひょろっとしたネースさんを脇に抱えている。ニカニカと笑うその姿は全身からパワーがみなぎっているようだ。
ネースさんは天才で引きこもりの先輩だ。カタ学の授業にも最低限しか出ていないという噂だけど、成績はいつも一位らしい。
二人は対照的で、一見相性がよくなさそうに見えるけど、昔から不思議と仲がよかった。
部屋から出ようとしないネースさんを、外に引っ張り出せるのは、ハーゼンさんくらいらしい。
「よー! おまえら! いよいよ明日から学校だな!」
「うわぁっ。声でけーっすよ、ハーゼンさん」
「あぁ、すまんすまん」
ハーゼンさんは俺たちを見ると、耳が痛くなるような大声で話しかけてきた。彼はとにかく声がでかい。
油断していた俺たちは、少し身を引きながら、慌てて耳を抑えた。
そんなハーゼンさんの脇の下で、抱えられたネースさんが、涙目でジタバタしている。蒼白い顔がさらに青くなって、薄い唇が紫に染まっている。
「うひぃ! ハーゼン、放すもら! とっこあたればのヘルゴートもらぁ。コッキベンレイチンメンもらよ」
「あぁ、すまんすまん」
ネースさんが意味不明な言葉を発すると、ハーゼンさんは彼を解放しながら謝罪した。彼を小脇に抱えていたことを、すっかり忘れていたという口ぶりだ。
ネースさんは普通にしてると美青年だけど、口を開くとだれもが目を見開く。なにを言っているのか、さっぱりわからないからだ。
「さすが天才のネースさんだぜ! 言ってることが全然わかんねー! 理解してるハーゼンさんもすげーっす!」
「あぁ、オレもわからん。しかし、たぶん痛かったんだな」
俺が感心していると、ハーゼンさんは太い指でポリポリと頭を掻いた。
彼は、俺が入学にあわせ剣を買おうとしていることを知って、俺たちにネースさんを紹介してくれたのだ。
そしてネースさんは、俺たちの装備している武器や防具を作ってくれた。しかも先輩たちでお金を出しあって、入学の祝いにと村へ届けてくれたのだった。
彼らは非常に面倒見がいい先輩だ。俺たちはいつも本当にお世話になっていた。




