271 レイヴン2~箱~
[前回までのあらすじ]倒しても増えてしまうデスグローリー。ミラナたちは、迷宮遺跡のなかでカラスたちを魔物化させているものを調べるため、遺跡へと足を踏み入れることに。
場所:ソチェ谷
語り:ミラナ・レニーウェイン
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私たちは小さな扉をくぐり、一歩外に踏み出した。
目の前には、見覚えのあるグレーの石煉瓦が見える。
立方体の構造物がいくつか連なり、ところどころが地面に埋まり込んでいた。
アジール博士の作り出した迷宮は、私たちが封印されたのちも転移や増殖を繰り返し、しばらく蠢きつづけたようだ。
同じ場所で封印されたはずのオルフェルたちが、各地に散らばってしまったことからも、それは間違いないと思う。
こんな魔物の入った『箱』がばら撒かれたのだから、冒険者たちの仕事はしばらく尽きることがなさそうだ。
「明るいね……。地上から光が差し込んでる」
シンソニーがそう言って、私たちは上を見あげた。照明がないにも関わらず、坑道のなかとは違う、柔らかな明るさがある。
岩壁の出っ張りや高い位置に生えた木の枝には、たくさんのカラスがとまり、私たちをじっと見下ろしていた。
「やっぱり、この遺跡がカラスを呼び寄せてるみたいだね」
「間違いないもら」
ネースさんはまた水球を浮かべ、振動の方向を調べている。
この遺跡のなかに、デスグローリーを増やしているなにかがあるのは、間違いがなさそうだ。
「しっかり戦闘準備しておかないと」
「そうだね。気を引き締めていこう」
「みんな、攻守モードだよ!」
――ピッピピーーーー!――
私はみんなに攻守モードの支援をかけて、遺跡のなかに足を踏み入れた。
通路にはデスグローリーがうろうろしている。といっても通路は一本道だし、だたっ広いばかりで視界を塞ぐものもほとんどなかった。
だいたいのデスグローリーは、ネースさんとベランカさんの連携魔法と、シンソニーのエアスラッシュだけで、片付いてしまう。
デスグローリー以外の魔物もいるけど、シェインさんがくまなく倒してくれる。
そしてオルフェルはというと、ずっと私の近くにいた。
「まかせとけっ! ミラナは俺が守るぜ!」
「う、うん。ありがとう、オルフェル」
近づいてきた魔物を、無駄なくらいかっこよくやっつけては、嬉しそうに私を見る彼。
――もう、オルフェルったら。余裕があるとこれなんだから……。
少し気恥ずかしくなっている間に、私たちは遺跡の最深部に辿り着いた。
「あ、ドワーフたちのトロッコだ」
「ずいぶんたくさん転がっているね」
オルフェルが指差した方向を見ると、これまでにカラスたちに奪われたらしいトロッコが、あちこちに転がっていた。
なかに鉱石や魔石が入っていたはずだけど、どれも空になっている。
「ここが、いちばん奥……?」
「あれは……でかいぜ!」
石レンガでできた四角い部屋に、巨大な魔物の姿が見える。私たちはその部屋の手前に立ち止まり、壁の後ろに隠れて部屋の様子を覗き込んだ。
まだ距離があるせいか、魔物はこちらに気付いていないようだ。
カラスを思わせる黒い羽がどこか湿っぽいような、鈍い光を放っていた。なにかが腐っているような、嫌な匂いが漂っていて、オルフェルが少し顔をしかめた。
「頭まで六メートルくらいはありそうだね」
「翼幅十八メートルってところか。シンソニーの解放レベル4より大きいかも」
「完全にSS級以上ですわよ」
私たちは静かに、その巨大な魔物の後ろ姿を観察する。
巨大カラスはデスグローリーと同じように、翼とは別になったごつい腕が生えていた。デスグローリーの腕は二本だったけど、こいつの腕は四本もある。
そして下半身は鳥でも人間でもなく、どうやら馬のようだった。
魔物の足元には、ドワーフたちから奪い取った、大量の魔石や鉱石が散らばっていた。周囲にいるデスグローリーたちが、それを拾ってはせっせと袋に詰めている。
巨大魔物は三本の腕に大きな袋を持ち、大切そうに抱え込んでいた。そのはち切れんばかりに膨らんだ袋には、盗んだ鉱石が入っている。
「またかなりの奇形だね。デスグローリーがさらに進化したのかな?」
「どうでしょうね……。なにか様子がおかしいですわよ」
「まわりの魔物をしたがえているみたいですね」
「どうやらあいつが、カラスを地下へ誘き寄せて、魔物化させているみたいもら」
「慌てて鉱石を集めてるよ。手下がたくさんやられたから、持って逃げようとしてるのかも」
「だけどあいつら、石なんか集めてどうする気だ?」
「なにか目的があるのかな?」
みなが不思議そうに首をかしげている。
本来、魔物たちは未加工の鉱石に興味なんか示さない。
装備品や装飾品を盗んで使うゴブリンたちはいるけれど、彼らは盗んだものを身に着けて使うだけだ。
自分たちで加工したり、売って利益を得るようなことはしない。
魔石であれば、食べたり吸収したりして、魔力源にする魔物もいるかもしれない。だけど未加工の鉱石は、いったいなんのために集めているのだろうか。
もし、明確な目的があるなら、あの魔物はただ大きいだけではない。それにあんなふうに、魔物をしたがえているなんて、まるで……。
考えたくないことを考えてしまい、私は頭を軽く横に振る。
そのときオルフェルが、思いついたように口を開いた。
「そうだ。もしかしてシンソニー、あいつの気持ちわかったりする?」
「え!? 僕?」
「なんであいつら、鉱石なんか集めてるんだと思う? なんか心当たりねーの?」
シンソニーは一瞬目を見開いて肩を窄めた。だけど確かに、鳥の魔物の気持ちを知りたいなら、彼に聞くのがいちばん適切かもしれない。
みなの期待を込めた視線がシンソニーに集まった。彼は少し困惑した表情を浮かべながらも、答えを探して腕を組んだ。
「うーん……。鳥ってもともと収集癖があるから、それが魔物化で悪化したとかじゃないかな?」
「収集癖?」
「うん、綺麗なモノで巣を飾り付けてね、メスを引きつけようとする習性が……って、もうこれ以上僕に聞かないで……」
「ぐは……。ごめん」
拗ねてしまったシンソニーを見て、オルフェルが気まずそうに頭を掻いた。
昨日シンソニーは、ドワーフの王様がくれたネックレスを、長い間嬉しそうに眺めていたのだ。
ニーニーと再会できたら、プレゼントするつもりらしい。
その姿を思い出して、私はつい微笑んでしまった。
「拗ねる必要はありませんわ」
「ニーニーはきっと喜ぶもらよ」
「そうだね。シンソニーの気持ちは、きっとエニーに伝わるはずだ」
先輩たちが口々にそう言って、シンソニーの肩に手をかける。シンソニーは照れたのか苦笑いでごまかした。
けれど魔物たちが魔石を集める理由は、本当にそんな習性によるものだろうか。
掘り出したばかりの鉱石は泥まみれで、そのままでは飾りとして美しくない。磨かないと光らないものも多い。
カラスはもともと知恵があるから、少し洗うくらいのことをしても、不思議ではないのかもしれないけれど。
魔物の行動理由を考えながら、あらためて魔物に目をやる。すると、背中を向けていた巨大魔物が方向を変え、横を向いた。
鳥の特徴がかなり見受けられるけど、胴体部分はほとんど人型だ。アジール製と思われる鎧を着込み、禍々しいオーラを放っている。
アジール博士の転移装置『ラビリンス』。それは兵士だけではなく、戦闘に必要な物資も一緒に敵地へ送り込むものだったらしい。
だから迷宮内には、王国軍が所持していたアジール製の装備が多く眠っているようだ。
それらはそれ自体が魔物化してしまうこともあれば、魔物が装備していることもあった。本当に厄介な迷宮だ。
魔物が真っ黒な頭をこちらに向けた。巨大なクチバシが鈍く光る。そして額には、見覚えのある文字が刻まれた魔法陣が浮かびあがっていた。
――あれは……! やっぱり、魔将……!
息を呑んでかたまる私。周りではオルフェルたちが、首をかしげながら話しあっている。
「なんだあれ……? 古代ヌール文字か?」
「いや、ヌール文字は全部頭に入っているけど、あれは違うもら」
「いったいなんだ……?」
彼らはまだ、魔将に出会った記憶がないようだ。
魔将は三百年前、魔物を引き連れ水の国を襲っていた、魔王ジンレイの手下だった。額にある『従魔の印』がその証だ。
――ずっと嫌な予感はしてたけど……。
こんなに長い時を超えて、また魔将と対峙することになるなんて。
足がすくみ、笛を握る手が震えている。
そして私は、三百年前の記憶を思い出していた。




