200 対話2~奇妙な魔法~
[前回までのあらすじ]姉のイザゲルを討伐する決心を固めたネースは、アジール博士の転移魔法を探るため、捕虜となった聖騎士と対峙する。オルフェルに励まされ、地下牢に足を踏み入れた彼は、聖騎士と会話することができるのか?
場所:オトラー本拠地
語り:ネース・シークエン
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――こいつが姉さんを追っていた聖騎士か……。
エンベルトは囚人用の質素な茶色のチュニック姿で、美しく輝いていたはずの金色の髪も短く刈られていた。
民衆に潰されたという片目は、治癒魔法で治療されても痛々しい傷跡が残り、視力も失われているようだ。
この塔で幽閉されているのはエンベルトだけだ。聖騎士たちの口裏合わせを防ぐため、オルフェルが三人を別々の牢に入れたらしい。
三人もいたら怖すぎるから、これは本当に助かった。
黙って様子を窺っていると、エンベルトが話しかけてきた。
「イザゲルの弟のネースか。追放反対運動の要人だったきみが、彼女を殺そうとしているとは驚きだ」
「人間は変化するものだからね……」
「ああ、良くも悪くもな」
エンベルトは片目でボクを見据えていたが、そう応えると少し目を逸らした。
彼の態度には予想していたような脅威はなく、ボクは胸をなでおろした。
オルフェルは僕の後ろで、調書をとるため小さな机に向かっている。ボクはそれを頼もしく感じた。
「ボクは姉さんを止めたい。そのために、聞きたいことがあってここにきた」
「投降した限りは、なんでも正直に話すつもりでいる……。だが、そこの赤い軍曹殿にも言ったとおり、闇のモヤはイザゲルより危険だ。私はきみたちに、早急にモヤの対策をすることを強くすすめる」
目を逸らしていたエンベルトが、再びボクを見据えた。
オルフェルに渡された調書を見てから、ボクは闇のモヤについてのさまざまな情報を集め、あらゆる角度から分析してみたんだ。
その結果、闇のモヤは確かに迷宮を通じ、各地の軍事施設から溢れているようだ。
少し調査しただけでも、オトラーの領地内に新たなモヤの発生源になっている場所がいくつもあることがわかった。放置すれば危険なのは間違いない。
これだけでも、聖騎士はボクたちに、有用な情報をもたらしたと言えるだろう。だけど彼は自分の嘘に酔い、信じ込んでしまうらしい。
真剣な顔をしているからと、決して信じることはできない。信じていいのは、自分たちで調査し、確認をとった内容だけだ。
「指摘された危険性については確認した。モヤと姉さん、この二つの問題は、どちらも後回しにはしない」
「それはよかった。ならばモヤの浄化には、我々聖騎士が祝福を得ることが第一だとわかるはずだ。早急にシャーレン様を捜索し、取り次ぎをしてもらいたい」
エンベルトが身を乗り出してきて、ボクは後退りしそうになった。だけどこの気迫に、ボクは負けるわけにいかなかった。
「それはボクに決められることじゃない。指導者会議があるからね。だけどボクは、聖騎士が嘘をつかず、協力的だったと報告することができるし、その逆も可能だ。先にこっちの質問に答えてもらうよ」
エンベルトが真剣な顔で頷いている。ボクはあらためて本題に入った。
「アジール博士の転移魔法について、知っていることを全て教えてほしい」
オルフェルの調書によると、アジール博士は何年かの間、侵略のための兵器を作らされていたらしい。
だけど準備が整ったことで、彼は軟禁を解かれ王都にあった屋敷に帰った。
そのころのアジール博士は、玩具を作っていたころとはまるで別人のように、冷たい人間になっていたという。
――息子のために、自分の信念を捻じ曲げて……。本当に、恐ろしいくらいだよ。
――だけど博士のことだから、やるからには完璧なものを作ったんだろう。
だけどアジール博士の著書には、転移魔法のことも、魔転のロザンジュとよばれる装置のことも、なにひとつ書かれていなかった。
少しでも多くヒントが欲しい。
「転移魔法か……。あれはあまりに高度で、まったく理解できない代物だった。研究記録を少しだけ読ませてもらったが、カタ学で主席だった私でも吐き気しかしなかった」
「それでもあなたなら、なにか少しくらいは掴めたのでは?」
「いや、私にはさっぱりだ。わかったのは、あれが我々に馴染みのない、奇妙な魔術だということくらいだ」
エンベルトが憮然とした顔で言う。博士の著書は、子供や学生向きに書かれたものでもかなり高度だ。
だれかに読ませるつもりがないものなら、たとえカタ学主席だった聖騎士でも奇妙に思えてしまうのかもしれない。
「その研究記録があれば、ボクは理解してみせる」
「ずいぶんな自信だな。さすがは天才イザゲルの弟ということか」
エンベルトが感心した顔でボクを見あげた。
だけどこれは、自信というよりは意気込みだ。たとえどんなに難解でも、ボクは必ず読み解いて、打開策を生み出すんだ。
「シャーレニア地方、トールレニアにある王国軍の軍事施設だ。あそこの研究室なら、資料や研究記録が残されているだろう。
転移装置本体もあるかもしれない。博士は作ったものの持ち出しを禁止されていたからな。あの部屋は、そのまま放置されているはずだ」
――本当に!?
――それを入手できれば、転移魔法の特性にあわせて戦略を立てることもできそうだ。
「入手できる?」
「不可能ではないかもしれないが、かなり危険だ。あの軍事施設は博士の迷宮につながって以来魔物だらけになり、放棄されている。
だが、私の知る限り、迷宮との接続部は基地の東にある魔法兵の訓練所だ。そこに近づかなければ、迷宮に迷い込むことはないかもしれない」
「研究室の場所は?」
トールレニアの軍事施設は広大だ。場所がわからないまま踏み入ったのでは危険すぎる。
ボクが質問すると、エンベルトは首を横に振った。




