197 ソワソワ1~毒舌じゃなかった?~
[前回までのあらすじ]魔物化した同郷の仲間たちを救うため、魔物使いになったミラナ。レーマ村に戻った彼女は、ナダン先生の指導のもと『攻守モード』の勉強をしている。だけど昨日から、反応が無くなってしまったオルフェルのことが気になって……。
場所:レーマ村
語り:ミラナ・レニーウェイン
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窓から見える真っ白な雪。ちらちらと燃える暖炉の火。
ここは、ナダン先生に借りている丸太小屋のキッチンだ。
昨日はみんなに全部で十個程度の質問をして、質問の課題はいったん終了することにした。
オルフェルがあまりにぼんやりしていて、なかなか返事をしてくれなかったからだ。
ベランカさんの声真似にすら反応しないなんて、なんだか心配になってしまう。
――うーん、オルフェルは、いったいなにを思い出したのかなぁ……。だめだ、気になりすぎるよ……。
私は朝早くから魔導書を広げて、攻守モードの勉強をしていた。だけどオルフェルのことが気になって、ほとんど集中できなかったのだ。
気がつくと大切な魔導書に、彼の名前や似顔絵を描いてしまっている。犬の絵はちょっと下手だけど、子供のころから描いている彼の横顔は、われながらうまく描けていた。
――もうやだ。あの魔導書、だれにも見せられなくなっちゃったよ。私のバカ。
オルフェルに振られたことを、私はまだ、ものすごく引きずっているらしい。
彼がなにかを思い出して、また嫌われてしまうなら、その前にこの恋心をどこかへ封印してしまいたい。
私はもう一度、同じように傷つくのが怖いのだ。
だけどどうしてもうまくいかなくて、結局彼が気になってしまう。
『三百年前は嫌われてしまったけど、今度はうまくいくかもしれない』
そんな淡い期待を抱いてしまうこともしばしばだ。
オルフェルと再会してからずっと、私はそんな堂々巡りを繰り返していた。
攻守モードの勉強に集中したいのに、こんなことでは時間の無駄だ。
――勉強が進まないなら、せめてほかの作業を進めなきゃね。やるべきことはたくさんあるわ。
朝食の時間にはまだ早いし、みんなもまだ眠っている時間だ。
この丸太小屋は男女で部屋がわかれているから、男性たちの様子はわからない。
ベランカさんは女性用の部屋で、すうすうと寝息を立てていた。
――部屋がわかれたから余計に落ち着かないのかな? ラ・シアンみたいに、好きなだけオルフェルの寝顔を眺められればいいのに。
――犬だけど、健やかな寝顔が可愛いんだよね。
私は先日採集した魔物たちのエサの材料をキッチンに並べる。
たくさん採ってきたので、しばらく足りなくなる心配はなさそうだ。
でも、このままではすぐに傷んでしまうため、いろいろと処理する必要がある。
殻を剥いたり、虫を取ったりしてから、乾燥させたり魔力を込めたりして瓶詰めし、長期保存できるようにするのだ。
だけど種類も量も多いから、これがなかなかたいへんだ。
保存用のビンを煮沸していると、背後に人の気配を感じた。
振り返ると、幼児姿のベランカさんが立っている。
ペンギンの姿だと冷気を発してしまうため、この姿で眠ってもらっていたのだ。
温かいベルガノンなら耐えられるけど、クラスタルでは寒すぎる。
いまはギルドの仕事を受けてないから、仲間たちの解放レベルをあげていても、魔力にはかなり余裕があった。
「もしかして、起こしてしまいましたか?」
私が声をかけると、ベランカさんはぶすっとした顔で腕組みをした。
「そうね。こんなに朝早くから、となりでソワソワされては眠っていられませんわ。迷子の子供じゃないんですのよ」
「すみません」
「なんでも時間をかけて、真面目にやればいいと思っているのね。もっと合理的に、効率を考えて動かないと、終わるものも終わりませんわよ」
「ご、ごめんなさい」
「そういう態度がよくないですわ。あなた、迷惑をかけていい相手と、悪い相手の区別もつきませんのね」
――どうしようっ。なんだかすごく、不機嫌!?
幼児姿のベランカさんは、冷気を発しない代わりに、毒舌を発する。小さくて可愛いのにすごい迫力だ。
だけど彼女が私に、こんなふうにまくしたてるのは初めてだ。
毒舌の被害に遭っているのは、だいたいがオルフェルかネースさんだった。
――思った以上のダメージだわ……。オルフェルたち、よく平気だね……。
ショックを受ける私を、ベランカさんは、水晶のようなグレーの瞳で、なぜだかじっと見詰めている。
「……なにか勘違いをしているようですわね? 作業を手伝うと言っているんですのよ?」
「えっ?」
「早く大きくしていただけるかしら」
「はいっ!」
呪文を唱え魔笛を奏でると、ベランカさんが大人の姿になった。
彼女は緩くウェーブした銀色の髪をひとつに束ね、壁にかかっていたエプロンをささっとつける。
貴族令嬢だったとは思えないほど、慣れた手付きだ。
「本当に、朝早くから起こしてしまってごめんなさい」
「謝らないで。不安で落ち着かないのはみんな同じですもの。私はあなたが迷惑をかけてはいけない相手ではないはずですわよ。あんなにソワソワするくらいなら、私に声をかければいいんですわ」
「ベランカさん……! ありがとうございます!」
――びっくり。さっきのは毒舌じゃなくて、優しさだったのね。
大人の姿になったベランカさんは、とっても優しい先輩だった。
二人で並んで立ち、レイの実から皮や種を取り除いていく。これは乾燥させたのち、主にシンソニーのエサになるものだ。
「二人でもなかなか終わりませんわね」
「そうですね。でもそろそろ朝食の準備もしないと……」
「この作業は、あとで私がやっておきますわ」
「わ、助かります!」
レイの実には心を穏やかにする効果がある。
もちろん、これだけで魔物の凶暴化を抑えられるわけではないけれど、美味しくて便利な食材だ。
人間姿のときなら、パウンドケーキやサラダ、パスタなどに入れて、みんなも食べることができた。
私が切ったレイの実をサラダに盛り付ける様子を、ベランカさんが氷の眼差しで眺めている。
「あ、サラダはお嫌いでしたよね?」
「えぇ。どうしても野菜は食べ慣れませんの」
ベランカさんは眉をひそめている。わがままを言ってしまい、申しわけないと思ったのかもしれない。
イニシスの貴族は、地面に生える野菜を完全に庶民の食べものと認識していた。
だからベランカさんは、いまだに野菜を食べる習慣がないのだ。
ペンギン姿で魚を食べることも増えて、最近はますます野菜が苦手になってしまったようだ。
「魚介のテリーヌにしましょうか?」
「それは素晴らしいですわね!」
テリーヌは細かく切った木の実やハーブ、魚介などを混ぜあわせ、型に入れて焼く簡単なお料理だ。
見た目も綺麗で、ベランカさんも喜んで食べてくれる。
「二人とも、おはよう。がう」
「まぁ、お早いですわね、おにぃさまん」
「おはようございます!」
二人でテリーヌを準備していると、子ライオン姿のシェインさんが二階から声をかけてきた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます! 久々の現在に戻ってきました!
過去編より落ち着いた環境で息抜きを! と思ったらソワソワしているミラナちゃんです。
彼女の心境は作者にもなかなか掴めませんでしたが、結局堂々巡りしているということのようです。オルフェルがなにを考えてるのか、ミラナにはわからないので(^^;
ひとつの話をふたつに分けてしまい、中途半端なところで終わっているので、早めに続きを投稿しようと思います。
挿絵は魚介とレイの実のテリーヌ(AI生成イラスト)です。
次回、第百九十八話 ソワソワ2~オルフェルのいない朝~をお楽しみに!
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