196 エンベルト10~取り戻した光~
[前回までのあらすじ]エンベルトはアジール博士に会い、ケイオスの計画の全貌を知る。戦争を止めようと治癒魔導師たちに犠牲を強い、シャーレンの目を欺き、聖騎士たちは理想や誇りを失った。王妃の魔物化により怒り狂う王。それでも王命に従っていたエンベルトだったが……。
場所:トールレニア
語り:エンベルト・マクヴィック
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あれは、トールレニアにある軍事施設にいたときだった。
石化させた闇属性魔導師たちをガス室に詰め込んでいると、王都が消えたという報告が入った。
私の口元に、狂気に似た笑いが込みあげてくる。
王都には、忠誠を誓った王はもちろん、私が守りたかった人々が多く暮らしていたのだ。
それなのに、私はなにも感じることができない。心が死んだように冷たかった。
聖騎士としての誇り、王への忠誠、シャーレン様への信仰、愛していたエレーナへの想い、そして平和への望みや民への慈愛。
いまとなっては、全てが虚しい夢のようだ。
闇魔導師たちの冷たい石像が転がるなか、私は声をたてて笑っていた。
――いっそこのまま、静かな闇の底へ堕ちてしまいたい。
だが、どんなに後悔してみても、私は闇に堕ちることができない。
聖騎士は生まれながらに、光に愛された存在なのだ。
△
気持ちを落ち着け軍事施設を出てみると、私はトールレニアの民衆たちに取り囲まれた。
ここの人間は、王国軍の軍人の家族や、王国軍に関係の深い仕事に従事しているものが大半だ。そのせいか日頃から、軍人に対して頭が低く、好意的な人ばかりだった。
しかし彼らも、この一ヶ月ほどの間に、我々聖騎士がしてきたことを、なんとなく察していたのだろう。
王都が消えたという話もあいまって、みなとても不安げな顔をしていた。
「聖騎士様、王都が跡形もなく消えたなんて話、本当なんでしょうか?」
「王様も王妃様もいなくなったと聞きました。いったい、なにが起こったんですか?」
「聖騎士様がこの街で、闇属性の人たちを大勢処刑してるなんて噂を聞いたのですが……?」
「聖騎士様が精霊殺しをしたせいで、天罰が下ったって……」
「それじゃぁ、この街も、もうすぐ消えてしまうんじゃ……」
怒りと怯え、そして軽蔑。罪人を見るかのようなその視線に刺されても、私の心は冷め切っていた。
この国の平和と、王への忠誠。私はそれを守ろうと、いろいろなものを投げ捨ててきた。その結果がこの状況だ。
――なにも知らないくせに。すべての責任が、聖騎士にあるとでもいいたいのか?
――私はもう疲れてしまった。なにもかもすべてがバカバカしい。
私の信じた、王命という正義。それがなくなったこの国で、私たちは間違いなく悪者だろう。
『殺してない』なんて嘘は通じない。我々が精霊を殺し、闇魔導師たちを処刑したことは、すでに国中に知れ渡っているのだ。
私は声を張りあげ、いつもどおりの堂々とした態度で話をはじめた。
「そうだ。我々は王命により、多くの闇魔導師や、闇の精霊を処刑した。そしてこれからも、闇属性の処刑は続けなければならない。
あれはしばらく前のことだ。この国を滅ぼさんとする邪悪な闇の大精霊マレスが、王都に突然攻めてきたのだ。
聡明な陛下はそのときすでに、マレスの配下である闇の精霊や闇魔導師たちが、マレスに力を与えていることに気付いていた。
そこで陛下は我々聖騎士に、闇魔導師たちの処刑を命じたのだ」
「え? そんな……。マレスはシャーレン様のお友達のはずなのに……」
「変だな。オラのしってる闇の精霊は、みんな心が優しいのにな……」
適当な作り話をしてみたが、いまひとつ信憑性がなかったようだ。民衆たちが不思議そうに顔を見合わせている。
闇の大精霊はこの世界に、何人か存在している。マレスはそのなかで、もっとも無名の精霊だった。私が彼女の名前を出したのはそんな理由だ。
しかしそうは言っても、やはり大精霊は有名だ。悪者に仕立てあげるのは簡単ではない。
私はさらに話を続けた。
「我らが敬愛するイニシスの王は、勇敢にもマレスとの一騎打ちに挑まれた。
マレスは嵐のような呪い攻撃を次々に放ったが、陛下はそれを見事にかわされた。陛下のお身体は眩しい金の光を放ち、稲光のように宙を舞っていた。そして猛禽類の如き鋭い眼でマレスを見据え、強烈な一撃を放ったのだ。
その魔法はキングスサンダー! 真の王たるもののみが放つことができると言われる伝説の魔法であった。
それがマレスに直撃すると、悪の精霊は痛みにうめき声をあげ、隠していた真実の姿を露にしたのだ。
それは本当に恐ろしく、おぞましい、悪霊の如き姿であった。それでも陛下はひるむことなく、さらにマレスを追い詰めていった。
陛下のお力の凄まじさに、王国軍の屈強な騎士たちも、みな息を呑むばかりであった。そうして陛下は、本当にもう少しのところまで、あの恐ろしい大精霊を追い詰めたのだ。
しかしほんの一歩力及ばず、マレスを倒し切ることができなかった。
そこで陛下は、邪悪なマレスを弱体化させるため、我々聖騎士に闇魔導師たちの処刑を命じたのだ。
闇魔導師たちは一見普通の人間のような顔をしながら、イニシス王国に巣くい、マレスに力を与え続けている。彼らはマレスに洗脳されているのだ」
私の口から、こんなにスラスラとホラ話が出てくるとは思わなかった。
民衆たちは驚きに目をみはりながら、私の話に聞き入っている。王の勇姿を想像し、胸を熱くしているようだ。
涙と鼻水を出し、咽び泣いているものまでいる。
もし、私の信じた王が、このように強い王であったなら。
もし、私が殺した罪なき闇魔導師たちが、本当の悪であったなら。
もしそうならどんなにいいだろう。
――これが本当なら……? いや、これはきっと、本当なのだ。
――私はいままで、マレスに悪夢でも見せられていたのだろう。そのほうがよほど納得がいく。
――そうだ。これが真実に違いない。
私は自分の内心が、高揚しているのを感じていた。
それは、自分のついた嘘が、自分を都合よく騙してしまった瞬間だった。
私はさらに真面目な顔で話を付け足した。
「王都が消えた日、陛下は再び王都に攻めてきたマレスとの最後の決戦に挑まれた。しかし卑怯にも、マレスは手下の闇魔導師たちを使い、第一王女様を人質に取っていたのだ。
それは陛下の愛の深さを利用した、本当に非道な手口だった。そのせいで、陛下はマレスにとどめを刺すことができず……。
しかし、心配にはおよばない。王都も陛下も、消えてしまったわけではないのだ。マレスは陛下の強大な力を前に、正面から戦うことを諦め、王都ごと王を封印した。
闇魔導師たちを全員処刑すれば封印は解かれ、王都オルンデニアは復活する!
聡明な王は、こうなることを予見されていた。そのため我々に王都を離れ、闇属性を引き続き処刑せよと命じたのだ。
我々は、陛下のおそばで最後までともに戦いたいと懇願したが、陛下はそれを拒否された。
陛下は命がけでマレスと戦いながら、残される王国の民を思い、一筋の尊い涙をお流しになった。そしてこのイニシス王国の最後の希望である聖騎士を、王都から遠ざけてくださったのだ」
「なんと……。そんなことが。国王様は本当にすごいな……」
「それじゃぁ、闇魔導師たちを処刑しないと、ここもマレスに襲われるんじゃ……」
「王様や聖騎士様は王国を守るために……。聖騎士様の忠誠心はすごいな。こんな役目を任されてたいへんなのに……」
民衆たちが、感心しきった顔で私を見ている。
女性たちの瞳は憧れと尊敬に輝き、頬が赤らんでいる。
かつて国中で愛された、聖騎士ヴァルター殿がいたころのように、聖騎士の誇りが輝きを取り戻していく。
私は胸を張り、彼らに向かって、真剣な眼差しで頷いた。
「そうだ。我々聖騎士は国王の最後の希望であり、いまは王の代理だ。我々はずっと、この世界を闇から守ってきた。正義は、聖騎士とともにある」
きっといまの私の姿は、あのころ私が憧れていた、ヴァルター殿に生き写しに見えることだろう。私は誇らしい気持ちで民衆たちの前に立っていた。
「感動しました!」
「王都の復活を、私たちも祈ります! 私たちの希望、聖騎士様とともに!」
「「そうだ、そうだ!」」
その日トールレニアの民衆たちは、私のホラ話で大いに盛りあがった。
国を守るため一人戦った勇敢な王と、王の思いに応えた忠実な聖騎士たちの話に。
事情を察した様子の聖職者たちも、涙を流しながら同調している。
彼らは自分たちが間もなく、浄化の力を失うことを知っているのだ。
人々が希望を失い悪感情になればなるほど、闇のモヤは増えてしまう。
私の話に、彼らも希望を見出したのだろう。
その後私は、闇の根絶と王都の復活を目指して、王国軍の兵を引き入れ、聖騎士軍を立ちあげた。
ケイオス殿を含めた王国軍の上層部が消えていたため、統率するのは容易かった。
そして、我々が陥った自己欺瞞は、嘘に気づいた民衆たちが暴動を起こす日まで、少しも冷めることはなかったのだった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
十話に渡る『エンベルト編』いかがだったでしょうか。誇り高い聖騎士を全裸投降に持ち込むのは至難の技で、かなり不憫でしたよね(^^;
でもいろいろな謎に迫れたのと、なんとかつじつまを合わせられた気がしているので、作者的にはよかったかなと思っています。最後の大嘘は書いていてとても楽しかったです笑
ぜひ読者様の感想などいただけますとうれしいです。
エンベルト君は、すっかり嫌われ者かとは思いますが、作者はとってもお気に入りです。今後も登場しますので、優しい眼差しで見守っていただければと思います。
次回から二話だけ現在に戻ります。語りは久々のミラナちゃんになります。
第百九十七話 ソワソワ1~毒舌じゃなかった?~をお楽しみに!




